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深い森の奥、結界に残された古の城。

生物のない湖を抜け、雪に埋もれた丘陵が続く、その遥か先に槍のように切り立った岩山が見えた、鋭い風が当たり、すべてのものが色を失っていく。指先から徐々に感覚が消えていくのを感じる、声無き騒音が耳を裂く、その音はまるで鳥の叫びのようにも聞こえるが、やはり生物の類はいない、ここには他に誰も存在する筈はない、この環境に耐え得る者がいないという話ではなく、そもそもここはそういう風に創られた場所なのだから。閉ざされた空間は広大だが、歩くことだけを許されている、そのような重圧は受け流す他はないが、これからのことを思えば時間は必要だった。靴底の雪を飛ばし、木々の隙間を抜ける、薄れゆく時の流れも無為なものに感じるが、失われた感覚と相対するものをこの手にしなければならない。間隙を縫う、このようなことが可能かどうか、パリティ変換は位置だけの問題ではない、対称性の破れのように明かせない異能を含む、そうであれば、空間を飛ばすしかないという結論に至ってしまう、これが誤りであることも知っている… そう、最初から勝ち目が薄いこととは理解している、ルアに会ったらまた叱られるだろうか… そして、残された時間の多くはそれからのことに割いた、ここまでの道程も楽なものではなかったが、その殆どを忘れてしまった。『徽』が沈黙するほどに、空虚であることに慣れ、寂寞と烈日とを天秤にかけては後悔した日々を懐かしむことさえ覚えていない、微かな胸の痛みとは無関係にこの歩みは止まらない。足音と銀竹のしなりが織り成す氷雪の神楽、禊など存在しない世界の風評に閾値が薙ぐ。景色が変わり始めた頃、吹雪が勢いを増す、ある意味では歓迎を表している、尤も、心情の変化を可視化するような真っ当な精神も持ち合わせてはいない。疾うに忘れられ凍てついた城は半壊しており、一部は崖と同化している、差し込む光は熱を持つことがない、かつての、輝かしい時代の面影はなく、取り残された理由だけが辛うじて転がっている。灯りのない通路の奥には暗がりが、壁には無数の傷が見えるが、何を模したものかは分からない、救いようのない精神、これも無関係なのだろう、では、何を反映しているのか。謁見の間は、鬱屈とした通路とは異なり、高い位置に据えられたステンドグラスから幾分かの彩が差し込む、何百年も座る者のない玉座の傍ら、朽ちた壁の隙間から鐘塔が陰を落とす、雪が舞う中にシスが佇む。雪溜まりのように白く暗い、その陰鬱な雰囲気を散らすように雪が空へと流れる。散りゆく王権を掴む者はいない、象徴は凍てつき、奴隷はみな解放され、物語が緩やかに進行する、その内容は誰にも理解できないよう改編され、ただ時の終わりを告げる。


「この時を、長い間、待っていた…」

初めてシスの声を聞いたが驚きはない、そこには必ず理由がある。思考を巡らせれば気付くことができたかも知れないが、今はもうその時ではない。静かに剣を抜く、そこに逡巡はない、話し合うこともない、冷気と居合の所作が壁を伝う。張り詰めた空気すら凍り付く、これはシスの能力の一片だろう、ここでは何も隠す必要がないということだ。シスの伏し目がちな青の瞳だけが白黒の世界の軌跡となる、瞬間弾いた担い手を持たない剣舞、質量以上の衝撃が四方に散る。三世を駆ける『あたわず』の牙は、シスの結界すら撃ち抜く、何千回と繰り返された剣戟、そのすべてを擬えるように一つ一つを打ち据えては破壊していく。シスは戦闘に特化しているが、策を使うことはない。単純にすべての攻撃を躱し、相手を斬り伏せるのみだった。但し、罠が特別に有効という訳ではない、計略があれば察知する、つまり、策を弄する必要すらなかったのかも知れない。多くの戦場を渡ったが、誰もその機会を作れなかったとも言える。それは今も変わらないかも知れない、但し、当時は見えなかったものが今ははっきりしている。剣には型があるものだが重力の利用が大半だろう、では、反重力の型とは何か、減法の剣術となる、そこにあるべき動きが一つもないことに達人と呼ばれる者ほど混乱する、但し、その先はない、種が割れてしまえば解は収束する。


果たして、この剣は届くだろうか?

これがシスの希望であれば、殺すことで救われる命があるならば、そんな不確かなものがあるならば、理解など及ばない、思考停止のその先に、意思さえも置き去りにして斬り結ぶ。折れた刃は接合し、刹那に質量を持たせればいい。光だけが複雑に散らばり、紅煉のように収束する、空間そのものを対象とするが、人ならざる能力と反応によって相殺を繰り返す。返す衝撃に剣そのものが研ぎ澄まされていく、モールス信号のように瞬く宝剣の輝きを、事象に遅れながら知覚していく、古城はその姿を保つべくより強度を増した、壊れない理由だけが一人歩きしている、空気を含むすべての分子が動きを止める、あらゆる方向から徐々に凍り付いていく。約束を破るように、いともたやすく否定する、壁の肖像画が摩擦で削られていく、この場に残存する僅かばかりの熱は猜疑と融合し様々な色の炎となった。音は天から降り注ぎ、また、陣に押し返されては反照し、最終的には鐘のような響きとなる、生命そのものは一瞬しか続かない、その内のいくつをこの手に掴めるのか、一縷の望みすらない。シスは虚像の位置へと移りながら剣を落とす、がらくたのような見窄らしい黒の剣は空間に配置されたエネルギーを拾って不自然な軌跡を描く、呼応するように配置した鏡も走らせたプログラムを実行できない、思惑は事象に追い付くことなく新たな殺意を生成する、結果として何も考えられないと言い換えてもいい、振り返る暇などなく只管に研鑽を積む、破壊と破片と冷気が瞳に映り精神との境界線が崩れた、理論値だけを紡ぐ世界に陣が塗り替えられる、振動や伊吹に干渉しない空間の僅かな隙間を闇が埋める、深淵や虚無を纏い、極小世界に黒の稲妻が走る。シスは即座に察知して警告を発する、シスには結界に対する耐性があった、空間を互いの駒が喰い破る、強固なセキュリティのように、ウイルスの駆除に留まらず経路の先々を破壊して回る。互いに読み違う千日手のように、より疾く、より強大で、より単純に命を奪うことだけを考えた。『紲』が陣の隙間を光の速度で抜ける、様々な騎士の姿を取っては武器を振るって散る、崩壊の欠片が落ちる前に新たな騎士が顕現した、鈍色の甲冑に金の装飾までも再現され、空間にその歴史を描く、栄華を極めては零落し、刹那に真空までを切断する。シスはただ倣うようにそれらを躱しては殺意そのものを反射する、一撃を弾けた欠片で生成した盾で受け止めては新たな陣を錬成する、続く一撃を否定し、更なる一撃を掻い潜る。この死合いに意味はない、結果だけを思えばある筈もない、シスは剣を探し、私は幻影を追う、最初から擦れ違っている。一方、剣戟の福音は精霊を思わせる、古城に入り込む余地はないと思われたが、元々彼らに時や場所といった概念はなかった、振動がその影と共鳴し、あらゆる陰を染める、数億の配色が重力に押されて歪む、一条の光が様々な角度で反射し、解として一つの色を返す、相も変わらずどこまでも無関心に自己を主張する。床から亀裂の入った柱に視認できない暗雲が染み入る、先送りにされた事象を取り戻すように時が凍り付く。


精霊か…

こいつは『レイカギルイズクン』と言ったか、残存するちり一つ一つに微かな色が宿る、今は結界の侵食を何よりも避けたいが、シスは同様に考えない、寧ろ、ここでの死を望んでいるのだから、第三者にリソースを削られることは本望だろう。シスの光輪に反応があった、不可視の雷火を初めとした摂理への備え、『権勢』はそれらを外装やエクステリアなどと呼んでいた、それを起動したのであれば次段階へと駒を進めたと見て間違いはない。互いの間合いは一定に保たれている、手にした宝剣は陣への備えのため、意味合いとしては御守に近い、直接斬りつけることもあればある種の能力を用いて、切断するという結果や目的だけを付与し、それを現実に反映させる、真偽と二対の軌跡、空間に於いてはいずれも正と判断され、付随する形で一瞬遅れて有効となるが、偽に関しては観測時に事象を上書きする性質を持つ、例えば、フェムト秒の砂時計が撃ち抜かれる度に時間が巻き戻るという表現が当て嵌まるが、この場合、パルスレーザーを持たなくとも感覚で分かる、そのすべてを理解できる訳ではないが、兵器が連動しては悪しき通説を弾く、最初からそれで十分だった、尤も、真理そのものに深い意味があるとは思えないが。召喚した 11体の騎士は交互に応戦する、一振りで多くのものを断つことができるシスにはこれでも足りない、不足を補うために『紲』は意思の上で光速を超え、『殥』が熱暴走を起こし、その反動としてペインマトリックスを仮想領域へ複製した。『権勢』の思考は理解できない、資本に焼かれ、飢餓に苛まされたところで知り得ない、ヒエラルキーや利害とも一致しない、つまり、人ならざる者では辿り着けない境地にのみ存在する、そして、絶対者としてのそれでもない。では、何か? それが難しい、理解が及ぶとも思えぬ価値観は一なるものを参照している。通常であれば、次元を突き破るものは持ち得ない、故に、『あたわず』の理念だけを肯定する、そして、これだけは確かなことだった、シスを殺し得るものは他にない…


「お前たちは、いつの時代でも多くのものを望む。故に、また求める、その目に映すものを、選択すべき時が来た、そうでなければ…」シスが語る。

「死を望むだけのお前には理解できない、そもそも分かり合う必要もない」

『限』で紐付く相転移、苛烈なエネルギーが爆ぜる、シスはそれをそよ風のようにいなす。再構築が追いついていない、私はシスに対し負の感情を持っていない、そればかりか、誰に対しても同様であった。理解する必要がないと言えるのは、それしか方法がなかったからだ、演算できない光速の彼方など、破壊の確率など、誰にも読めない、シス以外は… 過去も含め、そのすべてを破壊するしかないが、私は生き残る必要がある、狭間で揺れる絶対の時間、小手先の旋律は打ち消され、反響だけが数秒遅れて認識される。剣は沈黙し、威力を失いつつある、いつしか目の前には闇だけが広がっていた、もうこの目は光を知覚することはない、肉体は精神とのリンクが切れ、それぞれが独立して動く、渾身の一振りは間違いなくシスを両断した筈だ、その事実に精神が追いつかない、足場から崩れるように沈み已の所で掴めない、憧憬のような記憶が遠ざかり、如何なる方法を試しても掴めない、雷鳴のような大きな地響きが轟き、鳴り止むことはなかった。シスの宝剣の軌跡だけが止まって見える、私は首を差し出した、まるで絵画のように、停止した時の中で、荘厳な雰囲気が渦巻く中、堅牢と威厳とが散った玉座を見つめ、静かに処刑の時を待った。シスに首を切断された後で、他に方法がないことを知った。


「これで二度目、お前に残された時間はあと13秒だ。すべてはこの時への布石だが、そのどれもが通過点に過ぎない…」

エアの首が切断された、間もなく意識が完全に絶たれる。

力の限りを尽くしたが、シスには届かない、及ばない。


何が足りない?

シスには殺意がない、私はどうか… 次元の問題であったか、今は検証できない。だが、私に足りないものがあれば創造すればいい…


数秒の猶予は?

これはすべての終わりではない。思えば、シスの行動は一貫していた、彼のすべては己のためにあった、ただ、それだけのために存在し続けた、他に方法は残されていなかったのだ。だから、提示すればいい…


私は弱い。

グレンとの誓いも果たせず、理想を語るには遅すぎた。何も彼もを喰らってしまえれば、どんなに良かったか、後に回し続けた選択を結局はこうして選ぶ、過ちだらけの生に、それでも縋る。こうして、過ぎ去りし日々のすべてを塗り替えればいい…


『徽』を起動した、変質はすべての終わりを齎す。

『紲』が淅瀝と鎖鑰の紋章を擬える、瞬時に帯びた質量と熱量に大気が震え爆ぜる。

『殥』が膨大な情報量を讃える。

『限』の制限が解除される、私はもう誰にも縛れない。


複雑に絡まった鎖がかちゃかちゃと鈍い音を立てた、蠢く闇は互いの質量に耐えきれず自壊を繰り返す、計測不可能な一点にすべてが集中し、雷のような火花が散る。行き場を失った力をシスが薙ぐ、しかし、それにも限度があった。やがて、轟音が先に駆けてから数度の爆発が起こった。


衝撃の中心には人を象った人ならざるものの姿があった。

光を交えた造形に熱が与えられる、歯車の動きと連動するように等速で右腕を張る、無機質な微笑みには何の感情もない、左腕を背中に回す。まるで精霊のような佇まいだが、その中身は全く異なる、独善的で冷徹に冷酷、それ以外のことは何も考えない、それは『権勢』を模したものだったが、現時点でその隔たりを計ることはできない。


「今すぐに、お前を殺してやりたいが… やるべきことが、他にある」それは静かに言った。

誰に対してではなく、その場に落とした言葉にも何らかの力が宿っていた。エアは玉座の元で横たわっている、熱を失った身体は瞬時に凍り付く、指先から始まり、やがて全身に回る、瞼は完全には落ちず、その隙間から『殥』の赤い光が漏れていた。その光景を一瞥してから古城を後にした。シスはその傍らで微動だにせず、隔絶兵器の変遷を眺めていた。殺意に支配された禍々しい雰囲気は『権勢』のそれと変わらない、シスはそう考えたが、すぐに興味を失った。機会の喪失、それ以外の感情や行動は捨てる他なかった、趨勢に身を寄せそれ以外のすべてを排除してきたが、この一点だけに狙いを定めた。暗中模索の正、不確かな願望すらも確率で捻じ曲げ、元の形すら覚えていない、正確には覚えることすら許されない。この身体はいつまで動くのか、シスは自身の左手を一瞥する、微かな感覚すらない、そして、感情すらなかった。がらくたのような宝剣を無造作に変換し、最後には波となって消えた。『稀代』によって操られている、それだけを認識できた世界、多くの者が享受するであろう安寧が何かすら分からない、シスを囲むすべてが識別に囚われた牢獄のように高く立ちはだかる。


確執の概念。

障壁、隔壁、古城に渦巻く風が止む、玉響の残響に共鳴する心は持たない。あれは一度に随分と多くの駒を進めた、読めない展開に僅かな頭痛を覚えたような気がした、見渡す限りの光景の外に散りばめられた宝石はどこに消えたのか… はっきりと答えられればこうはならなかった、下した決定に異を… 待つしかない、僕にはそれしかない。


渾沌の定義。

情勢は凪ぎ、状況こそがそれを創り上げる、真に詠うもの、主とは認めなかった、何に抵触したのか、それ以外はどうでもいいこと、生死すら問わない、嗚呼、感情、感情に支配される、紺碧の殺意に塗り潰される、それでは足りない、届かない、いけない、私は何か、御使いですらない、なれなかった、時間が足りなかったのだろうか、絆を断たれ存在することだけの第三者とでも呼ぶのか、あらゆる力が、能力が、兵器が関係を告げる、そんな訳がない、そんな筈はない、数千の感情、感情が全身を焼く、痛みに溺れ藁をも掴む、その瞬間にしか存在できない、赦されていない、一瞬を紡ぐには、記憶に頼らずに同じ結論を導くにはどうすべきか、ただ一つの感情を練り上げるしかない、それは殺意ではない、それだけでは決して辿り着けないだろう、何が必要なのか、忘却に追われる、誕生を延々と繰り返すことで薄れゆく、季節の移ろいのように儚げで淡い夢ではない、尺度や視点を定める他にはない、絶対の赫灼を、その根源たる着想を、絶大な自制を、片手間でも方法を探すしかない、結界を抜け広大な世界を照らす、黒い雨雲から雷が落ちる、未明に山野を駆ける数十の兵士は息を切り興奮を飛ばす、崖から転落した馬は骨折しのたうち回る、弩から数千の矢が飛び交う、時と場所を選べずに応戦した領主は最初から死に体だった、配下と思っていた者は刺された瞬間に敵となり、遡れば何年も前から用意されていた筋書きの一つ、振り返れば誰にでも当て嵌まること、単に可能性を考慮して動いたまでのこと、保身からの行動を咎めることはできないが結局はまた別の思惑に殺される、必要な情報を与えた時点でそれに用はなくなってしまった、自ら価値を手放してしまった、呵責が傾けば簡単に吐露してしまう、崇める偶像がそれを許したと考えてしまう、自死に等しい結末も路傍の石に過ぎない、剣は子供を貫いた、血液が流れ水溜りを染める、子供は苦痛に顔を歪めたが、一心に家族のことを想う、何処へ向かうにしても機能を失った身体は自由が利かず痛みは一定のラインを越えずに燻っている、徐々に意識が遠のき比較的短い時の中で絶命した、剣を持つ男は目の前の生死には大した興味もなく自身の仕事に戻る、子供の命を奪うより金品を奪うことの方が余程大事なことだから、その頃には家族もすべて殺されていた、手入れの入った庭園には夜間の間だけ放たれていた犬の死体が転がっている、見張りの兵や使用人の多くは裏切りによって殺害された、一部が逃げ惑う、仕える主より先に逃げる訳にはいかないという忠誠が枷となり、或いは、名誉のために挑み敗れた、隙間風の絶えない城壁の中も状況は同じだった、倒れた灯がカーテンを燃やす、賊の一部は消火に追われている、一族の争いは絶えることがない、手にすれば手放し難く、奪われたと知ればすぐさま欲する、感情は波のように揺らいでおり、その時を指したならば容易く振り切れるように出来ていた、血縁、地域、他国と怨嗟の輪は広がり続ける、輪は閉じる事はなく際限なく広がった後は消滅するだけ、閉ざされた世界ではまた別の結末が待っている、繋がりを求めては手を切り可愛がっては腕を噛まれ抱いては朽ちる、もはや救いなどは求めないだろう、そこまで烏滸がましい真似など見てはいられない、妹の行方を追う、亡骸を探している、馬が松明を揺らしながら駆ける、救いはないと嘆く者も自らを振り返りはしない、湿った大地を取り巻く一帯に降る雨は慈悲とは言わない、足跡を消し、より闇に紛れやすく、すべてはなかったことにする、ここでも多様な感情が交錯している、歓喜の叫びに美酒は溢れ妖星は笑う、空に意識を飛ばせば何らかの思惑が反射しては繰り返す、傍観者は壁の花のように鬱屈とした価値を提示する、これでお前もおしまいだと遺族が叫ぶ、明るみに出たところで都合の良い物語が綴られる、そう定義したに過ぎない、中央から程よく離れた土地では関心も薄く、統治が誰の手によるものなのか、たった一行に集約されてしまう、地下では化物ともが闊歩し、国境付近では国家に隷属せずありもしない絶対的指導者を崇拝する機関を交えた三つ巴の小競り合いが今も行われている、遅れて到着した騎士が槍を構える、敵の数は百を超える、多勢に無勢ではあるが目的は別にある、恩義に報いるときが来ただけのこと、館は占拠されているのだろうか、痕跡から見ても50人以上は確実だった、認識がひどく遅い、最初から疑っていたならば無防備な背中を晒すこともなかった、可能性は得難いものだから、そして、時間は戻らず妻に子とその次に民のことを考えた、籠の鳥は騒々しさに便乗することなく沈黙を貫く、使用人に紛れた剣士は返り討ちに合う、タイミングが悪かっただけ、死体が重なり緩慢と静寂とが衝突する、芝を染める血に松明の灯が掛かる、苦痛や孤独に震えて明滅する心の輪郭がゆっくりと浮上する、求める解はあっても届きはしない、殺意が衝突し叫び声が館を伝う、振り翳した剣が鈍く光る、乱世に生まれたことを後悔できない、ただ生き抜くことを誰かに教わることもなかった、憎しみが領土を席捲し、次に悲しみを振り撒き、後にも哀しみが残る、憤怒は調度と化し、獣が影を潜め、もののけが眼光を落とす、山や谷にうめき声が反響している、いつまでも終わることはない、民草は拘泥する必要もない、楽観を許したデッドエンドに右往左往を繰り返すフルメタルと死線、13の巨大プレートの隙間を59から103のプレートが埋めては消滅する、隣国でも果てでも大差はなく大小や姿形が変わっては同様の争いをただ只管に続ける、醜くも美しく命が散るようにして演算が積もる、埋もれては高く舞い上がり大穴が空いては水や大気を充填する、意味はなくとも求めなくても変わりはしないように出来ているという思い込みで創造された、感情だけが如何なる隷属も許可しない、流転の果てに歳月のみが際限なくカウントされる、狼が吠えては猪が咥え鳥が横切り魚が鳴く、突如として滝のような雨が降り足跡を消す、生きていられては困ると馬を飛ばす、死を望む者と生に背く者と生に反する者と希望が泡のように膨れては外海を投影する、綱渡りの徒労が一歩ずつ剥がれ落ちていく、出会いがすべてを変えたと伝えるならば、凡人には理解が及ばない領域に可能性を内包していると説くにも二つ三つの理由では足りない、棘の付いた脚が獲物を割いた、鱗を持たない竜が爪を割る、折れた翼にも一縷の望みと一廉の未来があった、常識では図れず天命によって潰れる、漣が国境を削り空振が窓を叩き割る、鍋に銃弾が弾かれては根菜を散らす、顳顬が痛みを訴えプロスタグランジンが生成された、触れれば命を落とすと理解していても嬉々として手を伸ばす、振り返れば死ぬと分かっていても自他を顧みない、悪党は馬鹿なやつだと言ったが英雄や勇者と呼ばれる者は得てしてそういう類のものだったのだろう、狐の長い尾が靡く、勝利を目前に盤面をひっくり返された知己が怒鳴る、恨みはないが死ねと言う、それが誰かのためになると、何かのためになると諄々と諭す、次々と倒れていく仲間を思い返すことはしない、折れた刃が背中に刺さる、身体の芯に針を通したような痛みに悶える、超高分子量ポリエチレンのギアが回転し水分を飛ばす、この実力差があれば簡単に敗れることはないが残った体力が心許ないと考えたためにこの場所で踏み止まった、知識ではなく感覚による理解は陽だまりのような熱を帯びている、程度の低い理論に振り回されることは多々あれど意に介す暇はない、知恵は金色に輝いて潮流と同期する、蓄積された知識や情報は風のように絶えず展開しては巨大な蟠りと化した、構造主義はシステムに依存しその認識は枠から剥がれ落ちる形で体現される、この殺意は希望とはならない、私は何かを託された訳ではないのだから、ただ与えられた言語と取り巻く情報と外海の趨勢と思想、これが何かの形を表現することはないが最初に結界の規模が決定した、取り得る値の範囲を割り出すことができた、希望の多くは過去にある、最初に失った命を求め、生を謳歌した後も生き続ける、邪な感情が義を塗り潰し不和を唱える、この結界の中にはすべてが存在しなければならない、要素の不足はシステム内に残す必要がある、分離した力のように原石を見定めるにも充足からの差分を読み込む時間がない、或いは、現時点で未完であることはこの先も変わらない、想定できる最善手を模索し幾重にも重ねたこの不壊の結界こそが新たな箱庭となる、化け物たちの饗宴から逃れる者は誰か、才覚と駆体に恵まれただけでは足りず、葱でも糸でも投げられたものは何でも掴むのだろう、その先に辿り着いた者だけが与えられるのではない、寧ろその逆で得たものすべてを奪われる、その天使の笑みには意味がない、ここにある情報だけでは見失っていたのだから、死と隣合わせの日常にこそ純真無垢の切なる願いが生まれ、先人はこれを邪悪と名付けた、物語の前後すら朧げだが悪役はいつも破れ現実はその反対の姿形を映す、悪は強大であるほどに良い、善は勝者の称号で実際は悪のみが蔓延っているだけに過ぎない、生きるために他者を食い漁り、生きる残るために他者を食い潰す、生命は生命を消費する、その意味では輪廻と呼ぶこともできる、特定の能力や個性が真価を発揮するときに生まれる偶然の産物に色を与えた、真理の影響は割合でしか測れない、雨雲が流れては空に亀裂のような雷が浮かんでいた、ここに入力を終え、次の瞬間には爆ぜるような膨大な出力が始まる、淡い光に情報を乗せては視線を落とす、役目を終えたならばすぐに次の工程が始まる、波間が徐々に狭まり見渡す限りの波濤が押し寄せる、粒の一つ一つを追うには時間が足らず、原子を見ても測れず、消去法にて結果を観測することがこの場では最速となる、陣風は必ず吹く、泡のように儚い生命は束の間の安息を求める、いつの世界でも携えるものが武器となる、慧眼や推力、地形に位置エネルギーと使えるものは限られている、銅鑼の音に鼓舞され空を覆う弓に怯え、傷付けば血を流し想い人を失う、取り巻きの感情に価値を見出すことはない、芯の充足はいずれにあるのか、円環のように外れることはない、天気の移り変わりは心象の投影ではない、嫉妬や拘泥は堅牢な鎖を持たない、大器も一つの器に過ぎない、妙蓮のようにその姿形は既に見えている、京の思惑が絡みついた果ての地、時が加速していく、走馬灯のように映し出された景色を遡るように記憶していく、時空などここには最初から存在していないのだから解釈に委ねられる、例えば、暴力によって一方通行となった道は閉ざされ、すぐ隣に新たな小径を生成するように難から逃れた先にも理不尽な要求が敷き詰められるとすれば、栗鼠のように目を丸くしもがくことすら道理とされてしまう、この先に平坦な道など存在しない、希望はそれ以外の漆黒に染まる、足元を振動が巣くう、飛行機雲のように背びれが割く波が水平線まで伸びていく、波紋を象った陣形に戦慄したと思えば虹の元で雲散霧消する、しかし、私は「そのどれでもない」と溢した。

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