DouzE

「ち、違う、俺たちはただ、金で雇われただけで……」

「へー、そうなんですかー。それで、あなたがたを雇ったのはどこのどなたなんですかー?」

「し、知らねえ……いや、知らない、知りません、何も知らないんです。仲介が、たくさんあって。直接話したやつも、素性も居場所も判らなくて……」

「へー」

「ほ、本当です、本当なんです! 何でもします、靴だってお舐めします。だからお願いです、お願い……」

「ふーん」

「殺さないで……」

「いいですよ」

「……え?」

「だから、いいって言ったんですよ」

「え、だって?」

「なに、死にたいの?」

「い、いいえ、いいえ!」

「ならさっさと逃げた方がいいですよ。ボクの気持ちの変わらないうちにね」

「は、はい! ありがとうございます、ありがとうございます!」

「あのですねえ、ボクはさっさと逃げた方がいいって言ったんですよ。そんな悠長な真似してる余裕、あるのかなあ」

「は、はぃ!!」

「まったく、みっともないったらありませんね。優位に立ってる時だけ居丈高で、ちょっと脅されたらすぐにあれですもん」

「……」

「それにしても……ふふ、すごい逃げ足。あんなに必死になっちゃって」

「……」

「あんな姿を見たら……ねえ?」

「……」

「気が変わってもおかしくないですよね?」

「……」

「見てください、ちゃんと狙った場所に当たりましたよ。案外いい銃を使ってるなー、あいつら。これも依頼主とやらから支給されたのかな」

「……」

「あ、あいつまだ立ちますよ。タフですねー。それじゃあ次は、どこを撃ちますか」

「……」

「ふふ、どうですか。また右足。わざと同じ場所にしてみました。これでどうかな。あいつ、まだ逃げるかな?」

「……」

「すごい、まだ動いてます。下等な畜生ほど生命力に優れているって、本当かもしれませんね。それじゃあこれで……どうだ!」

「……」

「あはは、見てください! 足が千切れました、ぽーんって飛んでいきましたよ!」

「……」

「さすがにもう、走れないみたいですね。でも念のため、左足も撃っておきましょうか」

「……」

「ついでですから、両腕もやっちゃいますか。……あ、失敗した。くそー、まだ死なせるつもりはなかったのに」

「……」

「すみません、本当はもっと長く甚振るつもりだったんですが。でも、どうですか。少しは気も晴れましたか?」

「……」

「ね、姉上?」

 ニコラが笑う。鮮血に濡れた顔を歪ませて。その周りには死体の山。私達を襲った暴漢の、その成れの果て。彼らの中でも、すぐに絶命した者はまだしも運が良かった。身体の各所が欠損した複数の遺体。これらは死んでから生じたもの――ではない。生きたままに与えられた傷、あるいは奪われた肉体の一部だ。この、女の子のような顔をした青年の手によって。

「ああ姉上、お可哀そうに。返事もままならぬほどに恐ろしかったのですね。けれど大丈夫ですよ姉上、ニコラがここにおります。あなたのニコラがここにいます」

 ニコラが私を抱きしめる。彼自身の匂いと血の混じった匂いが鼻の奥へと滑り込み、頭をくらくらとさせる。身体が硬直する。

「どうして」

 気圧される。

「どうしてここに……?」

「なんだそんなこと。簡単ですよ、姉上」

 取り囲む男たちの空気に、気圧される。

「監視させていたからです。朝も、昼も、夕も、夜も。ボクは姉上のことを監視していましたから」

 ニコラが私的に従える、彼直属の部下たちの空気に。

「いつ、から」

「もちろん、姉上がこの街に来たその日からですよ。ああだからもちろん、姉上があの香水屋の男の下へ通っていたことも知っています。当然知っています」

 その空気は決して、私に対し友好的なものではなく。

「ふふふ……笑いを堪えるのには苦労しました。だって姉上ってば、あんなにうろたえてしまうんですもの。覚えていますか、ボクがあの店で語った男女のお話」

「不義を、犯した……」

「その通り!」

 疑いようもなく、私は肌で感じ取る。彼らは私の味方ではない。これは――。

「だから姉上、もうおわかりですね?」

 私に現実<運命>を突きつけるための――。

「あなたがどれだけ足掻こうと、あなたは『モラリアム』の“モノ”なんですよ」

 

 ああ姉上……あなたにはやはり、その目こそが相応しい。


 部屋が、変わった。この『オドレウム』における私の宿が、別の場所へと変えられた。そこはこじんまりとしているものの綺麗に片付けられ、掃除も行き届いており、空気も涼やか。上方に小さく開いた窓からは、上空で輝く星々を見上げることもできた。頑丈な作りで、外敵の侵入を拒み、うちに住む者を固く守ってくれる安心感を備えていた。そこは、小さな部屋だった。そこは使われなくなって久しい、人気のない地下牢だった。

 父からの手紙が届いた。ただでさえ悪筆な父の文章が興奮そのままに、解読困難な程度で乱れていた。そこには歓びがしたためられていた。リュドヴィック卿を口説き落としたと。卿はダヴィッドの行方を諦め、私を嫁として迎え入れることを決められたと。ニコラの嫁にすると決められたと。手紙には、そう書かれていた。

 私の滞在期間は、大幅に短縮される運びとなった。

 三日後の帰郷が、決定された。

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