第2章5話 聞き込み
子どもを攫う魔獣、『黒泥』。それを追う三人は、大した方針も決まらぬまま、資料以外の情報を何も持っていないことに気づき、色々な場所に行って情報を集めることにした。
攫われる子供になにか共通点があれば、予測が立てやすいと言うカインの案で、テルたちは学校に訪れていた。
この世界にも教育施設があり、初歩的な読み書きと計算などを習う、小学校に近い施設のようだ。
のっぺりとした背の低い横長の建物と、遊具もなにもない庭のある学校は、どこか懐かしさを感じさせた。
「ええ、そのような話はよく存じております」
神妙な顔で答えた中肉中背で中年の男がこの学校の教師だ。髪を中央で分けて清潔感があるが、猫背のせいで背が小さく見える。
最初、テル達が学校に来たときは、怪訝な顔をして出迎えられたが、セレスが上位騎士の騎士証を見せると、納得したようにすぐに中に通してくれた。
この学校の子どもが攫われたなら、厳しい対応を取ることも自然なことに思える。
校庭では、子どもたちがボールを蹴って遊んでいるのが見えた。中には、テルが顔を知っている子供もちらほらいた。シャダ村に住む子供が皆ここに通っているのかもしれない。
「ここに通う子どもの中にも、行方が分からなくなった子が?」
客室と思われる部屋の椅子に座り、教師からお茶が出されると、カインは質問を投げかけた。
「ええ、三人です」
弱々しく言う教師は、目に涙を浮かべている。
「現在は子どもを極力一人にさせないよう、行き帰りも教師が付き添いをしていますが、そんな状況でも昨日一人の児童が失踪しました」
「その子どもに変わった様子はありませんでしたか? その周囲の異変でもいい。なにか手掛かりになりそうなことはありませんか?」
悲痛の表情の教師にカインは質問を続けると、自分の無力を嘆くように首を横に振る。
「騎士さん、なにか黒泥の手掛かりはあるんですか?」
「いえ、今のところ残念ながら」
「そうですか」
あっさりとした猫背の教師の言葉は、初めから期待していなかったような諦念が伺えた。
「そういえば、ここにくる前に孤児院に言って話を聞かせてもらおうと思ったんですけど……」
「ああ、彼ですか……」
テルが別の話題を出すと、教師は頭を抱えるようにしており、テルたちが頭に思い浮かべている人物と同じであろうことがわかった。
「はい、何の話も聞けないまま追い出されました」
それは、ほんの数刻まえのことだ。
テルたちは手掛かりを少しでも得るために、孤児を預かっている教会に訪れた。
「教会に入るなんていつぶりだったかしら」とセレスは親しみを感じて独り言を口にしており、カインもどこか慣れたようだった。
この世界は共通して信じられている『シュトラ教』は、テルの思っている以上に人々の生活に根差していた。
結婚や葬儀、子供の誕生など、様々な機会で教会を訪れる機会があり、教会に訪れる大抵の人は親しみを感じ、テルのようによそよそしい者は極めて少ない。
実際の教会は、テルが想像するものではなく、三つの高い煙突がどこか神秘的な、しかし飾り気のない建物だ。なかにはいると、長椅子が並ぶ、広いだけの質素な空間が広がっていた。
司祭も建物と同じような清潔そうな黒い服を来ており、大きく高い鼻と眉間の皺が特徴的な男性だった。
「申し訳ないが、役に立てるようなことは何も知らない」
玄関先で、自己紹介と目的を話したテル達に、開口一番言い放ったのはそんな厳しい言葉だった。
ぎろりと鋭い視線を向けられたテルは、その迫力に引き下がりそうになる。
「何でもいいんです。どんな子供が攫われたのか、変わった様子はなかったか、ほんの些細なことでも構いません」
けんもほろろな司祭に、なんとか引き下がるまいとするテル。しかし司祭からは、機嫌の悪そうな声が冷淡に発せられるだけだった。
「うちで預かる子どもに、攫われた子はいないので答えられることはない。予定があるのでお引き取り願います」
あっけなく閉められた扉と肩を落とした自分の記憶が蘇り、テルはむかむかとした気持ちに蓋をする。
「そうでしたか」と同情的な言葉を返してはいるが、その反応には感情の波に大した変化も見られず、代わりにやっぱりかという諦念に近いものがあった。
「子どもの送り迎えを行っていますが、いかんせん人手が足りず、色々な方に協力を呼び掛けました。そのときにも司祭殿にも声をかけたのですが、きっぱりと断られてしまいました」
「決して愚痴とかではないんですが」と教師が伏し目がちに前置きをして続ける。
「非協力的といいますか、好んで人と関わろうとはしない傾向は以前から感じていました」
「後ろめたいことがあるのよ」
「安直すぎだよ」
セレスとカインのやり取りに教師は苦笑するが、肯定も否定もしなかった。
結局、なんの足懸りも得られないまま三人は学校を後にした。
教師は最後まで攫われた子どもを心配しており、テルたちに「子どもたちをよろしくお願いします」と何度も頭を下げていた。
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