第1章45話 間違った旅路の果て
直前まで雨が降っていたので、地面も建物も全てが湿っているようだった。
二人目の魔人の出現と、リベリオの善戦をもって魔獣たちに侵攻は収まった。幾度とこんな戦いを乗り越えてきた騎士たちの戦死者はさほど多くない。しかし、いない訳ではない。
テルはリベリオの葬儀に来ていた。
会場はシャダ村の外れの小さな教会のような施設だった。
テルとニアはほとんど段取りなんて出来るわけもなく、騎士庁がほとんどのことを取り仕切っていて、唐突に日時と場所が伝えられた。
葬儀はテルが思っているよりもこじんまりとしていた。村で関りがあったという、知っている顔から全く知らない人の二十人余りの集まりだった。
隣にいるニアのほうに目をやると、いつもと同じように無表情で、司祭の言葉に耳を傾けている。
ニアにリベリオの死を伝えたあの日以降、二人はまったく言葉を交わさなかった。テルは何を話せばいいかわからなかったし、相変わらずニアは何を考えているかわからなかった。そもそも口を聞かない状況は珍しいことではなかったはずったが、テルは自分が憎まれているような気がしてならなかった。
「最期のお別れを伝えてください」
この世界でも死者を
参列者たちは棺の中を覗き込むと悲痛な顔で花を添え、胸の前で両手を握って目を閉じた。
テルはこういう所作を知らなかった。カインに聞けばきっと教えてくれるだろうが、なんとなく気が引けて、周りの見よう見まねで祈った。
その後、火葬まで少し時間が空いた。テルは誰かと同じ場所に居合わせるのが億劫になり、何気なくその場を離れた。
曇り空の下、濡れた道を少し歩くと、どこに続いているのかわからない階段を見つけた。両脇には緑が生い茂り、それらが雨を防いだのか階段に濡れていない場所があったので腰を下ろしていた。
「探したよ」
しばらくしてテルに声をかけたのはシャナレアだ。以前あったときも喪服のような黒い服だが、今日はその時以上に沈んだ雰囲気がある。
テルは声を掛けられる理由が見当たらない訳ではなかったが、思い浮かぶのは悪い物ばかりだった。
「何か用ですか」
露骨に嫌そうな顔をしてテルは言った。
「所長として君に話があってわざわざ馳せ参じたのさ。あれっきりだったからね」
あれっきり、というのはおそらくシャナレアがテルとカインに無茶振りをしたときの話だろう。
「お説教ですか、任務を果たせなかったことの」
「そうして欲しいならそうするけど」
シャナレアの言葉にテルは少しムッとした。意地悪を言ったシャナレアは「冗談だよ」と
「説教をしに来たんじゃない。謝罪しにきたの」
テルは座ったまま、目の前のシャナレアを見上げた。シャナレアの淡い色の髪がはらはらと風に舞う。
「これは余計なお世話かもしれないから、聞き流しても構わない」
そう前置きをしてシャナレアは何もないほうを見て、独り言のように告げる。
「私は魔法であの場の出来事をかなり詳細に把握していた。だから断言できる。あのとき君が戦場から離れた判断は間違っていない。君は君なりの最善を尽くした」
「あの程度が最善だったんです」
「あの時はイレギュラーが多すぎた。責任を追及するなら、君から二人目の魔人の話を聞いておいて重要でないと切り捨てた私の責任」
飄々と話すシャナレア。その声音とは反対に、爪が食い込んで血が出そうなほど手を握りしめている。
「私がリベリオを死なせた。ごめんなさい」
シャナレアはそう言って頭を下げた。声に潜む震えを隠しきれていなかった。
リベリオが死んだことを、自分の中でシャナレアのせいにしようとしなかった、と言えば嘘になる。しかし、そんなものは無意味な八つ当たりで、悪いのは全て魔人だ。行き場のない怒りを手に届く場所に置こうとしたのは、間違いなくテルの弱さだった。
「俺より謝るべき人がいますよ。それほど付き合いが長いわけじゃない」
だから、テルは謝罪を真っすぐに受け入れることができなかった。それと同時に、脳裏に浮かんだのはやはりニアのことだった。
「いろんな人に謝って回らなきゃいけないことには同意するけど、人に対する思いの大きさは時間じゃないよ」
「……」
「リベリオは、君とあの少女のことを随分気にかけていたよ」
どう返せばいいのかわからずに、テルは俯いて黙り込むと、シャナレアも一緒になって口を閉ざした。
風が吹くと、草木が擦れあう音がして、落ちずにいた雨粒がテルの上に降りかかった。
濡れた階段を踏みしめる足音がする。視線を上げるとそこには見知らぬ男がいた。
おそらく壮年の男は金髪で、顔は目鼻立ちがはっきりしているが、表情には覇気がない。背はリベリオ程に高いが、ずっと華奢な印象を受ける。
「これはこれは、お久しぶりです。テル君も人気だね」
シャナレアは正面の人物に挨拶をすると、テルに目くばせをした。
「シャナレアさんがどうしてここに」
金髪の男は不思議そうな顔をする。
「ちょっとした話を。あなたも彼に用があるのでしょう?」
どこかいい加減さを感じる言葉で返すシャナレア。問われた男は首肯した。
「あ、あの……」
向こうはこちらに用事があるのに、こちらは向こうを知らない。困惑したテルの様子にシャナレアが気づくと、「ああ、君は記憶喪失だったね」と納得がいったような物言いをし、男に視線を向けた。
「こちらはシス・フューリズ殿。特位騎士にして、この国で騎士の頂点に立つお方だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます