勝機

「それにしても、ミーティアは強いな。本当にただの従者なのかい? それとも、魔族はあれだけ出来て当然なのか?」


 肩に担がれながらルベルはミーティアの後頭部に話しかける。


「うーん、魔族全員ができると言うよりも私が、護衛の騎士だからかな。普通の魔族は私ほど強くないのよ」


 ルベルはミーティアをメイドなどの非戦闘員の従者だと思っていたので、ミーティアの説明を聞いて納得した。


 女だろうが男だろうが、能力に見合った職に就けるのは、近代的な思想の発達を意味している。


 古代では多くの国家が父系社会で、家父長制が基盤となっていた。


 魔族が他の種族から排他的に差別されるから、一致団結し男女の差別がなく、能力主義になったのだろうとルベルは考え、この世界の構造が不快ながら合理的に成立していると強く思う。


 屋敷のどこに母がいるかは、ルベルはおろかミーティアも知らない。片っ端から扉を開けるのも面倒くさいし、何よりそんな時間はない。


「ミーティア、まずキッチンを探してくれ。水場は大概一階にあるはずだ」


 ミーティアのきょとんとしている顔が、ルベルには手に取るようにわかる。


「理由を聞いてもいいかな、ルベルちゃん」


「理由は三つある。一つ目は、単純に母さんを探すよりも、見つけやすいこと。二つ目は火災を起こしたい、火災を起こして消火などに敵の時間を割かせたい。三つ目が、火災が起きた際に逃げ道の動線上に火元になる場所をまっとうな建築家なら置かない。つまり、キッチンに火をつけて、敵の行動を抑制しつつ、出口までの動線がキッチンと被っていない場所を見つければ、そこに敵の大将がいて母も同じ場所にいる可能性が高いというわけだ」


 人質としてのルベルを殺すのをためらうような奴が、母を殺すはずがない。ならば、一番安全な場所、屋敷の主の部屋に匿うだろう。


 ミーティアは頷いて、キッチンを探してくれている。ルベルはその間に次の行動を考える。


 この場から母を連れて逃げられても、ここは人族の国。どこに逃げようとも出会う人すべてが敵と思ってもいいだろう。


 ミーティアから教えてもらった、ニース帝国とリステル国の位置関係は頭に入れているが、そもそもニース帝国のどこに自分たちがいるかをルベルは知らない。


「ミーティア、ここがどこか本当にわからないのか。全く見当もつかないか?」


「ええ、リース帝国の首都を目指して馬車で移動していた時に襲われて、気づいたらここにいたから、本当に何もわからないの」


 できれば、むやみやたらに逃げるよりも、効率よくリステル国まで逃げたい。そうするには、やはり現在地の情報は早い段階で入手したいとルベルは考える。


「そうか、残念だな。まあ、屋敷の主を脅せばいくらでも情報は出てくるだろう」


「ルベルちゃん、キッチンここじゃないかな」


 ルベルが今後の展開を考えている間に、ミーティアが走り回ってキッチンを見つけてくれた。


 一階を端から端までルベルを抱えて走り回ったというのにミーティアは息一つ上がっていない。


「でかしたぞ、ミーティア。まずはかまどに火をつけてくれ。その間に私は食料を少し拝借してくる」


「わかったわ」


 ミーティアの返事を待たずにルベルはキッチンと隣接している食糧庫へ向かう。


 食糧庫の大きさ的に屋敷で暮らせているのは多く見積もって五十人ほどだろうとルベルは計算する。


 食糧庫から、塩や干し肉、油をくすねてルベルはミーティアのもとに戻る。


 食糧庫から戻るとミーティアが丁度かまどに火をつけているところだった。


「できるだけ火力が強くなるよう火をつけてほしい。そのあと、油の張った鍋をかまどに乗せて、近くに可燃性のものを散らかしたら撤退だ」


「今燃やさなくてもいいの? 敵をかく乱するなら早い方がいいような気がするけど」


 ミーティアの意見も尤もだとルベルは肯定する。だが、ルベルの考える最良ではない。


「それでもいいが、煙が速く回りすぎて、火を消すより屋敷を放棄する選択をされかねない。それに油は熱し続ければ火力次第だが自然発火する。時間にすると二十分ぐらいだと思うがその間に母さんの居場所を掴み、逃げるタイミングで火が回っているのが望ましい」


 撤退が戦で最も難しい。戦いが局地的だったとしてもその道理は覆せない。こちらが攻め敵を引かせるか、殿戦で少数の犠牲で多数を生かすかの二つしかない。


 ルベルは後者を選ぶ気は一切ない。


 ルベルの目標は家族全員が生きて脱出することだ。


 それでも、ルベルは脱出が成功する確率が高くないことを知っていた。彼我の差が大きすぎる。


 ルベルは今できる最善策を講じているが、脱出の成功率を劇的に上げているわけではない。今のままでは“魔法”の様な奇跡を待つしかない。


「ミーティア!! 魔法で遠隔から風を起こせないか? タイミング次第だが勝てるぞこの戦い!!」


 ルベルは魔法の存在を失念していた。


「遠隔は難しいわ。でも、魔法で風を起こすのは可能よ」


「どの程度の距離から、どの程度の風を起こせる?」


 ルベルは矢継ぎ早に質問をする。


「射程は二十メートルぐらいで、威力は人ひとり吹き飛ばせるぐらいね」


「十分だ」


 ルベルは一言でミーティアにこたえると、食糧庫から小麦粉を運び出して、床にまき始めた。


「よし、出口は確保できた。あとは母を連れて逃げるだけだ」


 ルベルの行動が理解できないのかミーティアはポカンとしていたが、後で説明するとルベルは言い両手を広げる。


「すまないが、もう一度抱えてくれ」


 ミーティアは我に返ったように、ルベルの両脇に手を入れて抱っこする。


 さっきは抱え方を指定できなかったからなとルベルは思いながら、案外抱っこは恥ずかしいなと呟いた。
















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堕落転生~神の誘いを断ったら、魔族にされました~ ヤバいひよこ @nekochan22

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