第2章6話 墓穴

「さて、どうしたものかなあ」


 テルの呟きはそのまま空に向かって溶けていく。そのうち良案になって落ちてくれればいいなと思うが、そう都合よくは廻らない。

 

 学校でも孤児院でも目新しい話はないまま、時間だけが経過していき、気づけば昼になっていた。このままだと、


「なんのあてもない、成功率の限りなく低い張り込みをするしかなくなってしまう」


 同じような表情のカインが呻くようにひとりごちる。


 決して狭くはないシャダ村内で、いつ現れるかもわからない黒泥を、現れると信じて待ち続けることが、どれだけ無謀なのかは明白だ。


「それに、凱旋祭もあるんだよなあ」


 普段の村なら、夜になれば人は家に帰り、外出することは滅多にない。しかし、今日はちょうど凱旋祭であり、朝から夜まで人が外に出歩いているのだ。


「人目が増えるなら、見張るべき範囲が減るんじゃ」


「黒泥が出てくるならな」


 希望的観測をカインに残酷にも真っ二つにされて、テルがいじけたように縮こまる。


 二、三日の感覚で現れていた黒泥だが、人の目が多いこの期間においては現れない可能性が高いのだ。


「頑張るだけ無駄ってことか」


 テルが項垂れると、カインも同調するようにため息をついた。

 頑張るだけ無駄なことはわかっていても、万が一の時のために頑張らない訳にはいかない。その板挟みに陥っている。


「二人に良いことを教えてあげる」


 萎びていくテルとカインに、腕を組んだセレスが声を掛けた。セレスは「ふっふっふ」と自信ありげな笑みを浮かべている。


「日中はいつも以上に人の目が増えるから、黒泥はきっと現れない」


「まあ、そうだろうね」


 なんで今更そんなことを、と聞き返そうとしたとき、セレスが力強く言い放った。


「つまり、日中は凱旋祭を回れるってことよ!」


「「は?」」


 セレスの言葉で凍り付くテルとカイン。


「凱旋祭、有名だけど来るのは初めてなのよね。露店が沢山出るんでしょ? 何食べようかなあ、揚げ芋もいいしサンドも食べたいし、でもあんまり食べるとデザート食べれなくなっちゃうのよね。悩むなあ、どこに絞ろうか……」


 はしゃぎ始めると、いつまでも自分の思考を垂れ流しにしていそうなセレスに、あっけにとられ、空いた口が塞がらない。


「正気か、こいつ。なんで仕事の前に遊ぼうと思えるんだ」


「あんたたちこそ、なんでお祭りにまるで興味がないのよ。私のほうが不思議だわ」


 逆に呆れたように二人に蔑みの視線を送るセレスだったが、やぶさかでもなさそうなテルの存在に気がついた。


「ほら、テルだって凱旋祭行きたがってるじゃない。誘いたい女の子でもいるの?」


 顎に手を当てて考え事をしているテルに、近づくと肩に手を回す。


 あるわけがないと承知したうえで、そんな揶揄やゆをされたのだろうが、テルは脳裏をニアの顔がかすめ、一瞬表情を硬直させた。そして、一瞬の間をなかったかのように「そんなわけないだろ」とセレスの手を振りほどいた。


 すると、セレスは不意に黙ったかと思うと、ニヤニヤとした邪な視線をテルに向けた。

 案の定、些細な機微は全て拾い取られたのだ。


「ふぅん、なるほどなるほど。素敵な記憶喪失ライフを送ってるじゃない」


「記憶喪失は関係ないだろ」


 逃げるように視線を外すテルの言動は、もはや同意に等しい。そんなテルの自覚に漬け込むようにセレスはテルの肩をしつこく叩いた。


 テルはとしっしっと手を振るい、人を玩具にせんと企てる悪人を追い払おうとするが、セレスはまるで意に介さない。


「鬱陶しいぞ」


「そうは言っても、女の子の意見があったほうが為になるわよ?」


「だからそういうのじゃないって。引き籠り勝がちの子に、少しでも外出してほしいなってだけ!」


 食い下がるセレスを説得させようとして、言い捨てるように事情を話す。すると、追及の手が止まり、胸を撫で下ろしかけるが、セレスの反応が少しおかしい。


「あ……」


 そして、口を滑らせたことを自覚した。

 記憶喪失天涯孤独のテルが、家に引き籠っていることを知っている女の子。そこまで出そろえば、たどり着く結論は一つだ。


「あんた、女の子と一緒に暮らしてるの!?」


 セレスは茫然としていたかと思うと、色を変えて詰め寄る。テルは両手を前に出して抑えようとするが、イノシシのような勢いは増し続けている。


「いや、これには事情が―――」


 カインに助けを求めようと視線を送ると、カインはなにか思いついたような善良さに欠けた笑いを浮かべる。


「テルは二人暮らしなのに手を出したりしないから、あんまりいじめないでやってくれ」


「おまえっ、余計なことを言うなっ!」


「二人暮らし!?!?」


 援護射撃に見せかけた裏切りでセレスの顔がさらに赤くなる。


「あんたそんな冴えない顔しておいて……、とんでもない変態だわ」


「まてまてまて、だから事情が―――」


「カイン、夕方までどうせ暇でしょ。こいつの家まで案内して。問題がありそうだったら騎士としてテルを叩き斬るわ」


「村の北側の外れにある家だよ。俺は面倒だから、あとから合流する」


 夕方から黒泥の捜索を始めることだけは決まっていたので、カインは早々に離脱を表明した。


「待て、置いてくな!」


 火の粉を撒けるだけ撒いたカインはテルの制止も聞かず、その場を後にしようとするので、服を掴もうと手を伸ばす。しかし、そんなテルの首根っこはセレスに掴まれてしまう。


「諦めてお縄につきなさい」


「悪いことなんてしてない、って力強っ!?」


 振り払おうとしてもびくともしないセレスの腕に引きずられて、テルはなすすべもなく家に連行されるのだった。

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