第2章39話 誰が為に剣は踊るか①
「はあ?」
テルの首を掴んでいた腕が、肘の辺りから綺麗な断面で断たれて、ノーラントが間抜けな声を上げた。
切られた腕に首を掴まれていたテルは、そのまま落下して倒れるかと思われたが、なにごともなく地面に着地した。
ノーラントの腕を切り落としたのは、空中に突如として現れた剣だった。空に浮かぶ以外はなんの変哲もないよくある長剣は、役目を終えたというように、瞬く間に消滅した。
「女の前で啖呵を切ったんだ。あまり無様を晒してはいられないだろ」
重みのある声音で、そう口ににしたのは
胸に風穴を開けられたとは思えない流暢な言葉、よく見れば傷からはもう出血がない。それに、茶色よりの黒色だった髪の毛は、どこか鮮やかな赤みを帯びている。そして、前髪を鬱陶しそうにかき上げると、露わになったのは黄色く光る瞳だった。
「まだ手を隠していたのか。小賢しいッ!」
「いいや、真打ちさ」
唾を飛ばして怒りを表し、後退して距離をとるノーラントに、
その不自然なほどに彼が纏う余裕は、正面のノーラントから見ても、後ろで立ちすくむニアから見ても別人のような雰囲気を醸していた。
わずかに身体的な特徴が変わったのもあるし、貫通したはずの胸部の穴が塞がっているのも不思議だった。だが、それよりも纏う風格と魔力の質がさっきとはまるで別物であることが、ノーラント最大の気がかりだった。
虫の息だった敵、その隠し立てしていた切り札の正体を看破せんと思考を繰り広げるが、爆発的な魔力の増加を説明できる答えをいつまでも見つけることができない。
そして、またしても何もないところから剣が現れる。いや、黒い砂から形作られるといったほうが正確だろう。
空中に創り出された二本の大剣は、ノーラントに切っ先を向けて凄まじい速度で射出された。
直後、爆音とともに砂塵が舞う。打ち出す燃料である濃密な魔力は、剣の投射では到底生み出し得ない爆発と破壊を引き起こす。
しかし、砂煙の向こう側にあるシルエットはいまだ健在だ。
「見掛け倒しだな、私にもできる」
吐き捨てるように言うノーラントが苛立たし気に言った。
砂煙を払うその腕は、先ほど
私にもできる。
そう言い放ったノーランドは、その言葉通り指を打ち鳴らすと、何もない地面からゆらゆらと不安定に揺らめく黒いなにかが現れた。
「魔人の真似事さ。数では奴らに及ぶまいが、質は魔獣の比にならんぞ。全てがドールと同等の性能だ」
十を超える黒い物体はやがて野性的な中型の四足歩行の獣のようなフォルムに落ち着いたかと思えば、それらすべてが
突如として自分を囲もうとする『蟲』の獣たちを、
始まりの合図はなかったというのに、両者は同じタイミングで仕掛けた。
一直線にテルに向かう蟲の獣。そしてそこに降り注ぐ無数の
獣はその身を剣に貫かれようとも、その歩みが迷うことはない。しかし、それが五本、十本と数が増えればそうもいかない。
全ての蟲の獣は、敵に牙を食い込ませる前に、息絶えてしまった。腕を
そして、ノーラントの不意打ちも難なく防がれてしまう。
ぎんッ、と硬いもの同士をぶつけあう音がした。
直立姿勢を変えないテルの背後で、剣が魔弾を弾いたのだ。
「……背中に目でもあるのか」
確実に仕留めるべく放った背後からの一撃を、呆気なく防がれたノーラントは悪態をついた。
ノーラントが魔弾として放った黒泥に、使い捨てのものは一つとしてなかった。
一度、打ち出して壁を粉砕するだけだった黒泥。万が一の時に備えた雫たちは、その場で待機状態になっていた。
たった今起きた獣と剣の応報に標的が意識を向けている最中、新しく使命を得た黒泥は魔弾となってテルを背後から打ち抜くはずだった。
自分の機嫌至上主義であるノーラントが、挑発を無視したのは、紛れもなく彼が焦り始めている証拠だと言えよう。
先ほどまでの戦いでテルの周囲にちりばめられた黒泥の雫たちに再び魔力を与えるノーラント。あらゆる方向から発射された魔弾。しかし、それらも
「ちぃっ! 小癪な――― ぐわあっ!」
有効な攻撃がないことに舌打ちをした直後、ノーラントに凄まじい衝撃が降りかかる。
激しい痛みと痺れはすぐさま怒りで上塗りされた。
反撃に出ようと壁を解除したその瞬間、僅かな隙を狙って放たれた剣がノーラントの半身を吹き飛ばした。
「貴様っ、貴様ァァァッ!」
怒りに任せて黒泥を乱射するが、その大半は
怒りに身を任せるノーラントの半身は既に、『蟲』により補修されている。
一見、
嵐のごとき魔弾の雨を、全て払いのける
技を小出しにしたとて、敵の防御を掻い潜るのは難しい。威力、速さとはまた別に策を講じなければならない。
息を吸って、全身に魔力を巡らせると、指の先に熱が集まる。
「『
その魔力の源泉であるテルの背後に舞い上がる黒い粒子。それら全てが結合し、幾つもの剣が創り出されていく。
数は十、百、千を超えた。尋常ではない数の剣は一個の軍隊に与えても有り余るほどに思える。ノーラントにとどめを指すのは、圧倒的物量だった。
そして、
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