第19話

 茉莉は一人家に帰った。親には明菜たちと遊んでいて帰るのが遅くなったと、信用性の高い嘘をついた。母親から食事はどうするのか、と言われたが、ここも、食べてきた、と嘘をついた。


 キッチンにいた母親と数分会話をして、茉莉は二階の自室へ向かう。部屋に入って真っ先に、カーテンを開けた。外界が見えるようになったその先には、一人の少年が宙に浮かんでいた。手にはビニール袋がぶら下がっている。


 茉莉は窓を開けて、不用心な魔法使いを部屋へと招き入れた。


「なんでプカプカ浮いてんのよ。見られたらどうすんの?」


「こんな時間に男が路地でポツンと立ってる方が、不審だろ」


 それもそうだが、空中浮遊している人間の方が明らかに不審である。茉莉はそう思いながらも、言っても詮無き事だと悟り、言わなかった。


「まあいいや、ご飯食べよ。色々あったからお腹空いたよ」


「いいのかよ? 食事、用意してくれてんじゃねぇの?」


「大丈夫大丈夫。明日の朝ごはんにしてもらってるから。明菜たちとカラオケとか行って遅くなった時は、何時もそうしてもらってるんだ」


 茉莉は話しつつ、奏多から受け取ったコンビニの袋を物色した。


「シーフード味のカップヌードル、それもBIGサイズ……それと、カルビ焼肉弁当に、から揚げ弁当……、あ、またカップヌードルのBIGサイズ……これはカレー味か……」

 

 弁当とカップヌードルが一つずつ。これはきっと、弁当とヌードルでワンセットなのだろう。成長期の男子チョイスといったところか。


 正直、茉莉には重かった。どれか一個で十分だった。


「あ、飲み物はこっちにあるぞ」


 どこに置いていたのか、奏多は背の後ろから同じコンビニの袋を茉莉に差し出した。その中には、緑茶の五百mlペットボトルが二本と水の二ℓペットボトルが入っている。


「好きなの選べよ。嫌いな味だったら嫌だろうなと思って、一応別の味のやつとか買って来たからさ。俺はどれも食べれるから、心配すんな」


 そこは心配していないのだが、買ってきたもらった手前、一個だけでいいとはなんとなく言い辛い。きっと彼もよかれと思ってこの分量を買って来てくれたのだろうし。善意を感じるほど、突き返すのが難しくなってくる。


「えーっと、じゃあ、私はから揚げ弁当と……」


「と? すごいな、まだ食べれるのか?」


「――え?」


 二人は、丸くなった目を見合わせる。


「これ、ラーメンと弁当でワンセットなんじゃないの?」


「いや、そんなつもりはないけど。ラーメンと弁当は、さすがに女子にはきついだろ」


「じゃあ、残った三つは?」


「俺が食う」


 どうやら細身の魔法使いは、身体に似合わず大食漢だったようだ。


「魔力を使うと腹が減るからな。今日は結構使ったし、これぐらい食わないと身体がもたねぇ」


「そうなんだ。どうしようかと思ったよ。一か八か、二つ食べてみる気になってたもん」


「別に食いたきゃ食っていいぞ? コンビニまですぐ行けるし」


「いや、結構。あ、お湯いるよね。私、下に行ってポットに水入れてくるよ」


 部屋を出ようとする茉莉を、魔法を扱える男が引き留めた。


「この二ℓの水。俺ならカップヌードルに注ぎながら、お湯に変えることが出来る。だから、大丈夫だ」


「なにそれ。物を変える魔法、みたいなこと?」


「いいや。炎魔法の応用」


 奏多は二つのカップヌードルの蓋と、水が入ったペットボトルの蓋を開けた。ヌードルを横並びに並べて、水を容器の中に注ぎ始める。


「水が容器の中に入るまでに、熱をくわえてお湯に変えてるんだ」


 平然と二つともにお湯を注ぎ終わった奏多。しれっとやってしまったが、炎の魔法を熱にとどめて、なおかつ、水が宙を流れる一瞬の間にそれを放っていくのは、かなり繊細で熟練した技術が必要なのではなかろうか。奏多の魔法使いとしてのレベルは、もしかしたらかなり高いのかもしれない。


 茉莉はそう思いながら、呆れた様子を見せた。


 魔法を嫌っていながら、魔法に依存してしまっている奏多が、少し不憫にも思えた。


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