希望の光は暗い穴の中でこそ美しく輝くのかもしれない

 その日の夜、デイオは二人の様子を見に、鉱山にある家を訪れた。するとそこにアノドの姿はなく、カサレアが一人で膝を抱えていた。

 カサレアはデイオの姿を認めると駆け寄り、

「おじさん!お兄ちゃんが山から帰ってこないの!」

 と訴えた。

 街から帰ってきたらもう夕方なのに、アノドは遅れを取り戻すといって山に採掘に向かったきり、戻らないという。

「わかった、俺が様子を見に行くからお前はここで待っていなさい。」

 しかしカサレアはふるふると首を横に振る。

「お兄ちゃんの掘った穴は小さくて、大人じゃ入れないの。私が行かないと。」

 デイオはしばし迷ったが、カサレアの決意をが込められた目を見て一緒に行くことにした。


 夜の山はとても暗く、普段とは様子が違う。危険な獣などはいないはずだが、足元も見えず慎重に歩かなくてはならない。二人はようやく採掘場所へとたどりついた。

 アノドの掘っている横穴は、確かに大人が入るには狭すぎる。体格の良いデイオでは四つん這いになっても入るのは難しいだろう。その穴の入り口には台車が停められており、アノドがここに居ることは確かなようだ。

「それじゃ定期的に合図を送るからな。返事がなかったら無理やり引っ張り出すから覚悟しとけ。」

 カサレアの腰に命綱を巻き付けて穴の中に送り出す。坑道なんてものは突然ガスや地下水が出てきたり、換気がうまくいかなくて酸欠になったり、崩落が起きて生き埋めになったりするものだ。今更ながら、子供たちだけでの採掘は止めるべきだったのだろうか。今となっては詮無きことだ、デイオは穴に吸い込まれていく命綱を眺めていることしかできない。二人の無事を祈るデイオの足元の地面が、僅かに光った、ような気がした。


「お兄ちゃーん、お返事してー?お兄ちゃーん!」

 カサレアは坑道を進みながら兄に呼びかける。坑道は相当に狭く、小柄なカサレアでも屈まないと通れないような場所が何回もあった。幸いにも枝分かれするような作りではなく、道なりに進んでいけば一番奥に到達するはずだ。カサレアは右手にランタン、左手には家から持ってきた『お守り』を握りしめて進んでいく。

 やがて穴の一番奥が見えてきた。果たしてそこには、仰向けに倒れたアノドの姿があったのだった。

「お兄ちゃん!!」

 思わず駆け寄りたい気持ちをグッと抑え、周囲の状況を見る。もしガスなどが発生していたら共倒れだ。カサレアは距離を保ってランタンを地面に置き、空気の状態を示す道具を取り出す。

 少なくともカサレアがいる場所の空気は問題がなさそうだった。

 この道具は坑道を掘るとき必ず見える位置に置いておくものだ。アノドの近くに置いてある同じ道具を見るも表示は変わらず、特に問題はないように思われる。

 と、そこでアノドが寝返りを打つ。

「あれって、もしかして寝ちゃってるだけ?……お兄ちゃん!お兄ちゃん起きて!!」

 大きな声で呼びかけると、アノドは「う~~ん」などと言ってもそもそと起き上がった。

「あれ、カサレアどうした?」

「どうしたじゃないよ!夜になっても全然帰ってこないから心配してたの!おじさんも来てるんだよ、今日はもう帰ろうよ!」

 しかしアノドはツルハシを握り直し壁に向かう。

「いいや、少し寝たから大丈夫だ。俺は朝まで掘っていくからお前はおじさんと一緒に帰れ。」

 そう言い放つと妹に背を向けたまま壁を掘り始める。

「お兄ちゃん……」

 カサレアは『お守り』を握りしめる。それは今朝からずっと手に持っている小瓶だ。中には金色の砂のようなものが入っている。その砂はランタンの光を受けキラキラと光っていたが、やがてランタンよりも強く光り始める。アノドは背を向けているので気づかない、カサレアも兄に向ってダッシュしているので気づかない。

 そう、ダッシュしている。距離を保っていた二人の間は一気に縮まる。

「お兄ちゃんのおおおおおお、バカ―ーーーーっ!!」

 そして兄に思いっきりドロップキックを叩きこんだ!

「んぐおっ!?」

 背中に妹の足、前面は岩盤に叩きつけられ激痛が走る。さらにひびの入っていた岩盤はその衝撃で割れ、二人は石と砂まみれになりながら地面に転がった。

「痛ってて……、何すんだお前!?」

「お兄ちゃんのバカ!やけくそでがむしゃらにただ掘ったって何にもならないじゃない!それで無理して無茶してお兄ちゃんまでどうにかなっちゃったら私どうしたら良いの!?」

 泣いてアノドの胸をバンバン叩きながら、胸の内を吐露するカサレア。アノドもようやく頭が冷えてきた。

「そっか、ごめんな。俺が悪かったよ。」

 砂まみれ、石ころまみれで泣く妹の頭を優しく撫でる。

「ところで、それは何?」

「え?」

 二人はやっと小瓶から放たれる光に気が付いた。既に直視したら眩しいくらいの強さになっている。

「これ、鉄を精錬した後に残った混ざり物を集めたの。これもおじいちゃんの山から出てきた大切なものだから。」

 よく見ると、周囲の岩壁からも光が発せられている。砂粒より小さく、目に見えないほど小さな粒子が光り、まるで金色の星空の中にいるみたいだ。

 その中でも、今しがた割れ落ちた岩盤の後ろには光る粒が密集しており、瓶の中のものと呼応するように点滅していた。

 カサレアが瓶をその場所に近づけると光は一層強く輝き、そしてゴゴゴゴゴ……と地面が鳴り始めた。

「ヤバい、すぐ出るぞ!」

 坑道において地震による崩落は最も恐ろしいものの一つだ。生き埋めにならないよう、二人は手を繋いで駆け出す。


 同時刻、デイオも大地が震えるのを感じていた。そして周囲が明るくなるのを感じる。

「山が……光っている!?」

 地鳴りに合わせて山の何か所かに亀裂が入り、そこからアノドとカサレアが見たものと同じ光が漏れ出していた。

「わーっ!」

 その光景に圧倒されていると、二人が叫びながら穴から転がり出てくる。

「二人とも無事だったか!何かあったのか!?」

「おじさん!これ!これが光ってるの!お山の中にもこれがいっぱいあったの!」

 カサレアが手にした小瓶をデイオに見せる。

 デイオに手渡され、小瓶がカサレアの手を離れると光がスウッと引いていき、やがてまたランタンの光を反射してキラキラと光るだけとなった。合わせて山全体を覆っていた光も落ち着いていく。

「何だったんだ一体?そしてこれは何だ?見たことない金属だな……いや、どこかで見たか?」

「おじさん、それカサレアが集めてた、鉄に含まれてた不純物らしい。」

「……ああ、あの混ざり物だけ抜き出すとこんな風になるのか。とにかく二人とも、ここは危ないから戻るぞ。今日はうちに来なさい、明日こいつを調べよう。」

 二人は叔父に従い、山を後にする。帰り際にカサレアが振り返ると、またね、とでも言うように山が一度だけぼうっと光った。


 謎の発光現象は離れた街からも見えたらしく、しばらく3人は注目の的だった。

 謎の金属の正体は結局分からず、後日鍛冶師と彫金師の組合を通して未知の魔法金属だということになり発見者の名前からディオルテンと名付けられた。

「いや、発見者は俺じゃないんだが……」

 とデイオは言っていたが、アノドとカサレアガ希望したことと、実質的に後見人となっていたことからそうなった。

 ディオルテンには様々な特徴があり、特に意思の力の伝達や蓄積という性質によって世界中の工房や研究者たちから問い合わせが殺到、鉱山には多くの人足が集い、かつての喧騒が戻ってきた。


 鉱山のオーナーである兄と妹の二人は、嬉しそうにその様子を眺めていたとのことである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ディオルテンの奇跡と家族の宝 Enju @Enju_mestr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る