第2章13話 屈辱的な作戦②

「一つ案があるんだ」


 神妙な顔で持ちかけたカインから、あれほど馬鹿げた策が挙げられるとは、誰も想像がつかなかっただろう。


「奴隷売買をしている連中のアジトに潜入する」


「だからそれができないってさっきも言ってたでしょ」


 セレスは苛立たしさを隠さずに口を挟む。

 

「だから囮を使うんだ」そういってカインは指を立てた。 


「戦争直後の今、人攫いはかなり動きやすい状況のはず。そこで攫われやすい場所にあえて行って、人攫いを待つんだ。うまくいくかかなり怪しいけど」


「あんた、女の私に囮になれっていうの?」


「いいや、セレスじゃない」


 セレスとカインが睨み合うように目を合わせると、同時に視線をテルに向けた。


「は、どういうこと?」


「テルが女装して、囮になるんだ」


 どうしてこんなふざけた言葉を真面目な顔で言えるのか、そのときのテルは不思議で仕方がなかった。


 カインからは、体格なら辛うじて女の振りができ、なによりも異能が潜入に最適であることを熱心に説明され、セレスからはニアと祭りに行くにはもう時間が限られていると、ほとんど脅しをかけられた。



「くっ、つい楽しくなって私の化粧の才能が火を噴いてしまったわ……!」


 頬に手をあててわざとらしい物言いをするセレスとツボに入って碌に会話のできないカインの視線の先にはいたのは、凛として清楚な雰囲気を醸し出す美少女、の姿のテルだった。

 テルに合うサイズの女ものの服装は、意外とどこでも売っていて、すこし着こめば身体の男らしさはなくなり、『オリジン』のカツラをつけてしまえばあっという間に女の子が出来上がった。


「悔しいけど、童顔小顔で想像以上に適性があったのね」


「実際、凄いよ。多分街ですれ違っても気づけないよ」


「……」 


 当のテルは、生きながらにして自分が殺されたような屈辱感と、褒め倒された気分の良さのギャップで倒錯的な思考に陥った結果、


「まあ、仕事のためだし、ニアのためだから仕方ないよね」


 と判断を誤った。


 

 冷静さを取り戻したのは女装した状態で大馬車に乗り込んだときだ。

 セレスとカインは馬で後ろをついてきていたが、一人でその場所に居るだけで心臓が破裂しそうな程緊張していた。


 こんなの絶対成功するはずがないと、挙動不審になっていたが、周囲から怪しまれる気配はない。そのままカインの指示したビトン村にたどり着いた。


 このころには何とか気持ちを持ち直し、それどころかなぜか乗り気になって演技をするための無駄な設定にまで作りだしてしまった。


 しかし、そんなテルの酔狂が功をなしたのか、見事に人攫いに遭い、奴隷商のアジトに潜入したのだった。







「すまん、遅くなった」


「ああ、今終わったところ」


 カインとセレスが、奴隷商の小屋にやってきたとき、テルは子どもたちの拘束を外していた。

 奴隷商と人攫いの三人は、鎖で簀巻きにして地面に転がされている。必要以上に痛めつけることをしなかったのは、怒りよりも子どもの恐怖をいち早く和らげたかったからだ。


 始めはテルのことも恐ろしいもののように怯えていたが、テルが頭に手をのせ「もう大丈夫、すぐに家に帰れるから」と諭すと、怯えていた子どもは少し冷静さを取り戻した。



「さて、お前らは衛兵に突き出すが、その前に聞きたいことがある」


 子ども達を全員馬車に乗せると、三人は尋問を始めた。

 奴隷商の轡を外すと、むせて唾を飛ばし、こちらを睨むように見上げた。

 

「お前、奴隷商だろ。本当のアジトはどこにある」


 カインは立ったまま訊くと、奴隷商は首が疲れたのか見上げるのをやめた。白を切るつもりなのかと思ったが、そうではないようで、視線を外したまま口を開いた。


「コーレルの南東の外れだ。残念だが今は在庫が空だぞ」


 ひねくれたような甲高い声は、目を逸らしているのも相まって真実味がない。これではダメだと思ったのか、カインが無理矢理体を起こして座らせると、奴隷商が「いたた。逃げねえから鎖緩めてくれよ」と愚痴をこぼした。当然取り合わない。


「お前の上もそこにいるのか」


「俺が下請けに見えるか? 俺がトップだ」


 偉そうな事を言うだけあって、指輪や装飾品は金や銀の輝きを放っていたが、あまり上品とは言い難い。


「最近子どもの失踪事件が頻発してる。お前は関わっているのか」


 一番最初に本題を言わなかったのは、向こうに主導権を少しでも持たせないためだろう。奴隷商は問われると、素直に口を開く。


「子どもはよく取り扱っているぞ。でもお生憎、さっきも言った通り在庫は切れている。顧客の情報も全部燃やした」


「人攫いは、こいつら以外に他にいるのか」


「こいつらしか知らない」


「黒い泥のような、水魔法を使う人攫いを知っているか」


「あ? だからこいつらしか知らねえよ。黒い泥なんて聞いたこともねえ」


 嘘はついていなさそうだ。カインもそう思ったのかテルと顔を見合わせて肩を竦める。


「私は上位騎士セレス・アメリッド。今、コーレル地方のシャダ村で発生している黒泥事件とよばれる誘拐事件を調査しています。知っていることがあれば全て話してください」


 一歩前に出たセレスが自分の身分を明かすと、奴隷商は「ちっ、ついてねえな」とこぼし首を振った。


「先も言ったけど、仕入れはこいつらしか頼ってない。騎士殿が調べてるんなら魔獣のしわざなんじゃないのかい?」


「仕入れ先の話は信じましょう。次は販売先の話です」


「だからぁ、顧客の情報は残ってないんだっ、て……」


 奴隷商が言い切る直前で、なにかを思い出したかのように語尾が濁る。


「あーそういえば。在庫の子どもを全員買っていった客がいたなぁ」


 奴隷商の言葉に三人は目を見張る。黒泥が子どもを売っているのではないなら、理由はわからないが子どもを攫って集めていると考えられる。だとすると、奴隷商のいう「子どもを全員買っていった客」は限りなく怪しい。


「あのときは確か一気に四人買って、数が数だから馬車を出してやったんだ。場所は確かシャダ村周辺だったな。辺鄙な場所で他に建物もないような場所だったがな」


 その言葉を聞いて息を飲んだ。瞬く間に、点と点が線になっていき、黒泥の正体に近づいていく。


「それでその客は」


 テルが確信に迫ろうとすると、奴隷商は「いやぁ」と首を傾げた。

 

「子どもを送るのも途中までで建物の場所はわからないし覚えてもいない。当然、あの男がなにものなのかも知らない」


 残念でしたというような嘲笑を浮かべたあとで、「ああでも」と付け足した。

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