第2章37話 切り札

「次はお前だ」


「その程度でいきがるな」 


 テルに剣を向けられてノーラントは、ドールが死んだというのに何事もなかったように口端を釣り上げた。

 

 ノーラントが懐からなにかを取り出すと、僅かな間の後、そこから黒いレーザーを思わせる一撃が飛来する。


 繰り出された魔弾。一度食らったことがあった故に、間一髪回避が成功したが、次もうまくいくとは限らない。


 ノーラントが手にしているのは以前も見た黒い宝玉だ。

 どういう仕組みなのか、黒い宝玉は黒泥を生み出すと、その黒泥は無重力下の雫のように、不定形な形でノーラントの周りの空中に留まった。


 十個目の黒泥の雫が空中に生み出されたとき、テルは手榴弾を投げ込んだ。あのままにしていては、後々良くないことが起こる直感があった。


 しかし手榴弾はノーラントに至る前に、漂っていた黒泥の玉一つが弾丸となり撃ち抜くと、空中で爆破。

 それを合図にするように、漂っていた黒泥がテルに放たれる。


 既にテルは走り出していた。

 泥の弾丸はテルの背後の壁に着弾し、大きな爆発音を立てる。

 このまま狙われ続ければ、直撃することは必至だ。そこでテルは、自分に似せた人形を数体、そしてそれら全てを包み込む煙幕を周囲に撒いた。


 降り注ぐ魔弾。天井が崩れ、壁が砕かれ、床がめくれる。


 九度目の破壊音が鳴り響いたとき、テルは回避行動を辞め、ノーラントに一直線に走り出した。

 ノーラントの攻撃によって生まれた破壊音を、テルは全て数えていた。


 煙を抜けたテル。ノーラントの周囲には浮遊する黒泥はなにもない。


 絶好の好機。


 テルは速度を上げつつナイフを投げつけると、ノーラントはそれを横に跳躍することで躱す。

 テルの望んでいた反応だった。

 もしも、漂う黒泥をカウンターように隠していたなら、おそらく今の迎撃に用いただろう。

 今の一つの行動で、ノーラントにカウンター、あるいは防御の準備がないことと、攻撃に移るには黒い宝玉が黒泥を生み出さなくてはいけないことが確定した。


 テルは、地面をさらに強く蹴り、ノーラントを間合いに入れる。

 想定外のテルの速さに、目を見張るノーラント。


 テルに容赦はない。怒りと憎しみの混ざった剣で、ノーラントを切り上げた。


 がきりっ。と不愉快な音が鳴り響く。テルの剣はノーラントに届くことなく黒泥の障壁によって阻まれていた。

 黒泥の行動の起点である黒い雫を、ノーラントは隠し持っていたのだ。


  誘導された!


 即座に自分が、ノーラントの思惑通りに動いていたことを察したテルの脳に危険信号が走った。

 向こう側に見える冷笑するノーラントの手元には漂う黒泥の雫があり、今にもテルの胸を打ち抜かんとしている。

 

 躱せない。

 体重を剣に乗せた直後であり、テルの全筋肉はまだノーラントに攻撃の意思を向けている。いまさら回避をしようとしても間に合わない。 


 直後、泥の壁を飛び散らせるように爆発が起こった。

 爆風と爆炎に、ノーラントが眉を顰めている。


「自分の敗北を悟っての自爆か。……いや」


 煙が晴れるとともにノーラントは失望を取り消し、再び笑みを浮かべた。


 そこには、半身に大きな火傷を負ったテルが片膝をついてこちらを見据えている。

 

 爆風で魔弾を躱したのか、と納得をしながら、明らかな暴挙にノーラントは噴き出した。


「とんでもない馬鹿がいたものだ!」


 馬鹿と罵るノーラントだったが、ノーラントが想定していたテルに与えるダメージより、軽傷に抑えたテルの選択は間違っていなかったと言えるだろう。

 

 左半身の大火傷、その他多数の裂傷に、左の耳はなにも聞こえない。左目は白くかすんでいて見えにくいのでそのまま瞑っている。

 そんな満身創痍のテルは戦意を失っていない。


 テルはノーラントの射線を避けるために走り出す。今度は更に広い範囲で煙を巻き、視認性をさらに悪くする。

 

「さっきと同じか? 芸がないな」


 ノーラントの挑発は、テルにはほとんど聞こえていない。

 先ほどの煙幕よりも、ノーラントに近い場所にいるテルにとって仕掛ける機会が増えたことになる。

 わかりやすい陽動として、テルは導火線が燃え尽きると爆発する爆弾を足元に置いてその場を走り抜けた。

 

 爆発した瞬間、そちらに意識を向けているノーラントに攻撃を仕掛ける。

 無防備の背中に駆け寄るテル。しかし、泥濘ぬかるみに足を取られ、バランスを崩した。


 いや、おかしい。

 この場所の床は全面大理石だったはずだ。泥濘なんてあるはずが―――。


「そこか」


 ノーラントの声が、煙の中で響くとともにテルの足を魔弾が打ち抜いた。

 テルは、勢いよく転げまわり全身を強く打った。


「くっ……つうぅっ!」 


 痛みに喘ぐテルを見限るように、煙が徐々に散っていく。

 ゆったりと歩み寄る足音がしたかと思うと、ノーラントが嘲笑を浮かべて見下していた。


「さあ、どうした、この程度で終わるつもりか?」


 大げさな身振り手振りをして喋るノーラント。テルは奥歯を噛み締めながら視線を上げると、肺の潰れるような痛みがテルを襲った。

 ノーラントの爪先が、テルの鳩尾にねじ込まれ、肺の中の空気が同時に全て弾けたような感覚で、テルは呼吸ができなくなる。

 

「大言壮語もいいところだ。見るがいいニアの顔を。お前が弱いせいでまたニアは自分を責める。ああ、なんて可哀そうなんだっ!」


 動けないテルがうずくまっているのをいいことに、ノーラントはテルの頭をなんども踏みつけた。

 テルが少しだけ視線をずらすと、ニアが今にも泣きそうな顔でこっちを見ている。


 自分が弱いせいでニアにあんな顔をさせたのかと思うと、テルの胸はぐっと締め付けられるようだった。

 

 でも、仕方のないことなのだ。今この瞬間を作り出すため、確実にこの切り札・・・を命中させるため。

 

 肺の痛みも、打ち抜かれた足の痛みも、全て押し殺したテルが、勢いよく顔をあげた。

 ノーラントはテルが持っているものを目にすると、胡乱な目をした。それからテルになにかしら暴行を加えようとしたのだろうが、テルの動きはそれよりももっと速い。

 だって、人差し指を動かすだけなのだから。


 テルが手にしていたのは、テルの世界にはあり、この異世界には存在しなかった『拳銃』だ。


 ぱんっ。

 

 短く、甲高く、響くような銃声が鳴り響いた。

 限りなくゼロ距離で放たれた銃弾は、真っ直ぐノーラントの胸部を打ち抜き、あっけに取られたノーラントが目を丸くしている。


「俺の、勝ちだ」


 絞り出したようなテルの言葉。その直後、連続して五つの銃弾が、ノーラントの胴体と首と頭に命中した。

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