第28話
『私たちは、ある研究のために魔法管理局により強制的に働かされていた。その研究の詳細は、まあ、話す必要もないだろう。どうせ、成功などしないからな』
父親は意地の悪そうな笑みを浮かべる。そして、隠し事を話すかのように声量を抑えながら、話始めた。
『実はな、父さんたちは頼まれていた研究なんて、一切してないんだ。している振りだけを、あいつらに見せているんだよ。研究の過程などあいつらには理解出来んからな、適当に言ったところで何もばれん』
言い終わったところで、豪快に笑い声をあげた。奏多はどちらかというと、母親似かな、なんてことを茉莉は映像を見ながら思った。
『お母さんたちはね、そんな研究どうだってよかったの。それよりももっと大事な、大切な、絶対に成し遂げないといけない研究があったから』
『ああ。そして、その研究がようやく成功した。わずかな分量しか生成出来なかったが、十分だろう』
二人が、じっとこちらを見つめる。その先には、二人の息子ではなく、一人の少女がいる。茉莉は、自分が奏多ではないことを申し訳なく思いながら、だからこそこれは、彼に伝えなければならないと強く決意した。
『愛する奏多』
『私たちの可愛い奏多』
『父さんたちを、許してくれとは言わない。でも、どうか』
『どうか、幸せに生きて』
映像は、そこで終わった。
奏多は、自分は親から愛されていなかった、とそう言っていた。けれど、この映像を見る限り、そんな風には思えない。奏多の両親は、自分の子供を本当に愛していた。
茉莉は行き場のない感情を目に溜めながら、ゆっくりと箱を開いた。そこには、赤いハート型の容器がついたペンダントが入っていた。容器の中には何やら液体が入っているようで、この液体が奏多の両親の言っていた研究の成果なのだろうか。
分からないけれど、これは必ず奏多に届けなければいけない。茉莉はペンダントを取り出して、自分の首につけた。自分がつけていいものではないと思うが、ポケットに入れていると失くしてしまう恐れがある。身に着けている方が、安心だ。
茉莉は部屋を後にして、再び走り始めた。
どうして、親の愛情が子供に伝わらなかったのだろう。映像越しでも伝わるほどに、奏多の両親は奏多を愛していたのだ。直に触れていたら、思春期の子供には鬱陶しいと感じてしまうほどの愛情が、注がれていたはずだ。
そうか。奏多が親から愛されていないと思ってしまっているのは、親に触れることが出来なかったから。同じ建物内にいながら、別の部屋に隔離されて引き離されていたから。
なんなの、それ。
ふつふつと、茉莉は苛立ちが込み上げていた。研究だとかなんだとか知らないが、親子を引き離してまですることなのか。本当なら、楽しく笑い合えていたはずの家族を壊してまでやることなのか。
魔法管理局が強制的にやらせようとしていた研究の重要性は、茉莉には分からない。もしかしたら、世界の存亡を左右するほどのものだったのかもしれない。
だが、それでも。茉莉は、納得が出来なかった。
極論だし暴論なのかもしれないが、人の繋がりを壊すくらいなら、世界が壊れてしまえ。茉莉は、自分の家族と友人、そして奏多のことを脳裏に浮かべながら、彼の元へと走り続けている。
*
茉莉が懸命に走り続けている中、一人残されていた魔法使いはというと。
奏多は既に、データを調べ終えて茉莉を探し出そうとしているところだった。茉莉が突然消えたことに当惑していた奏多は、非情にも見えるかもしれないが、茉莉を探し出すことよりもおじさんについて調べることを優先した。
茉莉の身に起こった不可解な現象が全く理解出来ないものであれば、奏多も即座にこの場を離れていただろう。命の危険性も、あるからだ。
だが、冷静になってみれば、茉莉の身に起きたことは、魔法使いならば分かる。魔法によって別の場所に飛ばされたのだ。
茉莉が消える時に感じた魔力は、あれは明らかに叔母の魔力だった。というか、この時代の魔法使いは自分と叔母だけなので、自分ではないのなら叔母以外ありえないのだが。もし叔母でなければ、あのおじさんだろう。
叔母が面識のない茉莉を空間転移させたとなれば、誰もいない場所に飛ばしたというよりも、自分のところに引き寄せた、という可能性の方が高い。まさかこんなにも早く叔母が魔法管理局に来ると思わなかったが、彼女が来てしまっているのなら、自分たちがデータ室に侵入していることもばれているだろう。
魔法使いが感じる魔力を辿れば、居場所を特定することも出来る。自分のもとへ引き寄せて、目的を吐かせようとしていたのだろう。ならば、ひとまず命の危険性は低そうだ。
(新堂にかけてた変化魔法のせいで、俺と間違えたのか。くそっ)
奏多は、部屋を飛び出して走り出した。彼が舌打ちをしたのは、茉莉の心配と、加えておじさんについて情報が一切得られなかったからだ。
危険を冒し、更には茉莉を放置すらしたのに、何の成果も得られないとは。
力不足、というわけではないのだが、それでも奏多は、責任を感じずにはいられなかった。
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