第27話
茉莉は当惑していた。さっきまで自分がいたはずの場所が別の場所に移り変わり、そして目の前には先程出会った小太りの男ともう一人、見知らぬ女性がいる。
何が起こっているのか理解できないが、それでも現状が良くないということは理解出来た。
周囲を見回す。幸い、自分は扉の前に立っているようだ。
茉莉は紀代子の問いかけに答えることなく、すぐさま扉を開けてその場から抜け出した。
「あらら。つれない子ね」
「紀代子さん、今のは空間転移の魔法ですか? 強力な魔法には副作用があると聞きますが」
「ええ、その通りですわ。おかげで少しの時間、右腕が動きません」
紀代子の言う通り、さっき魔法を放った右腕はだらんと垂れていて、機能していないようだった。魔法の代償。それは、魔法が強力になればなるほど、大きくなる。
「あの子、また奏多のもとへ戻るつもりなのかしら」
残されたもう片方の手。紀代子の左手が、怪しく光を放っていた。
*
「ああもう。何がなんなの!? ここどこ!? せっかくデータが置いてありそうな部屋についてたのに! 別の部屋に飛ばされる、ってなに、魔法なの!? ……あ、魔法。ってことは、あの人――」
真っ白な廊下を走り続ける茉莉。一本道のその廊下を前か後か、どっちに進めばいいのかも分からず、とりあえず自分が向いていた方向へと向かっていた。
どう考えても、さっきのは魔法だ。そうでなければ、人を別の場所に瞬時に移動させるなんて芸当が、出来るはずがない。
となれば、あの女性が魔法使いということか。つまり、奏多の叔母。
あのおじさん、もう呼んできたの!? と茉莉は驚愕した。仮に連絡はして終わっていたとしても、来るのがあまりにも速すぎる。ああ、でも。魔法使いなら速すぎても不思議ではないか。
あの魔法使いが来て、どうやったのかは判然とはしないけれど私たちの正体が暴かれた。そして、捕まえるために自分の元へ引き寄せたんだ。
やはり、逃げ出して正解だったと茉莉は思った。それと同時に、引き寄せることが出来るのなら逃げても意味がないのでは、とも思った。
一旦、足を止めてみる。特に、何かが起こることもない。もしや、諦めたのか? いや、そんなはずはないだろう。なんでも出来る魔法使いが、たかが小娘一匹を諦める理由が見当たらない。引き寄せることの出来ない理由が何かある、それか、私以上に優先するべきことが発生したのだろう。
茉莉はとりあえず落ち着きを取り戻し、現状を把握した彼女は再び走り出そうとした。その時、廊下の壁に切れ目があるのが見えた。
それは、奏多の部屋に繋がる扉と同じように切り取られた長方形だ。
「ここ、奏多先輩の部屋?」
茉莉が扉に近づくと、扉は自動で開いた。その先にある部屋は、茉莉が見た奏多の部屋とは似ても似つかなかった。広さは同じぐらいのようだが、奏多の部屋とは対照的に物が溢れかえっている。幾つもの長机、たくさんの備品が入れられた棚、得体の知れない液体。どうやらここは、何かの研究室のようだった。
茉莉は中に入ってみると、部屋の奥に他の机とは違った面積の小さい机が置いてあるのに気が付いた。机の上には一台のモニターと、宝石のようなもので装飾された掌サイズの箱がある。
茉莉が箱を手に取ると、突然モニターに映像が流れ始めた。
四十代半ばぐらいの男性と女性の姿がある。白衣を着ている辺り、この部屋を使っていた研究員だろうか。
『ええー、あー。二〇一五年、十月二十日、今日は――』
『あなた、これは実験記録の保存じゃないのよ?』
『ああ、そうか。すまん、つい癖で。ええと、では、気を取り直して。ごほん。愛する我が子よ、この動画を見てくれているだろうか? まあ、お前の魔力がなければ見れないように細工してあるから、きっとお前が見てくれているだろうがな。お父さんとお母さんからの、最初で最後のメッセージを送りたいと思う』
『何時も一人にさせてしまって、ごめんね。でも、お父さんもお母さんも、心の底から貴方を愛しているの。子供を一人にさせているひどい親の言うことなんて信じてもらえないかもしれないけど、私たちは、一日たりとも貴方のことを忘れたことなんてないわ』
母親らしき人物の目には、涙が浮かんでいた。これはきっと、奏多の両親が生前に残した映像なのだろう。
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