ディオルテンの奇跡と家族の宝
Enju
鉄には粘りと硬さがある、人の気持ちも同じだったりする。
カツン、カツンと尖った金属が叩きつけられ、岩が剥がれ落ちていく。
つるはしを十分に振り上げることもできないような狭い穴の中で、少年が一心に石を、鉱石を掘り出していた。
「ふう、今日はこんなもんかな」
掘り出した鉱石をズタ袋に詰め込み、担いではふらつきながらも穴の外に運び出す。
穴の外は夕暮れ時で、傾いた日ざしは長く穴の中にいた少年の目を容赦なく突き刺した。
「お疲れ様。お兄ちゃん、今日はこれで終わり?」
「ああ、あとは頼むな。」
同じようなズタ袋がたくさん積まれた台車に最後の一つを載せ、そこにいた妹と二人で引いて行く。
少年は土で真っ黒、妹は煤で真っ黒である。
少年の名はアノド、妹の名はカサレア。二人は祖父の遺した廃鉱山で、僅かに残った鉱脈を掘って暮らしていた。
アノドが鉄の鉱石を掘り出し、カサリアがそれを鉄塊に製錬する。子供二人だけではあるが、祖父から受け継いだ道具や設備には特殊な技術、というか魔術が使われており、子供でも操作が可能なものだ。それらを駆使して、この場所は小規模な製鉄業としてなんとか形になっていた。
とはいえその生産量は一日でこぶし大の鉄塊を数個作り出す程度であり、それを週に一度、街に住む鍛冶屋の叔父さんに買い取ってもらうのだ。
「今週は7キロか……だいぶ減ってきたなアノド?混ざり物も増えてきたようだ」
二人の叔父であり鍛冶屋のデイオは受け取った鉄を秤に乗せ、表面を軽く削ってルーペで覗き込む。
祖父が亡くなり、アノドとカサレアが製鉄を始めてから二年程度。掘り出せる鉄の量は確実に減っている。そもそも鉄が出ないから廃鉱になったのだ。
二年前までは祖父が一人で細々と採掘を行っていた。親族や友人たちからは一風変わった老人の道楽と思われていたが、祖父はこの山に対して何か確信めいたものを持っていたようだ。
亡くなる直前まで『あの山にはまだ凄い鉱石が眠っている、掘るのを辞めてはならん』と言い続けていた。
しかしこれを信じる者はアノドとカサレアの他にはおらず、遺言は果たされそうにない。ならば、と祖父の遺産として廃鉱山と設備一式を譲り受け、二人は自ら採掘をすることにしたのだった。
「確かに今日の分は少なかったけど……まだ鉄は出てるんだよ!それに昨日は新しい鉱床がありそうな場所も見つかったんだ!」
「私も製錬がんばる……混ざり物があるのは私が下手だからなの!お兄ちゃんが掘ってくるお山の石は悪くないの!」
必死でアピールする二人を、デイオはそっと抱きしめた。
「ああ、済まないね。別に掘るのを辞めろと言っている訳ではないんだ。」
デイオはアノドとカサレアが祖父の後を継いで山を採掘すると言った時、たいそうびっくりした。しかし彼らの熱意を汲んで、今では二人を色々と手助けしている。
同時に、近い将来に訪れるであろう鉱石の枯渇についても考えていた。
「ただな、お前たちが親父の遺言にこだわる必要はないんだよ。もし何も掘れなくなったとしても、それは決してお前たちのせいではない。」
その後デイオは、この品質の鉄の代金としては幾分多い金額を二人に渡し、さらにいくらかの生活用品をお土産に持たせて彼らを見送った後、天を見上げてつぶやく。
「本当にまた鉄が出るようになれば、それが一番良いんだがなあ。」
鉱山に埋蔵されている鉱石の量は、様々な方法で調査される。その結果、もはや採掘量が見込めないと判断された結果での廃鉱である。今から新たな鉱脈が発見される可能性は限りなく低い。
アノドとカサレアも、その事実は理解していた。ただ純粋に、大好きだったおじいちゃんの望みを叶えたいだけなのだった。
その現実をあまり考えないようにして、今はまだ鉄が出ているんだから大丈夫と自分をごまかしていたが、言葉として一度出てきてしまったらもう無視することはできない。
「お兄ちゃん、待って。お兄ちゃん!」
山に戻るアノドは無意識に足を速め、遅れたカサレアを置いていく形になっていた。
なんとか追い付いて、兄の手をギュッと握るカサレアに、アノドは真っすぐ前を見ながら
「大丈夫だカサレア、兄ちゃんに考えがある。」
自分にも言い聞かせるようにそう言った。
次の週、デイオの工房に持ち込まれた鉄塊はたったの一個、ただし一目で以前のものより不純物の少ない鉄であると分かる。
「今週は掘る量を少なくしてさ、二人で精錬したんだ!」
得意げなアノドを見て、デイオは狼狽した。
デイオは改めて二人の顔を見る。二年前に採掘を始めてから、どんどん幼さは抜けていった。年齢的にはまだ子供だが、一つの職場を背負った大人の顔だ。
ならば下手にごまかさず、真実を伝えるべきだろう。
デイオは棚から鉄塊を取り出し、並べた。
「いいかアノド、これが先週お前の持ち込んだ鉄だ。混ざり物が多く品質が不安定な鉄だな。確か400で買ったか。」
続いて、もう一つの鉄塊を今日持ち込まれた鉄塊の隣に置く。
「そしてこれが俺が普段仕入れている鉄だ。今日の鉄はこっちと同じ品質だな。これは普段200で買っている。」
「え……?」
質の悪い鉄が良い鉄の倍の値段になる。そんなことを言われても意味が分からない。
「鉄ってのは大量生産品だ。品質にバラつきがあると問題になる。だが品質が安定しないってのは、稀に凄く良いものができる可能性があるんだ。混ざり物の量や割合でそういうことが起きるんだろうな、これはわざと何かを混ぜてみてもなかなか再現できないんだが、親父の山で採れる鉄からは良いものが出来やすかったって話だ。」
だから大量生産用ではない、小口の取引では需要があり、値段もつくという説明をする。特別におまけしているというのもあるが、今はそれは伏せていた。
「それで、ここからが本題だ。アノド、お前はなんで量を減らしてでも鉄の純度を上げてきた?」
「それは……混ざり物が多くてダメだって言われたから……」
アノドはうなだれてしまう。先ほどまでの笑顔がまだ口元に張り付いていて、感情が思考に追い付けていないようだ。
「そうだな。さっきの話をお前に教えていなかった俺も悪かった。だが今の時代、鉄はやはり大量生産されるものだ。世界中で鉄の出る鉱山が開発され、製鉄技術も上がっている。親父の時代に高品質と言われていた鉄は、今は普通の鉄なんだよ。」
そうして今度は横でオロオロしている妹に向き直る。
「カサレアは分かってたんじゃないか?いい鉄が少しだけあっても意味がないことを。」
彼らの目的は祖父の遺言を守り、隠れている鉱床を探し当てることだ。質の悪い鉄しか出てこない現状をごまかしてもどうにもならない。カサレアはしばらく黙った後、手に持った小瓶をぐりぐりといじりながらぽつぽつと喋り出した。
「……うん、おじいちゃんが言ってたこととは違うって思ってた。でも、じゃあどうしたら良いのかは分からないんだもん。今できることをやってみるしかないって、思ったから、それにこれ……」
瓶の中身を見せようとするも、その前にぐすんぐすんと泣き出してしまった妹をアノドが抱きしめて、そのふたりごとデイオの大きい体が抱きとめる。
「親父が何を思っていたのかは、俺にも分からん。本当に何か埋まっているのかもしれないし、単に夢を見ていたってこともありえる。あの山はもうお前たちのものだ、何も出なくなるまで付き合うのも自由だ。だが、何をしたかったのかは忘れないでくれ。」
応援しているから、との言葉を受けて兄妹は山へと帰っていく。
デイオはその背中を見送ることしかできなかった。
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