第11話
茉莉と奏多は、肩を並べて屋上へと向かった。道中で女子たちの注目の的になってしまうのは明白だったので、茉莉は出来るだけ俯いたままの状態で歩を進めた。顔を見られなければ、まだなんとかなる。奏多のファンたちに見られでもしたら、今後学校に来るたびに怯えなければならない。
「どうした? ずっと下向いているけど、気分でも悪いのか?」
優しさが、逆に腹立たしい。この男は、自分が異常なまでにモテている自覚がないのか。
「大丈夫。気にしないで。それより、屋上まであとどれくらい」
「この階段を登ればつくぞ」
となれば、もう俯いている必要はないだろう。屋上に直接繋がっている階段を登るだけなら、そうそう人と出くわすこともない。
顔を上げた茉莉は、奏多より前に出て勢いよく屋上へと続く扉を開けた。強めの風が身体にぶつかり、開かれた扉の勢い同様に、茉莉のスカートがめくれ上がる。慌ててスカートを抑えつつ振り返り、下方にいる奏多を睨みつけた。
スカートの中を見られたかもと思ったが、どうやら先程の風に運ばれてきた埃が彼の目に入ったらしく、奏多は立ち止まって両目を擦っていた。
安堵した茉莉はそのまま屋上へと飛び出し、奏多も安堵の息を漏らしながらそれに続いた。
「――で。屋上に来たわけだけど、どうすんの?」
「まあ、ちょっと待て。とりあえず、確認を」
奏多は周囲をきょろきょろと見回す。どうやら、自分たち以外に人がいないかどうか、確認しているようだ。
「よし、大丈夫そうだな。じゃあ、おじさん捜索、その第一手を始めるぞ」
「二手三手があるのか不安だけど、分かった! で、どうする?」
「新堂が言っていた、過去におじさんと出会った公園。今からそこに行く」
「――え? いやいや、まあまあ遠いよ? 私引っ越してこっちに来たからさ、あの公園は前の住んでた場所の近くなんだよね。電車で行っても二時間ぐらいかかっちゃうと思うんだけど……」
片道二時間。ならば往復四時間。さすがに学校が終わってからその移動時間は、受け入れられない。駅に向かう時間、電車で移動する時間、公園に向かう時間、そして何をするのかは知らないがおじさんを捜索する時間、それらを合わせたら、考えるまでもなく夜になってしまう。下手をすれば日付が変わってしまうおそれだってある。
「家族に心配かけちゃうかもしれないし……公園に行くのはまた今度の方が……」
「――? 何言ってんだ? 俺が魔法使いだってこと、忘れたのかよ?」
また、強い風が吹き始める。茉莉と奏多を中心にして、風は渦を巻くように動き始め、次第にその渦の円は小さくなっていった。
「なになになに!? どうなってんの!?」
規模を小さくした渦巻は、屋上に立つ二人の身体を巻き込み包み込んだ。渦巻く風の外套を身に纏った二人は、ふわふわと空中へと浮かび上がり、ゆっくり上昇していく。
「風魔法、ウィンドクロウズ。これを纏ってたら、自由自在に空が飛べるんだ。しかも、慣れたら速い。電車なんか、余裕で追い越せるぐらいにな――て、おい! 聞いてんのかよ」
魔法使いの言葉など耳に届かないほど、茉莉は魔法使いの魔法に感動していた。人類がかつて夢見た空中浮遊。人類は、それを飛行機という形で実現したわけだけれど、もし自分の身体のみで飛べるなら、飛行機の発案者もそうしてみたかったはずだ。
身体にはなんの抵抗も圧力もない。むしろ、普段地上に立っている時よりも身体が軽い。纏っている風が、身体にかかる重力をなくしてくれているのだろうか。
原理は分からない。でも、楽しい。人気アトラクションに乗っている時みたいに現実的な感覚がなくなって、身体も心もふわふわとしている。
「魔法って、素敵だね」
茉莉はぽつりと、素直な感想を零した。自分が放った言の葉が、誰かの心にそっと触れるかもしれないなんてことは一切思わず。
「…………。新堂はまだ上手く動けないだろ? 俺の手に掴まれ、全速力で行くぞ」
「ちょっ、待っ――普通に怖い!」
「ははっ。とりあえず、人に見られないように雲の上まで上昇するからな、それまでに覚悟を決めろ。なあに、安心しろって。飛行機とかはちゃんと避けるからさ」
「心配はしてないけど、怖い! なんか、あの、あれだよ! ジェットコースーターで、上に登って行ってる時みたいな感じ!」
二人の手が強く結ばれる。途中で手を放してしまう、なんてへまを奏多がするはずもなかったが、奏多は無意識に茉莉の手を強く握りしめた。
さあ。アトラクションの始まりである。地上にあるものよりも、速度が三倍ほどは速い、空中ジェットコースーターが、初速から最高速で走り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます