19
「マナは消えた」
ルアは淡々と説明する「よって、これより私が指揮を執ることになる、しかし、現段階に於いて確固たる指針がある訳ではない、また、マナもここには何も残してはいない。つまり、この状況もある意味では平常運転であると言える、すべての算段をこの場で付けよう」
宿舎のロビーには、他にグレンとネオがいた、彼らとは基地で別れて以来の再会となったが、あれから日数が経過した訳ではない、但し、怒涛に揉まれていたからか懐かしささえ感じる、どうやら二人とも健在らしい。
「課題は多いが、限られた人数でそのすべてを熟す以外の選択肢はない」
そういえば、基地で攫った子供はどうしたのだろうか、責任はグレンにあると見てよい、しかし、彼がそのような細かいことを気に掛けるとは思えない、別の誰かが世話をしているのだろうか。また、ポレポレに関してもその本体らしき騎士の置物とは無関係に自由に行き来しているように見える、では、あの置物は何だったのだろうか。まぁ、何らかの制限があるものと思われるが、法則というよりある種の願望に近いのかも知れない、今もそこに鎮座している。エアはぼんやりとそれを眺めてみたが、ルアの話はまだ続いている。
「もはや、ここに留まる理由は薄い、ここからは積極的に世界に打って出る方がリスクは低い。手始めにエアとグレンは隣国へ向かってもらう、恐らく、現在は諸侯の直接の支配の上に成り立っているのだろうが、小隊規模の軍事介入も否定できない。均衡を失えば混乱は必至、互いに持つべきものは保身くらいなものだ」
どのみち、ルアの話は簡潔で、そもそも説明が足りていない、つまり、目的地さえ分かればいいだろう。これから待ち受ける苦難とやらは如何なる種類でどの程度なのか、例えば、剣術を極めた者がスナイパーに勝つことができるか、射程が違えば舞台も変わる、故に、『リニア』を有する私に弾丸は届かない、無論、弱点がない訳でもないが… そして、この世界、原始の世界はどうか、『紋章兵器』と同様に『隔絶兵器』や『権勢』なる存在を確認している、情報が欠けた状態でこれらに対抗できる筈はない。グレンの召喚の由来、『イジェートル・サバイユ』の結界、『権勢』の定義や規模など、そのすべてに解が存在し、また、説明が付くとも考えてはいない、だが、そのままでは勝率ではなく、生存率が著しく低い、裏打ちされた名声に能力と私とでは比較にすらならないだろう。例えば、グレンと模擬戦を通して成長することはできる、しかし、現状はそういう局面には存在しないということが問題だ、ルアが言っているリスクもその類のものだろうか。
「ネオはそうだな、能力的には斥候だが、その伝達の方に問題がある。少々離れているが、未来の爆心地への布石としよう。と言っても、何ら期待はしていないがな、今まで通り好きに動くといい」ルアはため息まじりに話す「まぁ、その辺もタイミング次第か…」
「いや、俺もこいつらに同行しよう」ネオは帽子を深く被ったまま答えた。
「どういう風の吹き回しだ? お前に積極性など皆無だろう、惰性のみで暮らす奴に指揮は振れないが?」ルアは横目でネオを捉える。
「気にするな、深い意味はない… 単にそうすべきだと、ふと思っただけだ」ネオが答える、話はこれで終わりだ、というような草臥れたジェスチャーを交えて。
ネオは椅子を回転し背を見せると、そのままカウンターに突っ伏して動かなくなった。気紛れ過ぎてよく分からん奴という印象しかないが、どうにもこちらの挙動を捕捉されている気がする。ネオの能力は収集とそのフィードバックの転化らしいが、その転化の部分が謎に包まれている。遠征隊の元隊長だったか、隊員からは裏切り者呼ばわりされていたが… 実際、理由は分からないが軍部からここへ来たんだ、ある意味では国防と変わりないかも知れないが… いや、この組織の目的も定かではない、国家転覆を狙っている訳でもないが、実際に武力行使はあったんだ、テロリストで合っている。良く言えば、時代の脅威そのものを見据えている、といったところか。目先の利益に溺れる国には難しい、それだけに溺れている訳ではないが、その理由だけは腐るほどある、叩いても喚いても引いても浴びるほど出てくる、国という単位ではそんなものだろう、そして、機械仕掛けの神のようにその結末は善し悪しなどには換算しない。では、有識者をどのように割り振れば良いのか、組織に必要なことは一つ、余計な柵を設けないことだけだ。さて、次の作戦はこいつらとか、どうしたものか。
「目的は二つある、王族との接触、及び、『蝶』の奪取。『蝶』は序でで構わない、どのみち避けては通れぬ道となるからな。しかし、当面の問題は移動手段の選択となる」
ルアの話に依ると、空は『権勢』、地は人、海は精霊の支配下にあるらしいが、支配下というよりは縄張り意識のようなものだろうか、それより精霊とはどのような存在で、そもそも知覚できるのものなのか… ポレポレの存在が脳裏を過ぎる、いや、あれが精霊とは考えにくい、認知バイアスが働いているのか、敢えて分類する利点もないだろう。
「空は当然リスクが高い、陸伝いでは時間が掛かり、海はリスクが読めない、三択となるが面倒だな、お前らで決めればいい。何かあったところで対処することに変わりはないのだから」
「この作戦に於ける最大の障害は?」今度はグレンが訊ねる。
「無論、『権勢』に決まっている。今度の作戦では『権勢』との接触は避けられない、既にそれだけの条件が揃っている。お前たちには無事に戻って来て欲しいと思うが、それも難しいだろう」ルアのトーンは飽くまでも変わらない「だから、私もこちらでの準備が済み次第合流するつもりだ」
「『権勢』か、どこかで必ずぶつかる存在なんだ、別に今でも構わないさ」
「グレン、特にお前が危ういのだが… いいか、お前が能力を酷使すれば元には戻れない、不可逆過程にあることを忘れるな。また、勢力図的には」ルアは左手の親指を伸ばし三本指を作る「『権勢』は3を超える、人と精霊はそれぞれ1 未満といったところだ、仮に精霊と共闘したところで勝ち目はない、尤も、精霊が協力することもあり得ないが。つまり、誰しもが勝てないと考えていることが多くの状況に於いて最大の理由となる。そのままでは勝てない、だったらどうすればいいか、そう、その思考すら正しい姿勢とは言えない。殺せ、ただ殺せ、それが唯一の正解だ、そのことを忘れるな、これは命の取り合いですらないのだから」
殺す、か… 殺すことが間違っているとは思わない、自身の生存率を上げるために、弱いものが強いものを殺す? 本来、あるべき姿だろうか、強いものの手に選択権があるのだから。私は望まぬ強者でありはしたかったが、最初から叶わぬ願望だと理解していた、自身の成り立ちを思えば当然のこと。前回の作戦に於いてグレンから殺意を感じることはなかった、そこに相性の問題が存在するかは不明だが、グレンは『権勢』を相手にしてもその姿勢を変えないだろう。ネオはそうだな、誰に気兼ねすることなく自身を演じ続けるだろうか、しかし、『権勢』には届かない、人はそういう風に出来ているものだから。では、選択権さえ奪えたらどうなるものか、この環境にも一定の理解はある、既に舞台の上では多くの要素が出揃ったと見ていいだろう、つまり、私はこのまま隷属する必要があるのか? 情報は手に入れた、後は一人でやればいい。しかし、現状ではこの組織に柵はない、作戦に沿う形でこの先は好きなように動ける。
「エア、お前も同様だ。一度は敗北していることを忘れるな、お前は認めないだろうがな」
敗北? 過去に何があったかは知らないが、それならば、そこから何を学習したのか。私は生きている、どのような形で勝負が付いたのか、気になるところではあるが。ルアは気付いている、私の意思が緩やかに離れていることを、尤も、作戦はその上に成立するものに違いないが…
「まずは、ネヴァ通りへ向かえ。ここから2 万キロメートル近く離れている、距離は大したことはないが、いくつかの関を経由することになる。まぁ、何れも抜け道は存在するので、そこは各々で考えろ、以上だ」
やはり、目的地しか分からなかったな。グレンの方を見ると相変わらず活力に満ちている…
「俺たちの作戦はそれだけか、随分と簡単そうだ」グレンが吠える。
何を聞いていたんだこいつは… 私に届く情報とこいつが受け取った情報に差異でもあるのか? ネオの方は伏せたまま動かない、内容も聞いていたかどうかは定かではない、付いていくと言っただけだ、その言葉通りで同行以外で自発的に行動するとは思えない。グレンの勘だけでどうにかなる局面ではない、私が指揮を執るしかないのだろう… 聞いておくべきことは山積みだが、ルアはどうか? 与えるべき情報とそうでないものとを精査している、『鳥』のような例もある、その引鉄に触れればもう後戻りはできない。しかし、聞いた限りでは『権勢』には勝てないということになる、では、遭遇した時点で全滅するのか、逃げるという選択肢は存在するのか、それは対峙して初めて分かることだ。
「エア、お前は難しく考えすぎだ」考え込む私を見てグレンが笑っている。
肩を拳で小突かれたが、驚くほど何の慰めにもならない、アホなのか、こいつは… 楽観視できる要素が一つもないんだが? 護るべき対象か、敬愛すべき対象か、とにかくマナはここに居ない。私自身何も感じてはいないが、グレンとはベクトルが違う、そもそもマナと接した時間が短すぎる。但し、今度の作戦はマナの救出ですらない。以前、彼女はティアマトのマナを名乗ると言っていたが、その布石となる程度のものだろうか、国王の方にも何かしら言いたいことはありそうだが。まぁ、最初からすべきことは決まっている、まずは『蝶』を見定める必要がある、そこに確証がある訳でもないが、どうしても天秤は揺れる。果たして、今の私に、いや、過去も含めて憐憫の情などというものがあっただろうか、飽くまでも、立ち向かう者だけに僅かばかりの許しを与えたに過ぎない、どこまでも傲慢でそこに救いなど一欠片も求めなかった。課題は多いか、しかし、ルートの選択か、私には縁遠いものではあった、今は違うのだろう… 最初から責任などない、彼らは私の仲間か? この組織にそのような意識は感じない、クラスメイトのようにその場に居合わせた個の集まりで、各々の目的や葛藤や目論見が勝手に遊んでいるだけに過ぎない。では、彼らの窮地に何を賭けることができるか、それは全身全霊でも構わないと思える、この世界で出し惜しみをしたところで高が知れているから、限のない下限に、踏まない轍、蟠りの反芻、どこか退屈に感じていたのかも知れない。さて、考えるのも面倒だから現地集合でも良いと思ったが、陸を走破しよう。
「陸路で行く」エアはルアに向けて言った。
「ふむ、悪くない」ルアが軽く頷いた「早々に『権勢』に捕捉されないことを祈るよ… では、案内を付けよう」
何を選択したところでルアはそう言うに決まっている、見透かされていることは、考えるより悪くはない、取り繕う必要がないから。ルアが指を弾くと小さな光が二回点滅した、蝋燭の火のような物が空中に出現し、その場にくるくると留まっている。これが目的地まで導くものなんだろうか、爆弾馬のように複雑なものではないが自走する点が腑に落ちない、動力について巡らせること自体もこの場には相応しくないのだろう、結果と付随する過程、それも深追いする必要はない、無論、戦時に限るが。普段から切り替える練習はすべきか、命取りになる瞬間に何を考え実行すべきか、兵器は揃っている、ひょっとしたら現時点では想像できないようなことが可能になるかも知れない、この環境のすべてを証明する欠片となるようにも思えた。
「相変わらず、お前は理路整然としているようでその反対、乱雑無章の中から敢えて渾沌を紡ぐような生き方を選ぶ、存在そのものが矛盾しているよ、実に面白いが… でも、それは悲しい事実でもある」ルアはそう告げてから立ち上がる「ああ、最後に一つ教えておこう。今度の作戦に於いて、『紲』は最も重要な兵器となる。但し、『紲』は誰にも扱えるというものでもない、お前も例外ではないだろう、だから、その心を定めることは無駄じゃない、解はお前の中にだけ存在し、外には何もない」
エアはぼんやりと頷いた。
『紲』とは、確認するまでもなくこの三つ星のことだ、今もこの空間に留まってはいるが、私が意識しない限り一定範囲を越えることはない、どのような規則にも縛られない未知の物質、いや、物質かどうかも分からない、ある種の概念が位置情報を光に変換しているだけで、本来は認識すらできない、若しくは存在しないものかも知れない。極小の世界ではその境界を失っている、また、観測時は『紲』を中心とした別の世界が存在を知覚する、観測者としての立場を得る代わりに現世との隔たりが出来たような感覚に包まれる、そう、一度飲まれたら戻れないという危機感が歯止めとなる。現状、それより先には行けない、脳が破壊されればそれまでだ、少なからずそういう類の予感はある、どこかで、ありもしない確信を求めていたのかも知れない。しかし、前所有者はいる筈だ、この兵器のルーツは不明だが、同時に追う必要がある。
「何もないんだよ」ルアはもう一度言った。
ルアの生み出した弱々しい怪火はグレンの左肩に取り付いた、何を燃やすこともなく微かな光を放つ。単純なコンパスではなく向かうべき道を示す代物らしいが、地図は確認しておこう。
「ちなみに作戦の刻限はあるのか?」エアは念のために確認しておく。
「無論、できるだね急げ…だ」ルアはそれだけ伝えると、自身の作業に取り掛かった。
ルアはタブレットのような端末を同時にいくつか操作し、何かを演算させている。多分、扱っているものはただの数値ではない、より複雑で生々しい命そのものをやりとりをしているのだろうか。そこに鬼気迫る雰囲気などはなく、漫然とチェスを指すように歩を進めているように見えた。ふとグレンの方に目を向けた、目が合うとそこにはいつもの笑顔が返ってきた、相変わらず自信に満ちた後先のない笑顔がエアの空白を撃ち抜く、底知れぬ不安が刹那の内に過っては消えた。一瞬、グレンの闇を垣間見たのか、それは、かつて感じたことのない不思議な感覚だった。役に立たない感覚として破棄していたのか、それとも、受け取る前に弾かれていたのか、いずれにせよ認識したことのないものだった。
「何だ、心配しているのか?」グレンは異変に気付いた「大丈夫さ、いつもの作戦と変わらない、みんなで行って、みんなで帰ってくればいい」
「心配はしていない。但し、ルアの指摘通りだ、戦闘時、お前はバックアップに回れ」エアは自分が戦えばいいと考えていた。
「お前が戦うのか? 趣味じゃないだろ」グレンは軽く驚きつつ聞き返した。
「嫌でもない、それと、物事の多くは必然で出来ているから」エアは自身を振り返る「その時は選べないものだ」
「それは、俺も同じだ。さぁ、準備をするか」
その時を巡らせている内に典獄が言っていた宝剣を思い出した。強敵ともなればあった方が良いのだろう、しかし、自室にはなかったように思う。今ならば『徽』から情報を得ることができるだろうか、確認してみよう。
エアは自室に戻ろうと席を立った、ルアが背中から声を掛ける「なんだ、探しものか?」
「宝剣を探している」エアは興味がなさそうに答える。
宝剣自体の価値を知らないため、あるべき反応がそこには欠けている
「宝剣… ああ、あれか。確か、誰かにくれてやったんじゃないのか? 元々は私の持ち物でもあったが。まぁ、必要であれば代わりのものを用意しておこう、出立までにはな」
エアは立ち上がった手前、当てのない目的地について考えた、自室に何もないのであれば宿舎に用はない、尤も、過去はどうであったか分からないが… 頭を巡らせながら中庭へと移動する。星明かりには禍々しいものも混じっていた、彼方へと続くはずのレールは一定距離で断絶を繰り返す、宿舎が本来はこの場所に存在しないことを表しているのだろうか、水面に返す柔らかな光のようにぼんやりとした記憶と重なる、これまで紡いできたであろう多くの点が価値を失い、焦点の当たらない闇に輪郭を与える。あの頃には想像もしなかった場所でこうして考えている、現実とは何か、ただの認識であれば大仰な機構は不要に思う、生かされているのか、殺されないだけなのか、死なないだけなのか、殺さないだけなのか、理由はどれも下らない、しかし、すべてのものに当て嵌まるとも言える、つまり、存在とは占有の対価であり、鰾膠も無いもの。過去を問わず多くの者が望んでいた筈だ、ありもしない現実にユートピアとを重ね、打ち拉がれることで隙間を埋めた気になっている、関連すらないことに気付かず、または故意に見落としているようなものだ。
エアは『紲』の軌跡をなぞった。
「エア、お前はいつも達観している」グレンも遠くを眺めていた「でも、今まで確かなことなんて一つもなかっただろ? だから、余計なリスクは負わなくていい、俺達は同じ場所に居合わせただけで志まで共有した訳ではない、ある意味では重なる部分はあるかも知れないが、そもそも穿った見方をする必要もない。まぁ、根っこは変わらないさ、それくらいの関係で十分だろ」
心配しているのは分かるが、本質に関しては意図的に理解しないようにしている、この場合はそれが私なりの配慮となるからだ。
「確かに」エアは振り返らずに言った。
それでも、仲間であることに変わりはない、私は最初からそう認識していたのだから「索敵はネオに任せよう、情報が鍵となる…」
ある程度の方針について擦り合わせをした後に、宝剣を手にしたルアが割って入る、それを説明もなくエアに手渡した。
『徽』の紋章が見えた、同時にダウンロードが開始される、宝剣にあるべきものは歴であり、出典が何より重視される。これがただの剣ではないことは明白だが、違和感の正体には触れられていない、恐らく、何らかの能力によって生成され、更に、別の観点から精製されたものだろう。
「これはお前が望んでいたものじゃない。さっきも言ったが、存在しないものであれば作ればいい」
あれはそういう意味だったのか、分かりづらいというレベルではないが… まぁ、ここが出立の時なのだろう、言葉が足りないのはお互い様で、理解の先に何かを求めている訳じゃない、分かり合えないのであれば説明すればいい、でも、縦令本心からであっても真偽は交じる、それを真であると伝えて何になるのだろうか、それならば、擦れ違いの先にある共感であっても何かと比較して劣っているという訳じゃない、なるようにしかならないのか、させないのか、選択する余地は転がっているものだ、だから、今は「それで十分だ」と言える。
「準備は整っているのか?」グレンに声を掛けた。
「俺達にそのようなものはない、戦場では都合などない方が良い、つまり、考えないことが最上だ」
「そうか… ところで、ネオの方も問題ないのか?」
いや、あるだろ、準備くらいは… まぁ、こいつはどうでもいいとして、掴めないのはネオの方か、ここはグレンに任せた方が楽かも知れない。
「まぁ、問題ないだろう、あのまま寝てるけどな」
「そうか」
問題しかないが、もういいや… 目的地を目指す、障害を取り除く、それ以外は本当に何も情報がない。
「ああ、目的地にガイドも立たせておく。アメではないが、その点だけは心配しなくていい、とにかく、まずは辿り着けばいい、万事が無事とはいかないだろうがな」ルアが笑顔で話す。
特に面白いこともないように思うが、独特の間で何かを楽しむやつであることに変わりはない、精々期待に応えるとしよう。そんな気持ちもないことはないが、ここにも理由が必要なのだろうか? さぁ、分からないな、情操を言葉にする必要もないから。
結局、ネオは遅れて付いてくることになった。
老骨に鞭を打つ、か… そういう年にはとてもじゃないが見えない。この世界は見た目には分からないが、寿命というものが存在するのかどうか、老若男女はあれど、それは容姿の一要素としかならない。幼い子が恐るべき能力を秘めている可能性は高い、状況から読むことはできるが、条件が揃った場合はその限りではない。但し、パラメータが確定してしまえば内部の構造も見えてくるというもの、無論、それ以外の能力に関しては知覚の範疇には収まらないが… それでも、状況の左右や条件の提示が占める割合というものは大きい、見落としがないように、ただの一つも取り零しがないように、ここまで来れば祈りの領域に足を踏み入れる。グレンにネオ、協力さえできれば大抵のことには対応できるだろう、その程度の過去は持っている。さて、私は離脱しても良かったが、結局はこうして目的地を選択した、恐らく、そこに何かがある。離反の可能性を探りつつも離れられない理由、用意された筋書に抗えないのようにできているのだろうか、或いは、ある地点までの未来が確定していると言い換えることもできる。
「出発は静かな方がいい」
グレンは宿舎の向こうの特定の空域を仰ぎ見ながら言った。
グレンには何が見えているのか、まぁ、今気にすべきは地図と進路くらいなものだ、確かに、騒々しいよりはずっといい。これより西を目指す、いくつかのポイントを辿り、最終的にはネヴァ通りへ。しかし、関は暗喩か、単に関所であれば強行突破すれば良いだけなのだから、また、関門であれば、まず『権勢』が考えられる、他にも障害と呼べるものは腐るほどあるが、イメージできる大半のものはただそのように分類できるだけだ。であれば、『権勢』やそれに続くものが点在していると考えるのが自然ではあるが、そこに在るべき意図が読めない。グレンの召喚にネオの情報、私の兵器、どれも噛み合う力ではない、そもそも加算でどうにかなる状況でもないだろうが… その辺りは考えながら進めばいい。
「まずはシオンの門を目指すとしよう、最初に言っておくが無理はしない」エアの提案にグレンが頷く。
「お前に付いていくから何処でもいいさ」グレンはいつものように笑う。
この場に於いて屈託のない笑みなどあり得ない、こいつは貴族のように本音を隠す。きっと、ルアの言葉を秤にかけているのだろう、利害や損得では語れないからこそ、代わりに掲げるものを探し出す、その覚悟が無駄になるよう私が動けばいい、その点は対等でいい。
宿舎を後にした。
どうやら山野を駆けるのに適した乗り物はないらしい、そして、飛行は国内でも差し支えるということか、その進行方向や速度に監視が入るのかも知れない、そういう結界が存在すること自体は知っている、天網恢恢疎にして漏らさずという言葉があったが… しかし、私には結界を感知できない、地表と空とを区別する理由があるとすれば、空のみに網を張っているのであれば、『権勢』は『権勢』にしか関心がないということになる。轍を進む、グレンが巻き上げた枝が宙に舞った、車両の跡は複数台しかない、特定の人や団体のみが利用しているのだろうか。今回は距離を採っているため轍と山野を交互に進む、街からそれほど離れている訳ではないが森は想定より深く、また、原生林のように見通しが悪い、グレンが付いてこれるようルートの選択をする、切れ間に見える街の光も疎らでこの国の実情が窺える、人口は国土の割には多くはないのだろう、または『権勢』がそれを許可しないのか、見聞きだけでは足りない、不足した情報はどこで手に入れるべきか。シオンの門の先には城塞都市がある、この国の最西端に位置する、そこまでは持つだろうか。グレンのペースは変わらない、道がなければ切り拓く、強引ではあるがここではあんなものが正解なのだろう。
「ところで、目的地まではどれくらい掛かる?」グレンが並走する。
もう、疲れたのだろうか?何らかの
「最短でも3週間から1ヶ月くらいか… 障害とやらが読めないが、更に加算されるだろう」
「1ヶ月? 思ったより掛かるんだな」グレンが目を丸くする。
こいつ、地図を見たことがないのか? そんなに反応されても困るのだが…
「いや、リスクがな…?」
リスク? たかが移動で何らかのリスクを背負ってるのか? まさか、たかが移動で…? しかし、無視もできない。
「一旦、休憩にしよう… 少しばかり話し合う必要がある」
エアは地図を起動した、近くの街を検索し、進路を修正しつつ向かった。都市間は何らかの交通手段が確立されたものと見ているが、私がグレンを運んだ方が何かと手っ取り早いな… それには問題が二つある、抵抗を如何に排除するか、また、こいつが首を縦に振るか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます