第22話

 翌朝。


 年頃の男女は当然のように何事もなく、同じ一つ屋根の下で目を覚ました。先に起きた茉莉が奏多の上に乗っかって、ラブコメのような起こし方をすることもなく、二人は呆けた顔を見合わせる。


 十秒ほどが経って、茉莉が先に現状を思い出した。さすがに茉莉も女の子なわけで、寝起きの姿を異性に見られるのは顔から火が出るほどに恥ずかしい。咄嗟に奏多の頭上に掛け布団を放り投げて、急ぎ足で部屋から出て行った。


 女心の理解力に欠けている奏多は、何故突然攻撃をされたのか分からずにいたが、被った布団から良い香りがして、苛立つよりも先に動機が激しくなった。頭を振り、茉莉と同様な速さで掛け布団をもとのベッドの上に放り投げる。


 十分ほどが経って戻った茉莉は、制服に身を包んでいた。


 おじさんの捜索も大事だが、学業も大事だ。奏多は感心した様子を見せながら立ち上がり、先に学校へ向かおうとした。


 だが、奏多の向かおうとしている先と、茉莉が向かうとしている先は、微塵もかすってはいなかったようだ。


「ねえやっぱり、魔法管理局に行ってみよ。絶対に私たちだってばれない方法、思いついちゃったんだ」


「……や、学校」


「はあ? そんなのさぼるに決まってんじゃん。てかさ、普通に考えてみなよ。昨日の今日で学校なんて、あの人たちが待ち伏せしてるの確定でしょ」


 言われてみれば、そうかもしれなかった。ただ単純に授業を受けたくないだけかと思っていたが、どうやら俺を慮ってのことらしい。

 奏多は、素直に茉莉に謝った。

 謝って、それを受けた茉莉は、適当な言い訳も案外通用するものだなと、隠れてほくそ笑んだ。


              *


 茉莉が思いついた方法を簡潔に説明すると、所謂変装である。それも、誰かに、似せる、のではなく、奏多の魔法を使っての文字通り、その人になる、といった常人では出来ないクオリティだ。


 茉莉から説明を受けた奏多は、茉莉の提案を意外にもすんなりと受け入れた。提案者自身も、詰めが甘いだのなんだのと反対されると思っていたのだが、実はそうでもないようだった。


 変化しても、中身自体は変わらないわけで、性格や話し方等は、似せなければ本来の自分と変わることはない。それがネックになる可能性は十分にあったが、茉莉が変化する相手として挙げた優里奈と側近の男は、どちらも奏多の叔母の部下である。


 そして、叔母は魔法管理局を毛嫌いしていて、重要な要件でなければ魔法管理局に赴くこともないし、役員に会うこともない。


 優里奈たちは、叔母にとことん心酔していて、叔母の意志は自分たちの意志でもあるのだった。


「つまり。魔法管理局の人間は、優里奈姉たちのことをあまり知らない、ということだ。ほとんど関りのない人間の仕草や言動なんてものを、いちいち覚えている奴もそういないだろ。本人らしくない振る舞いをしても、あいつらにはそれが、らしくない、とは分からない」


 奏多の賛成も得て、二人は再び風魔法を纏い空を移動した。二人を知らない誰かが今の二人を見れば、魔法使いが二人いる、とそう思ったであろう。それほどに、茉莉は空を飛ぶのに慣れていた。


 ほどなくして、目的地にたどり着く。県を超えた山岳地帯。その中の平らな一帯に、一際目立つ建物がある。

 真っ白で、正方形や長方形を組み合わせて創り上げたような、巨大な建物。


 政府が、魔法使いを管理するために設置した。魔法管理局である。

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