第2章14話 凱旋祭二日目

 村の民家が立ち並ぶ賑やかな通りを抜けて少し歩くと、この場所がシャダ村のという名前が与えられているとは思えないほどに何もない草原に出る。

 

 この地域は、土壌が貧しいため農作には適しておらず、魔獣がよく現れるので家畜を育てることにも向いていない。

 どもまでも続いているような一本道は、馬車が通ることもないので道幅が狭く郷愁が押し寄せてくるような静けさだけがある。


 この道の先には、十年以上前の戦争でダメになって人が寄り付かなくなった廃村が一つあるだけなので、この狭い一本道も朽ちて歩きにくくなっていくばかりだった。


 村を出てしばらくあるくと、不自然に立っている家が現れ、ぎょっとした。

 前述したとおり、まったくと言っていいほど人が立ち寄らない地域。だというのに、その家の前で、まるで誰かを待っているかのように人が立っていた。




「ああ、先生。こんにちは」


 セレスはにっこりと笑顔を向けて挨拶をする。「先生」と呼ばれた男は少し困ったようにしてから「どうも」と答えた。


「えっと、あなたは昨日いらっしゃった騎士の方ですよね。一体こんな場所でどうしたんですか」


 そういわれると、笑みを浮かべた薄目で先生を一瞥すると、セレスは答ることなく質問を返した。


「先生こそ、何をしているんですか」


「ええっと、ここが私の家なので」


「へえ、こんな不便な場所に住んでいらしたんですね」


 セレスが手を合わせて大げさに相槌を打ち、「では」と声に出した。すると今までの作り笑顔を剥がし、背すじが凍りそうな視線を向ける。



「どうして生徒と一緒にいるんですか?」



 「先生」と呼ばれていた男が、唾を飲んだのがわかった。

 男と手をつないでここまで歩いてきた少女は、人形のように目を虚ろにしている。


「ねえ、君はどうしてここにいるの?」


 男が口を開くよりも先に、セレスが尋ねる。しかし、少女はなにも反応がない。

 

「か、彼女は、私の友人の子どもで、今日は預かることになっているんです」


 セレスがぴくりと眉を動かした。「へえ、そうですか」


「ところで先生、調査の進展があってそのことを言いに来たんです」


「へ、へえ。そうだったんですね」


「セントコーレル周辺を根城にしていた奴隷商を捕まえました。その奴隷商自身は黒泥とは関係がなかったんですが、少し面白い話を聞けたんです」


「面白い話ですか」


「子どもを大量に買い占めた客がいたそうです。でも、その客、シャダ村で攫った子どもからずっと『助けて、先生』と言われていたらしいんです」


 セレスがそこまで言うと、男は脱力したように顔を落とした。


「あなたでしょ、黒泥」


 セレスの問いに男はなにも答えず、顔を上げることもない。


「あの学校の教師は、全部で三人だけ。まああとの二人も、仲間が監視してるんだけど」


「他に先生と呼ばれる職業もあるでしょう」


「子どもが泣いて縋るような先生はそういくつもないわよ」


 俯いていた男の肩が震えている。「自白する?」とセレスが首を傾けると、そうでないことはすぐにわかった。


 笑っている。肩を揺らして、口元を手で押さえて、笑っている。

 堪えきれず漏れていた笑いは、やがて堰を切ったように高らかな嘲笑に変わった。


「だったらどうしようというんです?」 


 男は白い歯を見せつけるようにして顔をあげた。

 セレスは黙って剣を抜くと、それと同時に男が握っていた子供の手を荒っぽく振り払い、懐から黒い球体を取り出した。

 子どもがそのまま力なく地面に倒れるのに構う素振りはなく、手に持つ球体を前に掲げる。

 セレスは眉をぴくりと動かす。余りにも黒いせいですぐには気づけなかったが、あれは魔石や魔道具といった類の宝玉だ。


「黒泥に一人で挑む蛮勇を後悔するといい」


「ふんっ」


 セレスが機嫌悪そうに鼻を鳴らす。


「上位騎士だって言ってるのに、若い女だからいつも舐められる。……そもそも」


 宝玉に魔力が集まり、邪悪な気配が流れ出す。


「本当に一人で来たと思っているの?」


 蓄積された魔力が放出されるその直前、男が立つ両脇の藪の中から飛び出したのはテルとカインだ。

 セレスの嘘にまんまと騙された男が目を丸くしている。


 カインは倒れた少女を抱え、テルはナイフを投げる。

 男は攻撃態勢をとっさ防御に切り替えて泥の壁を作り出し、ナイフを凌ぐと、真横からの魔力の揺らぎを感知した。


 カインが子どもを抱え、風の刃を練っている。

 夕方の風に舞った葉が、ごうごうと音を鳴らす風の刃に巻き込まれると、一瞬で塵より小さく粉々になった。


 また別の方向では、テルがまたナイフを構えている。

 一方向を防げばもう一方向を防げない。ならば、全身を覆えば良い。

 男に生じた思考の隙間。その刹那の葛藤を見抜いたのはセレスだった。


 テルがナイフを投げるよりも、カインが魔法を放つよりも早く、セレスは男の手と宝玉を諸共真っ二つに切った。




「楽勝だったわね、やっぱりこの間追い詰めたのが功を奏したんだわ」


 腕を組んで胸を張るセレスにテルが頷く。

 

 三人は男を拘束した後、テルが創った台車に簀巻きの先生と呼ばれていた男を乗せてシャダ村までの帰路についていた。


 郊外の男の家には、子ども五人が監禁されていたが、全員健康状態もよく意思疎通もできた。村に着くまで台車に乗るか訊いてみたが、簀巻きの誘拐犯と同情するのは嫌だったのか、全員が歩きを選んだ。


 既に日が暮れて辺りは暗く、セレスがファイアフライを点けて歩き、テルはその後ろを続いている。

 カイン一人で台車を引いているのは、二人が囮作戦の囮をしていたなか一人だけ功績が少ないと、セレスが不満をもらしたからだったが、「女装より全然まし」と肉体労働を引き受けた。


 村に着くと昨日と変わらず祭りの賑やかさがテルたちを迎えた。しかし、昨日の事件が尾を引いてるようで、昼と比べると明らかに人足が少ない。


 その後、男を衛兵に引き渡し、子どもが家に戻るまでを見守ると、一通りの事が済んでしまった。 

  

 

「あぁ、疲れた」


 そういって伸びをするセレス。不意に女性らしい部分が強調されてテルは思わず目を逸らす。


「でも今日のうちに片付いてよかったわね。テルが都合よく攫われたときはなにか冗談かと思ったわ」


 今日は大人しく帰るような口ぶりだが、その手には既に食べ物がある。


「いつの間に買ったんだ」


「だってお腹減ったんだもん」


 セレスが口を尖らすと「べつに怒ってないよ」とカインは笑いをこぼした。カインは購入までの速度感を感心していたらしいが、あの口が発する賛辞が皮肉に聞こえないことは少ない。


 任務を完全に果たした三人は、どこにいくでもなく、なんとなくセレスが食べ終わるのを待っていると、急に空から異音が降ってきた。

 なにかを擦り合わせたような音は、よく聞けば、どことなく雷っぽさを感じる。


「シャダ村の皆様に村民会からのお知らせです」


 「ああ」とテルから声がもれた。これはカルニ地方でも聞いた風魔法を用いた放送だ。聞き覚えのない女性の温度を感じない声に、誰もが視線を空へ向けている。


「子どもを誘拐していた、通称黒泥と呼ばれる犯人が今日夕方に捕まえられました。明日の凱旋祭は予定通り執り行われます。繰り返しお知らせします。――――――」


 ノイズ混じりの声が何度か繰り返される。一度目の話を聞き終えた辺りで村人達は明日も問題なく凱旋祭が開かれることに歓声をあげて、各々おのおのの話を再開した。


「これで明日も心置きなく遊べるわね」


 どれだけ遊べば気が済むんだ、とは思ったもののテルも明日が楽しみだった。

 ニアが自分から遊びに行きたいと話してくれたというのに、祭りが中止になっただなんてあまりにも悲劇だ。


「私、昨日仕事の恰好でいたことを後悔してたの。だから明日は絶対可愛い服着ていく」


「まあ、好きにすればいいんじゃない?」


 力強い決意表明にカインが頷くが「ああっ、しまった!」とセレスが口元を抑えた。


「可愛い服持ってきてなかった!」


「知らないよ、そんなこと」


「あ、たしかに。二人で服を買いにいくのもいいわね」


「こいつ、意思疎通ができないぞ」


 意味もなく肩を掴まれ、強引に揺すられるカインが鬱陶しいとセレスの手を振り払った。


「それじゃあ、明日昼ごろに集合でいい?」


「うん、わかった。また明日ね」


 テルがそう訊くと明るい顔で頷くセレス。


「カインもくるよな」


 視線を向けると、脳を揺すられて顔を青くしているが、目元が少し愉快そうにしているようにも見える。


「せっかくだし、付き合うよ」


 あまり乗り気ではないというようなポーズをとるカイン。テルとセレスは顔を見合わせると、同時に噴き出した。


 テルは手を降って、二人に背を向け「じゃあ、また明日」といってその場を後にした。

 しばらく家に帰るまでの道で、久々に友達に向けるような言葉を口にしたことを思い出して、なんだか照れくなった。


 口元を緩みを直そうと手で頬を触れながら、早足になってニアの待つ家に帰った。

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