第2章42話 ボーイ・ミーツ・ガール①
意識を取り戻した。なんとなく短い間気絶していたのだとわかったニアは、僅かに痛む頭を軽く抑えた。
生半可な破壊では、自分の身体を滅ぼせないと知っていたニアだったが、流石に岩山の下敷きになればひとたまりもないだろう。
それでも今、目を覚ましたのは、先ほどの落下で頭を打って軽く気を失っていただけだからだ。
少し上にニアが落ちた場所が見えるが、自分の身体の半分が宙に浮いている。ニアは崩れ落ちかけている地面で、右腕と右足が奈落に向かって投げ出されている状態で意識を失っていたのだ。
「―――っ!」
息を吸い込んで出た小さな悲鳴。
死にずらいとはいえ、落下に対する恐怖はある。
ニアは落ちかけていた半身を引っ込ませて、激しく脈打つ心臓を鎮めようとする。
登ろうとすれば、登れるだろう。ニアは自分が落ちてきた場所を見上げてそう思った。
手段はいくらでもある。泥を足場にして、それを押し上げるようにする。あるいは、泥を伸ばし、それを綱のようにして上がっていく。
崩壊がこちらに届く前に、遺跡を脱出しなければいけない。
そうして起き上がろうとしたニアは、自分の足が瓦礫に挟まっていることに気が付いた。
大きな瓦礫ではあるが、ニアがその気になれば難なく退かせれられる瓦礫。足を思い切り引き抜けば、腕で持ち上げれば、『呪い』を使えば、あっという間に解決できる問題。だというのに、ニアはどうしても自分が助かるために行動を起こすことができなかった。
ニアにこびりついた絶望の欠片たちが、これならこれで仕方がないと必要のない諦めを促し、此処が自分の末路だと納得しようとしている。
瓦礫がニアの足を挟んでいなければ、それはそれでなんの憂いも躊躇いもなく、逃げようと思っていたかもしれない。
たった一つの工程が増えてしまった。
そのたった一つが、世界がニアを否定する断固たる証拠として目の前に立ち塞がり、心が委縮してしまったのだ。
崩落の音が近づいている気がする。
死ぬまでに時間をかけて苦しまなくてはいけないかもしれない。死ねないまま、ただこの『呪い』に生かされて誰からも忘れ去られた永遠を虚無のなかで生きなくてはいけないかもしれない。
しかし、どちらだったとしても、もう文句はない。
ああ、あんなに私のために命を張ってくれたのに、言葉を尽くしてくれたのに、自分だけが脱出できなくなったのに、これでよかったと思っている自分がいる。
ありがとう、ごめんなさい、さようなら。
もう一度、目を瞑るニア。
崩落はもう目の前に来ている。
瓦礫と破壊の衝突音。そして、抗いようのない浮遊感。
ああ、落ちていく。
そんな認識の中で誰かが――否、確かにテル声が聞こえた。
「ニアッ!」
ーー・--・--・--
正面の入口を振り返った
「……限界か。ツイてないな」
「くそっ、死ぬほど頭が痛い! けど、こんなことしてる暇はない!」
想像しうる最大の絶不調。気を抜けばそれだけで足の力が抜けてその場に倒れ込んでしまいそうなコンディション。それら全てに全力で目を背け、遺跡の中に駆け込む。
遺跡が完全に崩壊するよりも早く、ニアを見つけ出さなくてはいけない。
ごぅん、という地響きが鳴り響く。遺跡がもう長くは持たないことは明白だ。
「ニア! 返事をしてくれ、ニアっ!」
この呼びかけも地響きで掻き消されている。必死にニアの姿を探すテルは、とにかく走って走って走りまくったその先で、暗闇に浮く眩い純白を見つけた。
「ニアッ!」
テルの声で、ニアの目が開いた。生きてる、助けられる。そんな安堵を感じるまでもなく悟った。
テルがニアを見つけるのは、ほんの僅かに遅かったのだ。
直後、伝播した崩壊が、横になるニアの足場を奪い去り、ニアは奈落に放り出された。
それからテルの思考は研ぎ澄まされていた。
深く暗い
それがわかっていながら、一切の躊躇いもなく奈落へ飛び込んだ。
目を見張るニア。なぜこんな無茶をしたのかと咎めるように鋭くなる視線を向けて、目尻に溜まった涙が落下の速度に負けて宙に浮き上がるように
テルは空気抵抗を受けない姿勢で、落ち行くニアを追い越すと、しばらくしたところでテルの命綱が伸びきり落下が止まった。慣性に打ち付けられ、うめき声とともに少し跳ねる。
奈落に身を投げる直前、大きな石柱と自分の身体に命綱を巻きつけていたテルだったが、洞の深さは全くの未知数だったので、地面に打ち付けられずに済んだのは運が良かったと言わざるを得ない。
テルは視線を上げると、もうニアはすぐのところまで落ちてきている。
反動で振り子のように揺れているテルは、ニアの落下点まで遠い。テルだけではニアを受け止めることができない。
「ニアァッ!」
精一杯の声を出した。ここでこの声が届くなら、二度と声が出せなくてもいい。そんな痛切なテルの思いが、テルとニアの視線と引き合わせた。
涙に顔を濡らしたニアに、テルが叫ぶ。
「手をっ!」
必死に手を伸ばすテル。その手を掴むために、ニアも手を伸ばす。
近くて遠い、洞の中。互いを距離を引っ張りあうように近づいていくのが、緩慢な時間の流れとなって目に映る。
僅かに指の先が触れ合い、それを伝うようにして互いの手を確実に掴んだ。
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