第2章4話 作戦会議

 翌朝のシャダ村、ニアに「今日は帰れないかもしれないから夕飯は一人で食べていて」と置手紙を残し、テルは出かけた。

 むすっとしたカインと合流し、シャダ村内の待ち合わせ場所に向かう。

 昨日と同じ集合場所に到着すると、時間通りに集まるセレスを見かけて安堵の息をもらした。具体的にはカインがこれ以上機嫌を悪くしないですむことに安心した。


 シャナレアはちょうどセントコーレルとシャダ村を往復する馬車から降りたようで「おとといからずっと馬車に乗りっぱなしで疲れたあ」と大声で独り言を言っている。


「よかった時間通りに来てくれて」


「宿のベッドが硬くて二度寝する気にもなれなかったからね」


 長い髪を撫でつけるセレスに、ベッドが柔らかかったらまた遅刻していたのか、とはあえて訊かない。


「今度こそ作戦会議をしよう」




『黒泥』


 それがテル達に討伐を任された魔獣の通称だった。

戦争が終わった直後、シャダ村周辺のみで黒泥の被害が出るようになり、目撃された外見は名前の通り、全身を黒い泥のような流動体で覆っているという、なんとも不気味な魔獣だ。


 しかし、何よりも注目すべきは、黒泥の取る行動だった。



人攫ひとさらい、それも子供だけを狙うだなんて、普通の魔獣じゃ考えられないわよね」


 セレスの言葉に、テルとカインは同意を示すように首を縦に振る。


 魔獣という歪な生物は人を襲い殺すことに執着する、というのが世間一般の見解である。例外が全くないという訳ではないが、常識的に考えれば、魔獣の誘拐事件に見せかけた人による誘拐事件、と考えるのが妥当だろう。


 テルは騎士庁舎で貰った資料をぱらぱらと捲る。


 黒泥と関わっているとされる失踪者の数は五人。それら全てシャダ村の身寄りのある子どもなので、他の村や戦争での孤児のことを考えると、被害者はもっと多いかもしれない。


そして、気になるのは村人の目撃情報だ。

数日前の夕方頃のことだ。ある若い男が、全身を黒い泥のような液体で覆った何者かが、子供と手を繋いで歩いているのを目にした。不審に思った若い男は後をつけたが、次第に眩暈や立ち眩みを起こし、気づけばその後姿を見失っていたというのだ。


「白昼堂々の犯行って訳か……」


 カインが顎に手を当てて言うと、セレスが愚痴るように口を挟む。


「うーん、こんなのやっぱり上位騎士じゃなくて衛兵に振られるべき仕事でしょ」


 魔獣でないなら、騎士よりも衛兵が捜査した方がよっぽど効率がいい。これが人の起こした事件だと半ば決めつけているセレスは、不満そうに唇を尖らせた。


 それはそうかもしれない、と思いつつも「全身を黒い泥のような液体で覆った」という記述がテルには少し気にかかった。


「ここはどう思う?」


「水魔法って考えるのが妥当だろうね」


「でも、眩暈を起こしたって言ってるぞ」


 カインの判断にテルが疑問を投げかけると、首を振って冷静に否定される。


「優れた水魔法は毒も扱えるんだ」


「風魔法が遠くに言葉を届けるみたいに?」


 その通り、とカインが頷く。

 毒と水と言われれば、毒とは真逆の印象を受けるものだが、生存に必要不可欠な水を腐らせれば、それは紛れもない毒なのだ。

 魔法はテルが思っているよりも応用が効くことに、感心するように唸った。


「他の魔法も応用が効く?」


「土魔法は建築や農業にも使われるし、高名な魔法使いはただの土を鉄や金に変えたらしい」


「おお、錬金術みたいな感じか」


 そう相槌をうちつつ、見かける建物のほとんどが石造りだったことを思い出した。それに、大半が砂漠で覆われているこの世界において、木材はきっと貴重なはずだ。

 

「でも、火魔法は物を壊すことしかできない。単調で頭が悪い」


「へ、へえ……」


「あんた、私怨が混じってない?」


 カインが謎に火魔法への恨みを垣間見せたが、テルはそれを鵜呑みにする前に、セレスが冷静に両断した。


 あまり無知な人間に偏った話をするもんじゃないぞ、と苦笑いを浮かべつつ、テルは話を整理する。


「そうなると、なおさら人間の仕業って線が濃くなるな」


 テルの呟きに、二人が揃って浮かない顔で頷く。

 三人には単純な同意ではなく、そうであってくれという懇願も少なからずあった。


 誰も口には出さなかったが、もし、この事件が本当に魔獣の仕業なら、それは通常の魔獣の行動パターンから外れた個体で、その背後には魔人が関与している可能性が高まるということだ。


「目撃情報は一つしかないけど、子どもを攫う時間は夕方前後ってところだろうね」


 昼間なら目立ちすぎるし、夜だと子どもが出歩かない。消去法で黒泥が動く時間は日が沈み始める頃だろう。

 しかしセレスがそこに疑問を投げかけた。


「でも今日から『凱旋祭』でしょ、夜も人が出歩くのに黒泥が出るの?」


「凱旋祭?」


 聞きなれない単語に疑問符を浮かべると、セレスが訝しむような顔をした。


「昨日も思ったけど、あんたってかなり抜けてるわよね」


「あー、それは」


 テルが語気を弱めながら、どうしようという視線をカインに送ると、肩を竦めている。

 なんとなく異世界に馴染んでいる気持ちになっていたのはテルの勘違いであったと、戒めのように思いながらしぶしぶ口を開いた。




「記憶喪失って、冗談でしょ?」


 面食らったセレスが「どうやって生きてきたのよ」とじろじろとした視線を飛ばす。


「助けてくれた人がいたんだ」


「ふーん、本当にあるのね。そんな話」


 セレスの興味津々な視線に応じるのが面倒なので、「それで凱旋祭ってなに?」とテルは話を挿げ替える。


「凱旋祭は、戦争のあとに三日間開かれる祭りだよ。生き残れたことを互いに祝うんだ」


「……ああ、なるほど」


 カインの説明に、思わず声が詰まるテル。するとセレスは絶妙な機微を察知し二人の顔を順番に見る。


「身近な人が死んだの?」


「遠慮しないんだな」


 セレスのあけすけな物言い。カイン失笑は、遠回しな肯定だった。


 凱旋祭。

多くの人が戦い、少なからず死んだ人がいる。いやそれゆえに戦争に勝利したのだから、そんな催しがあるのもおかしなことではないのだろう。しかし、運良く生き残っただけの自分には縁の遠いものに思えて、テルは頬を硬くした。

 しかし、そんなことはお構いなしと言わんばかりに、セレスがテーブルに乗り出すと指をテルに突き出す。


「だったらなおさら飲んで騒ぐべきよ。死者を弔うのも凱旋祭の側面だもの」


「……そうなのかな」


「それともその死んだ人は、いつまでも悲しんでいて貰いたがるような陰気な人だったの?」


 人によっては侮辱に捉えられそうな言葉だが、間違ったことは言っていないし、テルはその通りだと思った。


「まあ、鬱陶しがられるだろうね」


 苦笑するカインに同意しつつ、テルは脳裏にニアの顔が浮かんだ。


 塞ぎこむニアを連れ出すことが出来れば、なにかいいきっかけになるんじゃないかと縋るような思いが湧く。

 なんのきっかけなのかは、テルにもわからないが。


「たしかに、それもいいかもな」


 小さくテルが呟いた。

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