瘉
月雪玲
瘉
綺麗だ。
私は呟いた。診察室を出た時にふと漂った桜の香り。真っ白な風景に解けることなく揺れる小さな影。風に吹かれ震える私の心は、その穏やかな風貌によって染め直されていた。
しかし、私はすぐに自分を責めたくなった。それを自らの記憶に象って写すには、その言葉は弱過ぎたのだから。
1. - 白上がりの君と「はじめまして」
着信音が鳴り響く。身体が動きそうに無いと、起こされた私の意識はでたらめを言って抗った。無情にも、コールの音色は繰り返し私の耳を刺激し、私の頭は慌てるように回り始めた。
はい、はいと言いながら、急ぎ電話を手に取る。知覚は未だに身体にとどまることはなく、歪みゆく夢の形をなぞるように漂っていた。
「もしもし。代表、おはようございます。……そうなんですね。お疲れ様です。……私ですか? 私は……いつも通りです。」
朗らかな声が、端末のスピーカーから聞こえてくる。
「──そうですね。まだ分からないそうです……。」
まだぼんやりとしている頭で言葉を繋ぐ。
「──はい。記憶のことも、自分自身のことも……。あはは、大丈夫です。きっと、何とかなりますよ。」
そう言いながら、病室の机に置かれた二冊のノートに目を逸らす。
上に重ねられた薄緑色のノート。表紙にはただ「記録」とだけ記されていた。
部屋は閑寂としていた。窓の横から差す陽射しは、建物に遮られながらも病室のカーテンを照らしている。どこか閉塞感を覚えるこの部屋に届けられるほんの僅かな陽気は、春の訪れを私に知らせてくれた。
私は、記憶を保つことができない。
自分がどこで生まれたのか、誰に育てられたのか、そういった幼い頃の記憶はとうに思い出せなくなってしまっていた。自分が誰なのかという基本的なことすらも、一切分からなかった。誰もが持っている大切なもの、自分自身を形作る記憶の欠片が、まるで脆い泡のように、時が経つとプツリと破れ、二度と取り戻せなくなる。
先ほどのノートは、私の記憶の代わりになるものだ。私が一日、何をしたのか、どんなことを経験したのか、そして、どう感じたのかを、連日事細かに書いてきたものだ。
ノートに一日のことを記録しておくように提案してきたのは、今まさに通話をしている相手、私を引き取ってくれた小さな事務所の代表だ。
彼と初めて出会った時のことは、既に覚えていない。「ボロボロになりながら途方に暮れていた君を拾った。」と、代表は言っていた。半ば信じられない話だが、今の私の現状に鑑みるとあり得る話だ。
自分のことすら何も分からない、さながら虚ろのようであった私に、診療を受けさせてくれたのも代表だった。詰まるところ、私の命の恩人であった。
これ以上彼に世話になるわけにもいかないのだが、私の記憶はなかなか治る兆しが見えない。私のような記憶障害は極めて稀だと医者は言う。おかげで、基礎的な身体機能が回復した後も、記憶に関する治療は難航していた。
「──はい。本当にいつも、ありがとうございます。代表がいなかったら、私はどうなっていたことか……。はい。──はい。では、また今度。ありがとうございました。失礼いたします。」
通話越しでも、上手に会話をするのは私にとっては難しいことだった。相槌と少ない言葉で返答するので精いっぱいで、うまく自分の感情を伝えられているのか、いつも不安になる。向こうから通話を切られるのを確認して、端末を机に置きなおした。
一息つき、机に置いてあったノートを取る。
記憶は、断片的に、自らの手のひらからすり抜けていくように落ちていく。しかし、ノートに書かれた文章を読み直すと、記憶の欠片のようなものを、映像を見るようにして取り戻すことができた。このノートは二冊目で、今日からこのノートに書き始める。大体半月で一冊増えていくだろう。
「はぁ。」
朝何時に起きたのかをノートに記録しながら、自分の治療が難航している現状を見て、何とも言えない無力感にため息を漏らさざるを得なかった。
「ため息が漏れてますよ。患者さん。」
「わっ!」
あれやこれやと考えこんでいる間に背後から突然声をかけられ、私は声を上げる。
ノートを机に置きながら後ろを振り向くと、どこか幼い印象を受ける看護師が、くすりと笑ってこちらを見ていた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
小さな看護師は部屋の窓へ歩いていき、カーテンを開けながら言った。
この病院に来てから、何故か私の部屋に来るのは彼女のみだ。彼女は私よりも一回り小さく、どう考えても研修生か、お手伝いの身分であった。私が十八あたりの歳だろうから、彼女はきっと十四、五くらいだろう。
この部屋にいるのは生活に助けのいらない青少年一人のみだ。ならば研修のために担当させよう。という考えだろう。
しかし、私の記憶の状態は思っていたよりも深刻で、昨日も聞いたはずの彼女の名前がどうしても思い出せなかった。
「おはようございます。……えっと。」
「悠莉です。霞 悠莉といいます。また忘れてしまいましたか?」
悠莉という名前の看護師は少し心配そうにこちらを見てくる。ピンク色で飾られたナース服は可愛らしく、身体の動きと共にリボンが揺れている。亜麻色の髪と薄茶色の瞳は、明るく優しい彼女に似合っていた。
「すみません……。」
「大丈夫ですよ。私は患者さんのこと、きちんと知っていますから。」
「ありがとうございます。」
「ほら、敬語もやめてくださいと言ったじゃないですか。私はあなたより年下なんですから、遠慮しないでください。」
「えぇ、無茶言わないでくださいよ。」
悠莉についての記憶の大部分が抜け落ちてしまっている。今日は特に症状が酷かった。そんな何も知らないような人に、対等に口を利けるような度胸は無かった。
「……そもそも霞さんのような方が病院で働けるものなんですか?」
なにか話題を変えようと考えを巡らせていたら、つい気になっていたことを聞いてしまった。しかし、悠莉は露骨に目を逸らす。
「霞さん?」
「──あ、えっとまあ、私は少し特別、と言いますか? あ、あ~! そうでした。えっと、これから、とても大事な用事があるので、これで失礼しますね!」
……やはり、何か特別な事情があるらしい。ほかの看護師と比較しても、彼女は若過ぎるし、何よりも制服が違う。彼女の制服はピンク色で全体的に可愛く作られているが、こんなにも派手な制服を着ているのは悠莉しかいなかった。
「で、では。今日は二時間後に先生が診察したいとのことなので、また伺いますね。」
「いや、一人で大丈夫なんですけど……」
そう言い終わる前に悠莉は部屋を飛び出すように出ていってしまった。
本当に元気な子だ。そう感心すると同時に、頭がぐっと押し付けられるように痛むのを感じ、私はまたため息を漏らした。
朝食を済ませ、また部屋に戻ってきた。
私が入院しているのは、私を担当している医者がいつでも様子を見て検査ができるように、と提案してきたからだ。別に外にいても、今の虚ろのような私に何かできることがあるわけでもなく、集中的に治療できるなら入院した方がいい。と、代表からも言われた。色々と制約も多いが、身体の調子は少しずつ良くなっている。
「しかし、やることがないな。」
そう独り言が漏れ出してしまうくらいには、入院生活というものは、退屈なものであった。この部屋にはベッドとノートが二冊重ねてある机しかない。
医者には安静にしていろと言われているが、ここまで何もなければ仕方がない。私はどうやら何かしていないと気が済まない性格らしい。下に降りて、新聞でも読みに行こうか。いや、いっそのこと、こっそり外に出てしまおうか。窓の外には、建物で挟まれた道の奥に川が流れているのが見える。目線を上に向けると、空は遥か遠く、淡い青で染められていた。
真っ白なシーツが敷かれているベッドから降りる。この部屋は四人部屋のはずなのだが、私のほかに患者は一人もいなかった。人と接するのは苦手だが、この大きな空間に一人でずっと居る孤独感はどうしても拭えなかった。
病室のドアを開けると、白い廊下の壁が見えた。廊下の端にある窓からは、外に植えてある木が顔を覗かせて、黒い床に光が反射していた。
エレベーターの下へ向かうボタンを押す。廊下は薄暗く静かだった。電気は点いているのだが、太陽が昇り切っていないからだろう。エレベーターが出す低い稼働音ですらこの廊下全体にまで響いている気がした。
「少し寒いな。」
春に入ったとはいえ、この時間はまだ寒い。ガウンを重ね着した方が良かったな。と少し後悔していると、横から軽い足音が聞こえてきた。音のする方を振り向くと、突如、私の身体を桜吹雪が襲うような感覚に囚われた。強い風に、思わず顔を伏せる。
しかし、実際には風は吹いていなかった。ここは室内なのだから当たり前だと思いつつ、不思議な感覚が体内に残りながらも目を開けると、悠莉がきょとんとした顔で立っていた。
「あれ、どうされましたか?」
「あ、えっと。気分転換に、新聞でも読もうかと。」
「……外出には担当医の許可が必要ですよ?」
すぐに本心を読み取られた。返答までの間に彼女は私の方をじっと見ていた。
「あ、えっと……ごめんなさい。その通りですね。」
……自分よりも小さい子に注意をされてしまった。情けない限りだが、これ以上嘘をつく度胸は私にはなかった。
「……自分より小さい子に注意されて情けないとか思っていませんか?」
「なっ……!」
悠莉が少しいたずらな顔でこちらを覗く。そうだ。悠莉は基本的に優しく接してくれるのだが、たまにこう察しが良く、会話の途中で振り回されてしまうことがあった。
「……そんなわけないじゃないですか。霞さんが見た目以上にしっかりしていて感心していただけですよ。」
「そうですか。それは少し残念です。」
何が残念なのだろうかと疑問に思っていると、エレベーターの扉が開いた。話ができるのはここまでか。と、部屋に戻ろうとしていたら後ろから服をつままれ、声をかけられた。
「あ、あの! もう少しお話していきませんか?」
「……? あの、『大事な用事』は終わったのですか?」
「え? あの、それは……」
思わぬ反応が返ってきた。この動揺から見て、やはり病室での言葉は苦し紛れの逃げ道だったのだろう。
本当に不思議な子だ。彼女は本当に見た目以上に真面目でしっかりしていて、話していてもまるで同年代と話しているようで楽しかった。子供とはいえ、これほど大きな病院で仕事を任される程の子だ。相当できた人なのだろう。
「まあ、何か事情があるのなら聞きませんよ。それで、話というのは何でしょうか。」
年相応に動揺する悠莉の姿は正直可愛く見えて、まだ見ていたかったのだが、これで嫌われたくはないので、私は本当に詰まる悠莉に助け舟を出した。
「あ、はい。……患者さん、いつも暗い顔をしているから、もっと笑ってほしいと思いまして。何か私にできることはありますか? 私、患者さんの助けになりたいんです。」
「暗い顔……?」
「はい。患者さんが一人の時、ずっと悩んでいるように見えるんです。患者さんの病気の辛さは、きっと私の想像以上のものでしょう。だから、私は患者さんのサポートをしたいのです。」
この看護師の行動は、いつも私の想定の外を突く。私はその気遣いの度合いに後ずさりしそうになりながらも、私の病院での生活を振り返った。
「確かに、そうなのかもしれません。」
私は素直な気持ちで答えた。常に私の心に居座るこの寂しさは、同年代の人が周りに殆どいないことから来るものだけではなく、何か実態の掴むことのできない大きく重く揺らぐものもあった。この寂しさはノートを書く時、読み直す時、誰かと話した後に私の内側を苦しめていた。
「では、どうぞこちらに。」
私は悠莉の言葉に従い、エレベーターの中に入った。
「うおっ!」
扉が閉まると、悠莉はいきなりこちらに寄ってきた。顔を覗かせてくるが、どうしても、距離感を意識してしまう。私は思わず目を逸らした。エレベーターの中は狭く、薄暗かった。
「顔色は良さそうですね。良かった。」
何も知らない悠莉はにこりと笑う。
「患者さん、何か悩みがあるのなら、今私に教えてくれますか。ここには私と患者さん以外、誰もいませんから。」
悠莉は行き先のボタンを押して、声を潜めて言った。私はいきなりの質問に戸惑う。
「……言ってみないと分からないこともありますよ。さぁ、ここをあなただけの相談所だと思ってください。」
その言葉に、私は心の奥が少し暖まるのを感じた。だがそれでも、返す言葉はなかなかまとまらない。長い沈黙が続いた。
「すみません……実は、自分自身でも何で悩んでるのかすら分からないんです。」
エレベーターの扉が開いてしまう直前に、そう返すことしかできなかった。
「うん、今はそれで大丈夫ですよ。あなたのペースで、悩みを纏めて頭の中を整理してしまうことから始めましょうか。」
申し訳無さそうにする私を見て、悠莉はそう言った。
「……霞さん、まるでカウンセラーみたいですね。」
私が心から感心してそう言うと、悠莉は恥ずかしそうに笑った。
「ええっ、そんなこと言われたの、初めてです。……でもそうですね。人の立場になって考えると、その人がどんな気持ちなのか、どう考えているのか、少しだけこちらの方まで伝わる気がするんです。私はその勘がよく当たるのでしょうか。」
「へえ、そういうものなんですね。」
「はい、患者さんを見ていても、無理してそうだなって分かってしまうので。今日は声をかけさせてもらったんです。」
私はそんなに分かりやすく疲れていたのか。それにしても、感情を隠そうとするのは彼女の前では無理らしい。私はただ苦笑いを見せることしかできなかった。
「ほら、一緒に外に出ましょうか。桜が満開なんです!」
「私も桜は見たいですが、良いんですか? 外に出て。」
「大丈夫ですよ! 先生に許可は取りましたから。少し待っててください。」
悠莉はそう言ってどこかからガウンを持ってきた。そしてそれを手慣れた手付きで私に着せ、そのまま私の手を取り外へと向かった。私は彼女がどこに向かうか全く分からないまま、ただついていくしか無かった。外に出ると病院の中より眩しく、豊かな匂いが風と共に私を撫でた。
外は私の想像以上に面白い場所だった。見上げると、空高く浮かぶ雲。コンクリートの川に浮く桜と花びら。道路を行き来する車。学校へ入っていく制服を着た学生。遠くにうっすらと見える山。古びた駐輪場。
私達はそこから続く上り坂を通って行った。
最初は少し寒かったが、歩いて行くうちに陽の光が暖かく感じられるようになった。小さな橋を渡り、いくつかの交差点を渡り、小さな公園の木陰のベンチに座った。
「見てください! 綺麗でしょう!」
「……ええ、これは凄いですね。」
その小さな公園は桜の木で囲まれていた。見上げれば無数の桜の花が白く輝いていた。心地よい風が吹けば、少し甘い香りと共に花びらを落とす。舞い続ける花びらは途切れることなく、このままずっと降り続けるのかとさえ思えた。
束の間の談笑の間に、無数の桜の花びらが私の膝に降りてきた。悠莉はそれを拾って、手のひらに乗せて見せてきた。
「──そろそろ戻りましょうか。」
再び頭が少し痛むのを感じ手を頭に添えていると、それを見ていた悠莉はそう問いかける。
「そうだ、診察の時間は大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫ですよ。ちゃんと頭に入ってます。ゆっくり歩きましょう。……話しながらでも。」
悠莉はそう言ってベンチから立った。賢く落ち着いた言葉遣いとは対照的な細く小さな体型を見て、彼女が年下なのだと再確認する。私ももっとしっかりしないと。と、私は自分を改めようとした。
「はい。……そうだ、この町のことを知りたいです。良かったら、教えていただけますか?」
私もゆっくりと立って、悠莉の誘いに乗った。悠莉はそんな私を見ながら微笑んだ。
「喜んで!」
彼女はこの町に生まれてからずっと住んでいると言う。公園の名前や、道の名前、美味しいレストランなど、何でも知っていた。彼女の気持ちが緩み始めたのか、言動にも年相応なところが見えてきた。
「……あれ、大変です。患者さんとのお話が楽しくて、思わず遠回りしてしまいました。あの、患者さん。お身体の調子は大丈夫そうですか? 先ほども頭が痛そうにしていたので……。」
ブロック塀の近くまで来たところで我に返ったのか、悠莉は少し申し訳なさそうに聞いてきた。
空は少し曇って、太陽が隠れ始めた。
「問題ないですよ。むしろ、良い運動になりますのでありがたいです。」
実のところ少し疲れていたのだが、私はそれを隠した。
「そうだ、先ほどから気になっていたのですが、あの大きな建物は何なのでしょうか。」
私は後ろを向いてそう聞いた。周りの建物よりも一回り大きく、どこへ行っても目立っていた建造物が気になったのだ。
「あれは……サテライトという大きな会社の建物ですね。この町にあるのは研究棟という建物だと聞いたことがあります。」
「サテライト……あ、部屋のテレビに書いてあったような気がします。」
「そうです。テレビ以外にも、電気だとか、ゲーム機だとか、医療設備も……とにかくどこに行っても見るようになると思いますよ。」
「へぇ。本当に大きいんですね。あの建物も、なんだかこの町のランドマークみたいです。」
「あはは、そうかもしれませんね。……患者さん、少し寒くなってきたので、急いで戻りましょう。」
悠莉はまた私の手を引いて、病院へと戻っていった。
その後は、声が大きい医者の調子外れな言動を浴びたり、また部屋に戻ってノートを読み返す、退屈な時間を過ごした。
その日の夜は、少し自分と向き合う時間が取れた。今まで不明瞭な過去ばかりを意識していたが、本当に私を追い詰めているのは未来なのだと気付くことができた。明日、悠莉に話せればと思い、処方された頭痛薬を飲んでベッドに入る。
今日はいつもよりすぐに寝付くことができた。
「おはようございます。今日はお寝坊さんですか、患者さん。」
昨日見た桜の花と同じような匂いと共にやってくる、どこからか聞こえてくる声に目を覚ました。慌てて時計を見ると八時を過ぎていた。
「お、おはようございます。霞さん。」
名前を呼ばれた悠莉が、少し頬を緩ませた。
「よく眠れましたか?」
「ええ……こんなに寝たのは初めてです。」
端末を開くと、代表からの着信が来ていたことに気付いた。いつも目覚ましとなっていたコール音にすら気付かなかったとは。
「寝すぎも良くないですから、もう起きていてくださいね。今日は診察はありませんが、先生が検査をしたがっていたので、もし良かったらご協力ください。」
「分かりました。いつからでしょうか。」
「十五時とおっしゃっていました。」
「では、昼を食べてから伺います。」
「分かりました。……で、では午前中は暇ですよね! 朝ごはんの後、私と外へ行きませんか……?」
「……私は良いですけど、霞さんは大丈夫なんですか? 仕事とか……。」
「大丈夫ですよ、大丈夫ですから! それに、患者さんも健康のために日ごろの運動は必要ですよ!」
強引に話を進められるが、本人が大丈夫と言えば大丈夫なのだろう。自分の持っている常識が正しいと分からない今は、彼女に従った方が無難なのかもしれない。
朝食を食べた後、外に出る準備をして、一緒にエレベーターに乗った。中に二人だけのまま、扉が閉まる。
「そうだ……昨夜、少し考えてみたんです。自分の持っている悩みについて。」
私が話し出すと、悠莉はボタンを押そうとしていた手を止めた。
「自分の記憶について、私は失ってしまったものよりも、これから失ってしまうものが怖いんです。霞さんの名前も、私が何を話したのかも、病院の外で見た情景も、いつか私の記憶から消えてしまって、私の身体から何も残らなくなってしまうと思うと……。」
考えなしに言葉が口から出てしまっていたことに気付き、言葉が詰まった。私自身の基本的な情報は、ただの記録だと思えてしまうから、今の私は重く受け止めることはできなかった。しかし、私が今まさに記憶に刻み付けている日常が、これから失われていくことに関しては、考えるだけで耐えられぬほどの空虚感に襲われる。
「なるほど……分かりました。」
悠莉はそう言って、少し俯いた。
「私は、それほど恐れる必要は無いんだと思います。先生も患者さんの病気について真摯に対応しています。もし治療が思い通りに進まなくても、諦めない姿勢を見せれば、希望の道は見えてくると私は信じています。それに……。」
悠莉は少し言葉を詰まらせてから、私の方を見て言った。
「忘れたくても、忘れられないものもあるんです。」
彼女の視線は確かに私の方を見ていた。それでも、何故か彼女の視線の先に私が居るとは思えなかった。
「記憶は呪いのようなものです。天罰のように、ふとした瞬間に私たちを締め付けるんです。」
彼女が苦しめられるその呪いの正体を、私は知らなかった。それなのに、彼女の言葉は投げかけるように私へ向かっていた。
「患者さん。もし良かったら……患者さん自身が進む方向を失わないためにも、どうか自分が進む先を見ていてください。あなたがしたこと、もしあなたが忘れてしまっても、私が覚えています。そのために私が居るんです。……何度でも思い出させてあげますから。私のことをもっと頼って下さい。」
悠莉はそう言って、エレベーターのボタンを押した。
「……私が今言えるのはこれだけです。また何かあったらおっしゃってください。」
虚ろな私が、「忘れないで」と言う資格なんて無いのだと思っていた。失うこと、消えていくこと、それが怖いなら、自ら求めなければ良いだけだ。心の底で、そう思っていた。それなのに、彼女の口からそんなことを言われてしまったら、嫌でも私は前を向いて進む覚悟を決めるしか無かった。
「ありがとうございます。少し、勇気が湧きました。」
悠莉が何を見てきたのか、私は何も知らない。だが、彼女の言ったことは確かに私に勇気をくれた。
記憶とはキラキラとしたガラスのようなものだと、私はずっと思っていた。
だが、この話を聞いてもなお、私は彼女が秘めている物が必ず綺麗なものなのだとは思えなかった。
「……えっと。あの、今言ったことは忘れてくれませんか……? ちょっと恥ずかしくなってきました……。」
「……え?」
あまりの細々とした声に、私は目を丸くして悠莉の方を見る。彼女は操作盤の前に立っていて、顔までは見られなかった。しかし、彼女の肌は普段よりも赤く染まっているように見えた。
「……。」
私はエレベーターの扉が開くまで何も言えなかった。扉が開くと、悠莉は飛び出すように外に出たので、置いて行かれそうになった。
「ちょ、待ってください!」
私は慌てて悠莉を引き留める。運良く、廊下には誰も居ないようだった。
「霞さんには、本当に感謝しているんです。」
無意識に、その言葉は出ていた。
「何もなかった私に、自分自身を見つめることを教えてくれた。前に進む勇気をくれた。私は霞さんのことを何も知りません。」
悠莉は驚いたように私を見つめる。私も、自分で驚いてしまうくらいにはすらすらと言葉が出ていた。
「……何故私とこんなに話をしてくれるのかも分かりません。それでも、私は霞さんに助けられたんです。改めてお礼を言わせてください。ありがとうございます。」
悠莉は私の方を振り返った。頬は赤く染まっていたが、目はいつもよりも緩んでいて、それでいて少し潤んでいるように見えた。
「それは良かったです。」
悠莉は続ける。
「……看護師として当たり前のことをしただけですよ。でも、そう言っていただけて嬉しいです。患者さんの力になりたいというのは本当のことなんです。」
悠莉が目を逸らしたのを見た時、私は先程から彼女と目を合わせられていないことに気付いた。そしてようやく、顔が燃え上がるように熱くなっているのを自覚した。
「もし良かったら、そろそろ私のことを名前で呼んでくださいますか。……私は患者さんの名前を知りませんけど……いつか患者さんが思い出せたら、私も名前で呼びたいです。」
「え、えっと。分かりました。では……悠莉……さん。」
私が悠莉のことを名前で呼ぶと、彼女の表情にぱあっと光が灯った。
その顔を見た途端、不意に酷い頭痛が私を襲った。
もし、私が自分の名前を思い出せたら、もっと彼女と距離を詰められるのだろうか。そんなくだらないことを密かに考えてしまう私への罰なのだろう。
「えへへ、ありがとうございます。ずっと患者さんに名前で呼ばれたいなと思っていたんです。」
悠莉は頬に手を当てたまま、顔を恥ずかしげに動かしていた。私もそれを見て、暫く悠莉に目を向けられなくなった。
「と、とにかく! 行きましょう。」
ふと我に返った悠莉が顔を真っ赤にして私の手を引っ張り出した時には、病院の一階にはたくさんの人が集まり始めていた。朝刊を椅子で読む人、私達をちらちら見ながらこそこそと話す人、忙しそうに歩き回る看護師から逃げるように、病院の外へと向かった。
今日もまた、昨日と同じ公園の木陰まで歩いて行った。ベンチに腰掛け、変わらず満開に咲き誇る桜を見た。
また、機能と同じようにこの町のことを色々と教えてもらった。近くの峠のことや河川のこと。
そうやって話していたら、雨がぽつぽつと降ってきた。
「患者さん、急ぎましょう。」
駆け足で病院に向かう間に、雨はすぐに強くなった。冷たい感触が濡れた服から伝わってくる。髪から零れ落ちる水滴が、私の顔を濡らした。
「天気予報を見るのを忘れてました。えへへ……。」
交差点にたどり着いて、信号を待っている間に悠莉は笑いながらそう言った。
「私も今日はちょうど見てなかったです。まさか降るなんて思ってもいませんでした。」
信号が青に変わると、悠莉がこちらに手を伸ばし、私はその手を握った。その手は、この寒さを打ち負かす程に温かかった。
「あったかい……。」
だが、そう小さく呟いたのは、私ではなく悠莉の方だった。
病院に戻った途端、悠莉はまた明日と言いながら逃げるように私と別れてしまった。私もこのままでは風邪をひいてしまう。部屋に戻って着替えようと、一人でエレベーターに乗った。
その日の十五時、私はいつもの声が大きい医者の検査に付き合うために診察室に伺っていた。
「はっきり言って、君の症状及び状態は、私の常識から酷く逸脱したもののようにしか見えないよ。」
「……はあ。それはどうも。」
「なに。悪く言っているわけではない。私の見識はまだまだ狭いのだと痛感しているだけだからな。」
「……。」
彼の大きな声ばかりが、部屋の壁を反射して響き渡っていた。彼は笑顔で明るい口調でそう言ったが、彼の目は笑っていなかった。その声が恐らく外に漏れていることを考えると、私はこの場所にあまり長居したくなくなってくる。
「それで一つ聞きたいことがあるんだけど。」
「……どうしましたか?」
「最近よく君が外に出ているところを見たという話を聞くけど、何しに行ってるのかな?」
医者は純粋な疑問を持つ目で私を見た。私は思いがけない質問に固まってしまった。
私達が外へ行くことに対し、悠莉は一緒に外に出ても「大丈夫です」と言っていた。それなのに、私が外まで悠莉に連れて行ってもらったことは、この医者に伝わっていなかったのだ。
「いや、君は身体機能には特に問題は無い。ちゃんと帰ってきてくれれば、私としては外に出てもいいのだけどね、病院の規則とかややこしいのがあるじゃないか。」
「いえ、看護師の霞さんと言う方に連れて行ってもらっていたんです。私もそれで症状が緩和されればと思いまして……。」
「あ、そうなの? それなら良かった。とは言っても、この病院は大き過ぎて看護師の名前とか覚えてられないんだよね。どんな人なの? 可愛い?」
医者はにやっとした顔でこちらを見てくる。頭は良いのだろうけど、彼の性格はあまり私に合うようなものでは無かった。
「……可愛いかはともかく、恐らくお手伝いさんなのでしょうかね。明らかに働ける年齢ではありませんし、制服も少し違うんですよ。」
「へえ、そんな娘がいるんだ。全然知らなかった。……あ、そうそう、今日してもらいたい検査なんだけどね……。」
医者はそう言って、いつも通りの検査が進んでいった。その間、悠莉が先生と呼んでいる人物は彼ではないのだろうかと考えていた。でも、私は彼以外の医者と話したことは無い。小さな疑問が、私の頭を巡り始める。
その後、少し病院内を歩き回ったが悠莉に出会うことは無かった。自室に戻ってノートに今日の出来事を書き記す。診察中の疑問については、解ける気がしなかった。ノートを読み返しても、確かに悠莉が「先生」と呼んでいる医者がいることが書き記されている。何かの間違いかもしれない。と、記憶の底まで潜り込もうとしたが、正解にたどり着くことはできなかった。
2. - 蜃気楼
「悠莉さん、おはようございます。」
ノックの音がして、悠莉を病室に入れた時、初めて私から挨拶ができた。
「はい。おはようございます。患者さん。」
昨日の雨は未だに続いていた。いつもより身体が怠く感じていたが、悠莉の笑顔はそんな日でも私に元気をくれる。朦朧とした意識は少しずつはっきりとしていき、それと同時に昨日感じた疑問を再び私に与えた。
「今日は特に予定はないですね。天気もこの有り様ですし、体調に気を付けてお過ごしください。」
「あの、悠莉さん。」
私は立ち去ろうとしていた悠莉を呼び止めた。呼び止められた悠莉は不思議そうにこちらを見つめた。
「あーー……すみません。実はあの先生、看護師の間であまり良く思われて無くて、私も直接会わないように言われているんです。まさか名前すら知られていなかったなんて……びっくりです。私は患者さんの担当の看護師として、先生の指示を聞かなければなりませんが、それは全て他の看護師さんから間接的に聞くことになっているんです。」
昨日の疑問を悠莉に問いかけたら、そんな単純な答えが返ってきた。あの先生の性格だ。やはり他の人にとっても、少し危ない印象を持たれているのだろう。
「なるほど。ありがとうございます。」
「いえいえ。そうだ。患者さん。心の健康の方はいかがですか。もしなにか相談したいことがありましたら、今ここで聞いちゃってください。」
エレベーターと同じく、この部屋は私達二人だけの空間だった。
「おかげさまで、大分呼吸が楽に感じています。低気圧で少し身体が怠い位ですかね。」
「あはは、そうですね。久しぶりの大雨ですもんね。知っていますか? この辺りは雨自体が少し珍しいんですよ。」
「へぇ、そうなんですね。」
「……数か月前、ここにも雪が降っていたのは覚えていますか?」
「……すみません。その頃はまだ拾われる前でして。」
「あっ! すみません……!」
悠莉は慌てて頭を下げた。
「大丈夫ですよ。気にしてません。」
実際にその雪がこの町に降るのを見たかは分からないが、「雪」というもの自体は知識として身についていた。さっきの悠莉の発言から、この町で雪が降るのも珍しいことなんだろう。
「見せてあげたかったな。空は今と同じくらい雲で覆われて暗くなって、暫くすると雨粒の代わりに、白くて小さい粒が、ぱらぱらと舞うように落ちてくるんです。まず公園の地面が白に染まって、そこから道路へと広がっていって……。あっという間に町全体が全く違う場所みたいに変わってしまうんです。」
悠莉は窓の外を見ながら、手で雪が舞う様子を表現するようにひらひらとさせた。
「身体の芯まで冷えるような寒さの中、私は傘を持って、病院の休み時間に外に飛び出して、あの川の方まで走っていきました。木の枝の間をすり抜けて水面に落ちていく雪は、まさに今まさに舞い落ちている桜の花びらのようで……」
振り止まない雪の中、はしゃぐように走る悠莉の、年相応の可愛い姿と、橋の上で、手のひらを掲げる彼女の表情が思い浮かんだ。
「次見られるのは来年になりますかね。楽しみです。」
「ええ、ぜひ一緒に見ましょう。」
そう言う悠莉は、どこか悲しげな表情をしながら、胸を掴むような仕草をしていた。私はそれに気付いていたが、最後までその時の彼女が何を考えていたのか、表情の意味を読み取ることはできなかった。
「……眠れない。」
その日の夜中、私はなかなか寝付けなかった。いつもは十分な大きさに感じていた私の病室が、どうも小さく感じて仕方がない。私は起き上がって、窓から外を覗いた。雨音は雑音となるまでかき消され、空は灰と黒の模様で埋まっていた。
何とか一息つこうと、病室のドアを開ける。緑に光る誘導灯が暗い廊下を仄かに照らしていた。エレベーターの方に明かりがあるのを見て、エレベーターに向かうと、そこに悠莉が居ることに気付く。予想もしなかった出来事に、すぐに声が出てしまった。
「悠莉さん?」
「あれ、患者さん? どうしてこの時間に?」
悠莉は振り返り、驚いたようにこちらを見る。頭上から桜の花びらが落ちてくるような感覚がし、思わず上を見上げた。天井には、薄く橙色に光る明かりがあるだけだった。首を傾げてる悠莉を見て、急いで目を逸らした。
「……なんだか眠れなくて。外に出て涼もうかと。」
「そうなんですね……奇遇ですね。私も同じです。」
悠莉はそう言って笑った。その笑顔はいつもより暗く、重い雑音が私の心を揺るがした。
エレベーターのドアが開き、内側の光が私たちを真っすぐに受け入れた。降りる時、私は何も話せなかった。
二人で傘を持って病院を出ると、今まで見ていた街の姿とは、また違った景色が私達を受け入れた。風は湿っていながらも冷たかった。匂いも、景色も、昨日まで感じたものと全く違うものだった。
「気持ちいい……心が落ち着きます。」
「そうですね。」
悠莉は顔を緩ませた。先ほどまでの暗さはもう無く、見てると悩みなんて全て吹き飛んでしまうような、そんな微笑みだった。
「少し歩きましょう。……患者さんともう少しお話ししていたいです。」
「喜んで。」
また、二人で同じ道を歩む。桜は雨に流されている。地面には数えきれない程の桜の花びらがへばりついて、黒ずんでいる。それを見て、私は少し儚さを覚えた。
「悠莉さん、ありがとうございます。」
「……。」
悠莉は私の言葉を聞き少し驚いてこちらを向いたが、静かにこちらの言葉が続くのを待った。
「悠莉さんと出会ってから、自分の絡まっていた悩みがどんどんとほどけていくのを感じます。あなたのおかげで、私も前に進んで良いんだと思えるようになってきました。心なしか物忘れも少なくなってきたような気がします。全部、あなたのおかげなんです。」
私は無意識に空を見上げた。空は真っ暗で、無数の雨粒がこちらに向かって降ってくるのが見える。心なしか、雨一層強くなっているのを感じた。
「……そう言ってくれて、本当に嬉しいです。私……私、ちょっと不安でした。患者さんの相談に乗っている振りして、患者さんに自分の理想を押し付けているんじゃないかって。でも、患者さんにはちゃんと前を向いて生きてほしくて……。」
彼女の声は繊細で揺れていて、珍しく感情が大きく乗っていた。
こんなにも自分のことを考えてくれていることに、私は穏やかな気持ちで胸の中が満たされるのを感じる。この先にどんな障害があったとしても、私は必ず彼女を思い出して前に進む勇気を得るのだろうと考えてしまう。
大きめの横断歩道の前に立った。雨は豪雨と言えるほど強くなっていて、傘を指していても肩や足の辺りが濡れているのを感じられる。
「患者さん、可能ならば……この先も、退院した後も、何か辛いことがあったらこちらに来て話をしてくれますか? 抱えきれなくなって、塞ぎ込んでしまいそうになる前に……。私、ずっと患者さんの助けに……なりたい……かなって……。」
悠莉の声が段々と小さくなっていき、次第に雨音に隠されてしまうほどになって最後まで聞き取ることができなかった。悠莉の方を見ると、俯いたまま、さらに傘で自分の顔を隠し始めた。
「あの、今なんて……」
「な、何でもないです! 忘れてください!」
信号が青になった途端、悠莉はそう言って走りだした。いきなりのことで少し出遅れたが、私も悠莉を追いかけようとする。しかし、先ほどから大きな音が道路の方からしていたことに気が付く。目線を一瞬横にずらすだけでその違和感は確信に変わり、何かを考えるよりも先に、足が動き始めた。
「危ない!!」
私は同時に大声を出した。悠莉はすぐに足を止め、自分の状況をすぐに察した。大きなトラックが、明らかな速度超過を維持したまま交差点へと突っ込もうとしている。だが悠莉が今何をしてもその状況を変えることはできない。
でも、この場所には私がいた。悠莉に追いつく前に、勢いのまま彼女の身体に飛び込んだ。小さな身体を私の体重で押しのけ、私は為すがままに、硬い地面を転がった。その瞬間、背中に大きな物体が走り去る感覚がした。
とても長く感じられる静寂が続いた。温かい感触がまだ残っていることに気付き、目を開ける。少女の薄茶色の潤んだ瞳がこちらを覗いているのを知って、やっと息を吐くことができた。身体の所々が痛むが、それよりも酷い頭痛が、頭の中を響いていた。その痛みに気付いたのは、私の呼吸、いつの間にか抱きかかえていた悠莉の呼吸。そして、それぞれの心音が、雨音と共に私の知覚にようやくたどり着いた時だった。雨がぶつかる音はとても大きく、それでも二人の出す音は全て直接的に聞こえてきた。まるで雨音に外界から隔たれたかのようで、今この場所に私と彼女しかいないようにも思えた。
「ぅ……」
頭の痛みに耐えきれず、声を漏らす。すると悠莉は心配するようにこちらを見つめた。が、彼女は暫く声を出さなかった。彼女の顔は濡れているが、それが雨なのか、汗なのか、それとも涙なのか分からなかった。思い出したかのように、彼女は無理に笑顔を作る。震えたまま、今にも消えてしまいそうな大きさの声で言葉を探る。
「あ、あのっ……まだ……えっと……。」
「良かった……。」
彼女が話し始める前に、私がようやく言葉を取り戻した。心からの安堵の末に出た言葉だった。
「はい……。ごめん、なさい……。本当に、ごめんなさい……。」
彼女は顔を歪ませて、震えていた。泣いているのが分かる。
「謝らないで……。怪我は無い……?」
粗い呼吸を掻い潜って悠莉に問いかける。
「大丈夫です……。本当に、ありがとうございます……。」
彼女はゆっくりと私の背中に触った。
「あったかい……。」
今にも消え入りそうな声だったが、今度ははっきりと聞こえた。彼女は悲しげに微笑む。
天から降る雫が、彼女に絶えず滴り落ちる。髪から髪へと、水が伝う。
それは冷たく、純粋なものでは無かったのだが、そんなことはどうでもいいと思えてしまうほどに、彼女の温かさはこちらに伝わってきた。
私の魂は彼女の瞳に吸われてしまっていた。置き去りにされてしまった身体は、ただ愛しい熱が籠るだけだった。
ふと、悠莉の顔に懐かしさを感じて、その感覚を不思議に思った直後、頭の中に閃光のような衝撃が走る。超音波が耳を塞ぎ、目の前は黒く淀み始めた。
形容し難い白い記憶が、頭の中に響き始めた。大きな爆発音と共に、視覚が仄かに戻ってくる。先ほどの音がした方へ振り返ってみると、見覚えのある巨大なビルが、燃え盛っていた。
あまりの衝撃に、私は自分の目を疑った。しかしその建物は確かに煙を出しており、直後にまた爆発が起きた。この街のランドマークとも言えるサテライトの研究棟が、どうして。大きな喪失感が衝撃の後に湧き出てくる。
いや、そんなことより避難しなくては。いつ私たちの元まで災難が襲い掛かるか分からない。腕の感覚が戻ってきた。身体に残っていた浮遊感も消えてきて、揺らぐ記憶が、頭の中を掻きまわす。
「悠莉!」
思わず名前を叫んだ。しかし、視界の中に彼女は居なかった。慌てて見渡しても、暗く濡れた舗装路の上に蹲っていたのは私だけだと分かるだけだった。
違う、そんなはずがない! 私は必死になって探そうとするが、身体が全然動かない。
「……大丈夫、ですか……? これ、病院の人かな……?」
交差点を見ると、トラックは歩道にまで乗り上げていた。恐る恐る声をかけてきた男は運転手らしき人だった。私の恰好を見ながら、困惑した表情を浮かべていた。
「…………。」
私は暫く唖然とし、ただ運転手の顔を見つめることしかできなかった。そして思い出したかのように、彼に問い詰める。
「わ、私以外にもう一人、道路を横断していませんでしたか?」
「……いや、よく見てなかったですけど、あなた一人しかいなかった気がします。それ以外は居なかったんじゃないかな……。」
「…………。」
「それより、怪我は無いですか……ってちょっと! 大丈夫ですか! もしもし────」
目が覚める。反射的に、私の身体は起き上がった。しかし、目の前は白い壁。頭の中の整理が付かず、心拍数が一気に跳ね上がるのを感じる。気分が悪い。思わず頭を抱える。滲みゆく記憶の色を、動き始めた私の意識は辿り始める。そしてやっと、ここが病室であることに気が付いた。
「気が付いたかい。」
あの恐ろしい医者の顔が視界に飛び込んできた。
「やっぱり外出はやめた方が良かったね。いきなり外で患者が倒れてるって連絡が来て、しかも担当の患者だと。頭を抱えたよ。……どうして倒れたか、分かる範囲で教えてくれるかな。」
「あ、あの、悠莉さんは!? ……えっと、交差点で霞さんがトラックに轢かれそうになって、飛び込んで助けたんです。そしたら……研究棟の辺りで爆発が起きて、気が付いたら霞さんが居なくなってたんです……。」
私の話を、医者は複雑な表情で聞いていた。それを見て、段々と自信が無くなってきた。
「……それで、トラックの運転手に声をかけられたところで意識を失った……と思ってます……。」
「そうか……。」
彼の顔に憐れんでいるかのような表情が見えた。まるで私の言っていることが信じられないかのようだった。
「分かった。もう遅いから、明日にまたお話を聞こうと思う。今日はゆっくりお休み。」
嫌な予感がして、外を見た。あのビルは、至って正常だった。静かな雨が降り続け、町は静かに眠っている。
「……はい。おやすみなさい。」
そんなことしか、言えなかった。身体の疲労感を自覚した途端、耐えられない程の力を持つ睡魔を引き寄せた。不安から目を背けるように、私はすぐに眠ってしまった。
誰にも起こされることのない朝を迎えた。雨は続いていて、雨音は静かなノイズとなるまで抑えられながらも、確かに私の耳まで届いていた。端末を開くと、代表からメールが来ていたことに気付く。
『起きたら至急連絡をくれ。』
メールにはそう書いてあった。昨日の夜、朝に通話をかけてくるのをやめてもらうように言ったから、このような形で連絡してきたのだろう。急ぎの連絡があるらしい。私は迷う間もなく、そのまま代表との通話を開始した。
「もしもし。」
『少年! ……随分とお寝坊さんじゃないか?』
からかうような声が聞こえるが、まだ七時だ。溢れるような元気にすっかり目を覚ました私は、呆れたような声で返す。
「……おはようございます。本当に早起きですね……。それで、どういった件でしょうか。」
「この様子だとまだ知らないみたいだな。実は明け方、町中のシステムが一時完全にダウンしていたんだ。」
「そんな……!」
本当ですかと疑いたくなる。が、先ほどから病室の外が騒がしい。なにか特別なことが起きていると予想できる。急いでテレビを付けると、大規模な障害に関するニュースが放送されていた。
「君の担当医からも連絡があってね。あくまで可能性の話なのだが……君が経験したことと何か関係があるかもしれない。」
「……サテライトのことですか。」
不思議と、私は冷静で居られた。私の心は未だにいくつかの不安が渦巻いているが、それでも今しなければいけないことがはっきりと目の前に見えている気がする。
「そうだ。君は研究棟が爆発したと言っていたな。実際はそんなことは起きていないが……念のため、何を見たのか詳しく教えてくれないか。」
「ええ、分かりました……。」
昨夜のことは、まだ鮮明に思い出せる。ノートに頼らずとも、代表に昨夜のことを伝えることができた。
「──なるほど。大体理解できたよ。……最後に質問なんだけど、ビルが爆発するのを見た時、自分が現実に居ないように思えたとかはあったりする?」
「えっと……そうですね。そういわれてみると、身体に浮遊感があって、夢を見ていたような気持ちでした。」
「……そうか。じゃあ、今すぐこちらに来てくれ。」
「えっ?」
「場所は君の端末に送ったから。待ってるよ!」
「ちょっと!……参ったな。」
通話はあまりにも強引に切られてしまった。代表から位置情報が送られてくる。私は代表の突拍子もない行動に少し戸惑ったが、今一度、私がしなければいけないことを思い出した。悩むよりも先に、身体が動いていた。病室のドアを開けても、慌ただしく動く看護師たちは、私のことなど目に入っていないようだった。
エレベーターで地上まで降りる途中、扉が開いてあの医者の顔が覗いてきた時にはさすがに逃げたくなった。彼は私を見るなり、にこりと微笑んでエレベーターの中に入ってきた。
「外に出る許可は私が出しとくよ。」
「……なんで知ってるんですか。」
「良いから、早く行きな。彼を待たせたら本当に怖いんだから。気を付けて。」
地上階に着いたエレベーターの扉が開いた。私はお辞儀をして、足早に病院の外に向かった。
「あと君の表情、考えがそのまま顔に出るからとても分かりやすいよ。気を付けてね。」
──その言葉には、振り返りたくなかった。
霧雨のような雨の中でも桜は相変わらず舞っていた。地面の至る所に白い花びらが積もっている。湿った空気が温められて私の鼻を通ってくる。川はいつもよりも水量が多く、傘を持った人たちが慌ただしく移動していた。
代表が待っていた場所は川沿いに歩いた先の森の中だった。既に山の麓の中で、ここまで来るのにすっかり息が上がってしまった。上にはさらに階段が続いており、赤い鳥居が何個も連なっていた。
代表の顔を見るのは久しぶりだったが、私に向かって元気に手を振っていたからすぐに分かった。
「よく来たね。もう少しゆっくり来ても良かったんだが……。」
「担当医に急かされまして……。」
「……それは悪いことをしたね。あとで注意しておくよ。」
そう言って彼は私に微笑んだが、私は彼らがどういう関係なのか全く想像がつかずにいた。
「君に来てもらったのはね、実はあくまで自分の仮説を検証したいだけなんだけど……、少年、ここまで来て、何か感じることはあるかな。」
「えっと、今のところ特に……いや、ちょっと寒気がするかもです。」
「寒気というのはどういった具合かな。」
「そうですね……この辺りの空気感が少し怖いというか、ちょっと嫌な感じがします。昨夜の所為でしょうか……。」
「ふむ、この先もう少し進むけど、大丈夫そうかな?」
代表は私に優しく声をかけた。
「はい、気の所為かなという程度なので、大丈夫です。」
私がそう言うと、代表は頷いてからさらに山の方へ進んでいった。
「私の仮説というものが少し気になるだろう。君にとっては非現実的で、半ば信じられないようなものだろうが……でも安心してほしい。私は君のような人を助けるために居るのだから。」
代表の顔を見ると、その顔は今まで見た中で一番真剣であるように見えた。
「……実は、私はあのサテライトの元役員だ。ステラ……サテライトの代表者とは設立する前からの知り合いでもあった。彼は元々医者をやっていたのだが……いや、今はそんなことなんてどうでもいい。」
彼はそう言って私の目を見て続けた。
「私は君を見たことがある。あのビルの中で、だ。」
そんな言葉が、真っすぐに私に向かって告げられた。
「残念ながら、私は今のあのビルの状況を知る術は持っていない。ただ、そんな君が何も知らずにここに居るのに、奴らは君を探そうともしていない。君の記憶喪失についても実は心当たりがある。君は全部、『知っている』のだろう。見えていないだけで。」
私は、その言葉の意味が全くもって分からなかった。
「君は、「この世界」を見ていない。君が言っていた悠莉なんて子も、あの病院には最初から居なかった。」
彼が話す言葉の一つ一つに、私の脳が処理を拒否している。
「は……? でも、彼女は、悠莉さんは、確かに私の手を……握って……。」
私は記憶を手繰るようにして反論しようとする。
だが、握った手には忌々しく歪んだ空が残るだけだ。
無意識に口から吸った空気は、そのまま空いた胸を満たした。
もう見ることができない、瞼に焼き付くほどの彼女の明るさ。
どんなに大切にしようとも、その光はもう私の手から滑り落ちていた。
また、失った。
心の中を彷徨いながら、その現実と共にずっと地面を見つめていた自分に返る。
強い風がこちらに向かって吹いてきた。空気が切られる音が私の耳を撫でた。その大きな音の中でも負けない声が、彼女の声が聞こえてきた気がした。
その時、代表の身体の後ろから、大きな風と共に慣れ親しんだ桜の香りがした。その方向へと顔を上げた私は、思わず目を見開いた。
彼女が立っていた。
「……少年、どこを見ている……?」
美しいその眼は私を悲しげに見つめている。でも私は、目の前に現れた舟にしがみつくかのように、その再会を喜ぶことしかできなかった。
「悠莉さん……何故こんなところに……? ……その、また会えて嬉しいです。無事で良かったです。あなたは何故──」
「ごめんなさい……。」
私が言い終わる前に、彼女は言葉を遮った。彼女の顔は今にも泣きそうで、私は湧き出る言葉を詰まらせた。
「私はただ……あなたに幸せになってほしいだけだったんです。辛い過去のことなんて全て忘れて、私のことも忘れて……この世界で自由な一歩を踏み出してほしかったんです。でも私は……こんなことになるなんて……本当に、ごめんなさい……。」
「悠莉さん、何を言って───」
「そうか、ここに『悠莉』がいるのだな。では話が早い。」
代表はそう言いながら、一歩一歩と悠莉に近づく。それを知りながら、私は身体が震えて何もできなかった。
また強風がこちらに向かって吹いてくる。
呼吸が辛い。
頭が痛い。
心臓の音が早くなっていく。
嫌な音が頭から響いて、思わず跪いた。
悪い夢のような光景が、眼の前に映っている。
無機質な部屋の中で、繋がれた機械が感覚を奪う。
叫びたいのに声が出せない。
喉が焼かれているような感覚が走る。
その代わりに、汗が滝のように出ている。
もう、身体は言うことを聞かなくなった。
視界の隅で、黒いものが絶えず点滅している。
耳を塞ぎたくなる程に大きなホワイトノイズが鳴り響くと同時に、私の見ていた世界の色はサラサラと砂が落ちていくように無くなっていった。
「……大丈夫ですか?」
頭の痛みが引いていくのを感じながら、私は撫でるような悠莉の声を聞いた。
身体が動かせると分かった瞬間、私は顔を上げて声のした方を向いた。
すぐに、私は何もない場所に居ることを自覚した。「何もない」と表現するよりも、「色がない」と言った方が正確なのかもしれない。そこに代表の姿は無く、生い茂っていた木も一本も無い。浮いているのか、ただそこにあるべく在るのか分からないもの達は「白」と「黒」の二階調で彩られている。地面、先ほど見たような階段と鳥居、宙に浮かんでいるように見える小片、そして驚くほどの静寂が空間を満たしていた。それでも、変わらないものが一つだけ。手が届きそうもない、悠莉の姿だった。
「悠莉さん!」
「……いけない、早く戻って……!ここから、離れてください!」
悠莉はそう言って、浮かんだまま逃げるように上へと向かった。
「っ!……そんなこと、できません!」
私は迷わず階段を駆け上がる。それを見た悠莉が、声を少し荒らげた。
「ここへ来てはいけません。早く戻ってください!」
彼女は私に背を向けて、遠ざかっていく。追いかけても、追いかけても、その距離は縮まらない。
身体は足を止めたがった。
一段上る度に、嫌になるくらいに鮮明な呪いが、私の身体の内から脳を蝕むのだから。
だが私は足が痛むのも顧みず、虚空へ続く無限に続く階段を上っていく。彼女にたどり着きたい。それだけを考えながら。あの時のように、君の手を取りたい。理由なんて、それだけで十分だった。
孤独な記憶が私に戻ってくる度に、階段から道が分かれていった。だが、私は彼女のいるところから決して目を逸らさなかった。
この道が正しいのだと、自分でも思えなかった。悲しみで痛む心と同じように階段は次第に朽ちていき、どんどん上りづらくなってくる。
「……ごめんなさい。私……いずれこうなるって、どこかでは分かってたはずなのに……考えないようにしていました。我儘を、突き通してしまったんです。」
振り返った悠莉は、いつか見たような悲しげで……寂しい表情をしていた。
私はその表情を見て、さらに足を速めた。
『彼女は誰だ?』『彼女は本当に居たのか?』ほんの少し前に抱いた疑問に、今の私は答えることができる。『逃げてもいいじゃないか』と記憶に言われても、私は首を横に振れる。そういった全ての行動の後に、届きそうだったこの傷だらけの腕で理想を抱いたとしても、文字しか残らない空虚さを一体誰が埋めてくれるのだろう?
転んだまま立ち上がれない子鹿のような、したいことも好きなことも嫌いなことも知らないままでいる私に、綻ぶようによく笑った。手を取って導いてくれた。明日へ向かう勇気をくれた。私の心を埋めてくれた。
その温かさは、本物であった。
記憶を噛みしめていると、悪いことばかりでは無かったのだと気付く。そうだ。彼女が側にいた時、私はずっと幸せだったのだ。思い出したかのように、ポケットの中から懐中時計を取り出した。その時計は十一時三十七分を指したまま止まっている。きっと彼女の時間も同じように、ここで止まったのだろう。でも、私の時間はこの時計を彼女に渡したあの日から、彼女と約束したあの日から、ずっと止まっている。
そう、今の私と悠莉は、何も変わらなかった。
強い決意と共に、私は声を出す。
「待ってくれ、悠莉!」
彼女は振り返り、私が持っていた懐中時計を見た途端に動きを止めた。
だが、私も立ち止まる。階段の先が途切れていたから。ここから落ちれば、きっと死よりも深い谷の底だろう。一度落ちたら二度と戻れないということは分かり切っていた。
「君にあげた奴だろう?」
「あ……ごめんなさい……あの時落としてしまったのですね。でも、なんでそれを────」
「もう、全部思い出したよ。」
悠莉が言い終わる前に、私は揺らぐ足場から飛び出し、彼女の手を掴んだ。
そのまま、あの時よりも強く抱きしめると、ふわりと桜の香りがした。
その瞬間、あんなに無機質だった階段は、白い花びらとなって私たちの周りを舞い始めた。
もう、どこにも掴むところは無い。当然、身体は虚ろの底まで落ちていく。でも、私にとってそんなことは些細な問題であった。
大事なのは、君に追いついたこと。君とまた会えたこと。君の顔に触れられたこと。
それができるのならば、君と同じように、僕もそこに居よう。
僕の孤独な記憶が、君と共にいた記憶に塗り変わっていく。
またねという
心なんて単純なもので、一つ言葉を口にするだけで、無意識にその言葉に流されていく。彼女の行動も、僕の決断も、きっとあの
「僕のために、ここまで頑張ってくれたんだね。悠莉。ありがとう。」
無数の花びらを見上げ、僕達はどこまでも落ち続ける。
綺麗だ。
反射的に、僕は呟いていた。これはあの時の夢。この劣弱な意味の言葉を超えて、共に歪んで消えたはずの記憶。
金色の光に照らされながら、彼女は俯いていた。僕は傷だらけの身体の芯から来る痛みに耐えながら、自分でも不思議なくらい、その横顔から目を離すことができなかった。
長身の看護師が僕の車椅子を押し、その影が視界から消える寸前、僕は彼女と目を合わせた。偶然か否か。それを考える間もなく、彼女が驚いたような顔をしていたのか、それすら定かではなかった。
「さっき、なにか言いましたか?」
「っ!いえ。……行きましょう。」
看護師の言葉で僕は我に返り、また静かな居場所へと戻っていった。
悠莉は目に涙を貯め、これ以上ない位の明るい笑顔を作る。そしてほんの小さな、他の誰にも聞こえないような声で、心の内の全ての感情と共に、彼女はようやく口に出した。
「また会えて、嬉しいです。」
瘉 月雪玲 @Eluneige
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