第10話
放課後になって、茉莉は奏多と合流する予定だったのだけれど、思い出してみれば、連絡先を交換していなかった。奏多が三年生であるのは分かっているので、三年の教室をしらみつぶしに探すという手もあるが、奏多が教室を出て行かない保証はどこにもなく、むしろ、向こうも同じように探している可能性が高い。
おじさんの捜索という、茉莉にとっても重要な案件を、出来るだけ先延ばしにしたくはない。今日出来るのなら、今日したい。でも、肝心な魔法使いは一体どこにいるのやら。
こんなことなら、LINEでも交換しておくんだった。
「それじゃ、私たちはカラオケに行ってくるよん。茉莉は、イケメン先輩とデート?」
「さすがにそれは、手出すの早すぎじゃない?」
「てか、明菜。向こうの男子にもイケメンいるんよね? 茉莉が羨ましくて、イケメンと同じ空間にいないとおかしくなりそうなんだけど」
三人は思うがままに発言をしている。デートでは決してないが、これから奏多と会うことは間違ってはいない。また不要に発言して失態を犯してしまわないように、茉莉は黙然としながら帰り支度を進めていた。
――と。そこに。
「お、いたいた。おい、迎えに来たぞ新堂。早くしろ」
廊下から声をかけてくる、金髪の男子。背丈は高く、すらっとした体型は、テレビで見るアイドルに引けをとらない。顔面偏差値は、余裕で東大に合格するレベルだろう。
「え、あ、え? ま、茉莉、呼ばれてるよ?」
明菜がうろたえながら茉莉を見つめる。茉莉は、未だ黙ったままだった。さっきと 違うのは、手提げ鞄を肩にかけた状態で机に視線を落とし、その姿勢で微動だにしていないことだろう。
合流はする。でも、秘匿すべき事柄があるので、あまり人に目視されない場所で出会う方が理想的だ。特に奏多なんかは有名人なのだから、特定の女子と会っているなんて知られたら、学校中大騒ぎになること間違いなしである。
茉莉は、そう考えていた。奏多も、そう考えていると思っていた。
あの男の知力は、魔力に変換でもされているのか。
「うわぁ、あんなイケメン、生で見るの初めてかも。眼福眼福。茉莉も隅におけないねー」
「――は? うそ、マジイケメンじゃん。なんなんあれ。なんで? ああー! 羨ましい羨ましい羨ましい! 代わって茉莉! お願いだから!」
懇願する瑠奈。デートなら全然代わってあげてもいい。体育館裏で話をしていた時は確かに楽しかったけれど、だからと言って別に、好意、があるわけでもない。仮に奏多が女の子とイチャイチャしている様子を想像してみてもなんにも……いや、なんかむかつくかもしれない。
とにかく。事情が事情なだけに、瑠奈だけでなく他人の誰にも代わってあげることは出来ない。
「えっと…………なんか、呼ばれてるから……」
細々とそう言って、茉莉はおそるおそる歩を廊下へと進めた。明菜と紗理奈はまだいい。にやついたその目は鬱陶しいが、まあ、そんな視線を向けてしまうのも仕方ないと思う。
問題は、抱き着いて喚いてくる瑠奈だ。ずるいずるい、と連呼し、『ずるい』が鳴き声の動物と化してしまったようだ。
ここは一か八か。
「明菜! 誠泉高校の男子も、イケメンだよね!」
「あのレベルはいない!」
逆効果だった。瑠奈が本気で涙を流していないかと心配になる。
はてさて、どうしたものか。
茉莉には瑠奈の体重を引きずって歩を進める力はない。まあ、あったとて、引き剥がさないといけないわけなのだが。
茉莉が困惑していると、ここで助け舟が現れた。紗理奈である。
「茉莉! このモンスターは私が引き受けた! 思う存分、楽しんでくるんだ!
!」
紗理奈がご自慢の柔らかい身体で瑠奈を包み込むと、瑠奈は次第におとなしくなって茉莉の身体から離れていった。その隙をついて、茉莉は瑠奈の領域から逃げ出す。
「ありがとう、紗理奈! 私、行ってくる!」
デートじゃないと否定したかったけれど、今はそれどころではない。いち早く、モンスター扱いになってしまった親友から遠ざからなければ。
「……終わった、のか?」
奏多は、女子たちが展開した一幕を、廊下からずっと眺めていた。この時彼が、何か演技の練習でも始まったのだろうか、と胸躍らせて、仲良したちが織り成す茶番を見ていたことは、誰も知らない。
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