第6話

 詳しくといわれても、茉莉には当時の記憶が断片的にしかない。スキップ機能でも使っているみたいに、間の部分が所々全く見えないのだ。


 茉莉は自分がはっきりと認識している部分だけを話した。何時ごろか、どこで出会ったか、そしてどんな雰囲気だったか。語られる情報は微々たるものでしかなく、茉莉自身も話しながら呆れそうになった。


 魔法をかけられたのは自分なわけで、おじさんについて詳しく知りたいのはむしろこっちのほうなんですけど。そう怒鳴りたくなって、気付けば実際に、情報を伝えた後そう怒鳴っていた。


「問題は、そこなんだ。魔法使いは現在、俺ともう一人、合わせて二人しか存在していない。お前がそのおじさんと出会った約十年前も、俺ともう一人の魔法使いしかいなかったはずなんだ」


「そうなん? 魔法使いって、私たちが知らなかっただけで、一般人の中にたくさん溶け込んでるとかじゃないんだ?」


「全然違う。むしろ、俺たちはその一般人に管理されてるからな。まあ、一般人といっても、国の上層部のお偉いさん共だけどな」


「うえー。せっかくのファンタジー要素が台無しじゃん。あー、でもそうか。管理されてるから、実在している魔法使いの人数がはっきりと分かってるんだ――ん? じゃあ、奏多先輩の言うもう一人の魔法使いがおじさんってことじゃないの? 別におかしくないじゃん」


「俺の言ってるもう一人の魔法使いが、おじさん、じゃないから問題なんだよ。もう一人は俺の叔母。そもそも性別が違う」


「あのおじさんは――何者?」


「さあな。それも気になるが、それより俺が一番知りたいのは――魔法使いの身でありながら、どうやって管理から逃れられているか、だ」


 奏多の拳が握り締められ、目が大きく開かれた。管理されている、ということに対して何か強い思いがあるのだろう。茉莉はもし、自分が魔法使いとして産まれてきたらどうだったろうと想像してみた。一瞬で、嫌になった。


 魔法が使えるというのはきっと楽しいことだろう。様々な不思議な現象を自分で起こすことが出来て、不便だったり不利益だったり、色んな不を取り除くことが出来る。


 しかしその代償が、管理だ。奏多が経験している管理の程度がどれほどなのか分からないが、管理している者が国のお偉いさんだという。きっと、束縛の強い交際相手なんかよりも、きつく縛ってくるのだろう。


「奏多先輩は、今も見られてるん? その、お偉いさんってのに」


「――いや? 家出したばっかだから、今は大丈夫だと思う」


 国のお偉いさんと、家のお偉いさんを言い間違えでもしたのか。そう突っ込みたくなったが、したり顔を見せる奏多を責めるのもなんだか悲しい感じがしてやめた。


「二カ月ぐらい考えてたからな。おかげで学校に来れなかったが、まあ、結果オーライだ」


 きらっと光る彼の白い歯が、眩しくもなく茉莉の眼に飛び込んできた。


「良かったね。学校に会いたい友達でも、いたのかな」


「友達なんていねぇよ。勉強するところだろ、学校は」

 

 茉莉の瞳からまた、涙が零れ落ちそうになった。




 

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