第2章40話 誰が為に剣は踊るか②

「『剣の輪舞曲ソード・オブ・ロンド』」


 テルの詠唱は、無慈悲なる剣の世界を生み出した。

 舞い上がった剣たちは輪を作るように整列し、車輪の如き回転を始める。音もなく一糸乱れぬ演舞は、時計が時を刻むようにも見えるし、太陽と月の順行ようでもある。


 当然その輪転は一つではない。十を超える剣たちの輪は、大小さまざまな大きさがあり、それから幾つも重なり合うさまは、さながら幾何学的な曼荼羅まんだらを彷彿とさせる。


 そして、その身に眠っていた『奥義』が呼び覚まされた。



「『極天運行・剣輪如星空アイネ・クライネ・ナハトムジーク』」



 テル・・が指揮をするように指を振り上げると、剣の輪舞たちは自由に舞い上がり、交差し、自由で、しかし規律的な踊りを見せた。

 各々の剣輪舞は、楽曲に合わせたように宙を舞う。


 天井から床までを、壁から壁までを、精一杯に空間を使った踊りには、砂時計を眺めるような流麗さと鋼の持つ恐ろしさを孕み、人を魅了する躍動があった。


 しかし、その舞踏を前にした者が想起するのは圧倒的な破壊だろう。


 テルが鷹揚な動作で指を振り下ろす。すると、自由な輪舞たちは一斉にノーラントに降りかかった。


「戻れッ! そして、私を守れッ!」


 ノーラントの直感が危険信号を発し、全ての黒泥を呼び戻すと、そのすべてを防御にてた。


 剣の輪舞が降る。


「うぐぅぅ、う”ぅう”う”う”う”ぅぅぅっ!」


 廻る剣が黒泥の壁を確実にえぐり取っていく。歯を食いしばり、足を踏ん張るノーラント。

 

 いままでの直撃を防いで勢いが死んでいた剣たちとは訳が違う。剣の一本一本が役割を果たさんとしているような、魔力の圧がある。


 旋転と奔流を繰り返す魔力の暴力が、旋回する鋼の破壊が、ゆっくりとノーラントを蝕んでいく。

 

「ふ、ふざっ、ふざけるなああぁっ!」


 黒い宝玉に持てる限りの魔力を注ぐ。生み出される泥は破れつつある壁を補強し続けた。

 

 鋼の旋律が、鳴りを潜める。

 剣輪の演舞を防ぎ切ったノーラントが、汗にまみれた顔を上げると、驚愕した。


 今のは数ある剣の輪のうちの一つに過ぎないのだ。



「まて、まて、まてぇぇええっ!」



 テル・・が空いている左手に剣を握り、空を切る。

 すると剣の輪の内の一つが輪を解いて一直線にノーラントに襲い掛かる。そしてそれと同時に別の剣輪舞が舞い上がる。 

 

「やめろぉぉぉぉおおおっっ!!」 


 声を上げたノーラントが、黒泥の壁を放り出し、背を向けて逃げ出す。

 追尾する剣がノーラントの足元に破壊をもたらし、ノーラントが前方に勢いよく吹き飛ぶ。

 尻をついて後ずさるノーラントが蟲の異能を用い、片手から肉壁を作るが、剣たちが削り取る。


「いぎぎいいいぃぃぃいい!」


 蟲の肉も痛覚があるのだろう、ノーラントが悲鳴を上げた。

 ノーラントは無事な左手で宝玉を掲げるも、直後に剣が左肩を切り落とし、宝玉諸共地面に落ちてしまう。

 

「ひぃぃ……ひいぃ……」


 両の手を失い、項垂れて気持の悪い音を立てて呼吸をするノーラントの脳内は、現実を受け止めることができず混沌としていた。



 なぜあの程度のガキに、私が負けるのか。

 私は大義を背負っているのに、

 目先の程度の低い欲求に執着している愚者に私が負ける道理なんてあっていいはずがないのに!


 死にたくない。


 私はいつだって死地を潜り抜けてきた。


 死にたくない。


 いままで死ななかったのは私が正しかったからだ。


 死にたくない。


 ならば、私はなぜ今にも殺されそうになっている? 



 自分の手に剣を握ったテル・・は、決着をつけるために傍観をやめ、自分の足でノーラントに歩み寄ろうとした。


「ひ、ひひひ、いひひひひひひ。ひゃっひゃっひゃっひゃあっ!」


 突然笑いだす気味の悪さにテル・・は思わず歩みを止めてしまう。しかし狂気に犯された目をしているのを見て、テル・・は悟った。間に合わなかった。


「ただでは終わらん、終わらんぞォッ!」


 あの顔をした奴は碌でもない人間の中でも、最も碌でもないことを考えていると相場が決まっている。

 

 直後、撃ち出された剣が、ノーラントの胸と頭と腹部を貫き、壁に打ち付けた。『蟲』の異能のためか、出血はない。しかし、致命傷であるように思える。


「運試しだっ! 私とお前のどちらが正しいか、平等に推し量るとしようじゃないかっ!」


 死に体の口から発せられる、限りなく身勝手でめちゃくちゃ物言い。そしてそれは、さらに自己中心的な行動のトリガーだった。

 ノーラントの周囲の魔力が揺れ動き、テル・・は火魔法の気配を察知する。


 天に身を委ねるように両手を広げ上を見上げるノーラント。逃げ出す気配はなく、ブラフであるような様子もない。

 そんな考えをしていると、地響きのような振動が礼堂を揺らした。


 ああ、なるほど。


 納得がいくのとほとんど同時に、ノーラントの床が崩れ落ち、礼堂の壁が爆発した。

 

 自爆。道ずれ。しかし、ノーラントにとっては生き残るための僅かな希望の光。


 轟音とともに、ノーラントの周囲の壁と天井が崩れ落ちた。地下には空洞があったようで、ノーラントは大量の瓦礫とともに、そのまま底の見えない暗闇へと落ちていく。


 いずれあの崩壊も、こちら側まで伝播するだろう。


 既に奈落に落ちた男のことを思いつつ、テル・・はニアのいる場所まで駆け抜けた。

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