第1章44話 終戦③

※ ※ ※




「意味が分からない」


「なんだって?」


 息を切らしたリベリオの言葉に、クォーツが聞き返した。


「魔人が二人いたのはまあ置いておくとして、今回の戦争の狙いが見えない。絶好の機会だろうにどうしてこんなに中途半端なんだ」


「いまさら情報収集?」


「まあな」


 嘲笑を隠そうとしないクォーツに、吐き捨てるようにリベリオは言う。


「母胎樹を殺した直後のあの棘は毒なんだろ、もう立っているのがやっとだ」


 重いものが土を深くを抉り、突き刺さる音。きっとリベリオが大剣を地面に差したのだろう。

 リベリオの言葉を聞いたクォーツは噴き出した。


「なあんだ。ちゃんと効いてたのか。耐性でもあるのかと思って焦ったよ」


「心にもないことを言いやがって。ただの瘦せ我慢だ」


「ふぅん。それで冥途の土産って訳か」


 クォーツはなにか考えるような沈黙のあとで「まあいいか」と慈悲を感じさせるような、言ってしまえば、あざとさをまとった言い方をした。


「単純な話だ。私たちの狙いは初めからリベリオ・キースエルの殺害だけだよ」


「なに?」


「自分で言っていただろう。獣の魔人は弱いから自分では戦わない。もし魔人を討伐するチャンスがあれば、ソニレは血眼で魔人の首をとりにいく。だからティヴァを囮にしたんだ。特位二名が不在だなんて絶好の機会だし、利用しない手はないでしょ?」


「だからテルを追わなかったのか」


「それはティヴァの仕事だった。の地雷がなにかわからないし、私は触らないに越したことはない」


 クォーツはテルに興味がない訳ではなさそうだが、口ぶりはどこか淡白だ。


「それにしても、君は酷い師匠だね」


「なに?」


「『頼られて自分が浮かび上がる』、だったかな?」


「……」


「彼は残りの人生をリベリオ・キースエルの呪縛のために浪費することになるんだ。これほど残酷な話はなかなかない」


 テルと面識があるようなクォーツの口振りから、どこかでそんな話をしたのだろう。そう判断したリベリオは表情を変えない。


「よりによってずっと人の影に踊らされていたリベリオ・キースエルが、よくもまあこんな台詞を吐けたものだね」


 クォーツの明確な挑発。誰も立ち入ることを許さない聖域を魔人は土足で踏みにじった。

 しかしリベリオは声を荒げることはしなかった。それどころか、小さく漏らすように笑った。


「あいつはこんな半人前の言葉をそんなに重く受け止めてくれてたのか」


 予想外の神妙なリベリオの声に、クォーツが「はあ?」と拍子抜けしたように声をこぼした。


「まだまだ教えたいことがあったんだ。他人に惑わされるなって、俺の口から言ってやりたかった」


 独白を終えるとリベリオは大剣を持ち上げた。重い鉄の固まりが空を切る音を鳴り響かせる。


「やっぱり全然動けるんだ」


 リベリオの心を折ることに失敗し、機嫌を損ねた魔人が言う。


「いつ俺が諦めると言ったよ」


「嘘つきめ」


 周りの温度を奪うようなクォーツの声と同時に、魔獣が唸り声を上げて現れる。

 鉄が肉を裂き、骨を断ち、血をまき散らす音と断末魔。


「やっぱり動きは鈍い」


 クォーツの言葉にリベリオは息を飲んだ。


「楽に殺されたほうがいいんじゃない」


「最期くらい誇れる父親でありたいだけさ」



※ ※ ※



 耳に当てた緑色に発行する魔石を静かにポケットにしまう。

 音を貯え、風の魔石に閉じ込める。彼女を除いてこれほどの芸当ができる人間がこの世にどれほどいるだろうか。


 自分以外を全員追い出した安置室で、棺の傍らに立っていたシャナレアは指を伸ばして、横たわる人の頬に触れた。驚くほどに硬く冷たかった。

 何事もなかったように起き上がり、また声をかけてくれるのではないか、死人の感触はそんな期待は粉々に砕いた。


 恐ろしくなって思わず手を引いた。あれほど触れたかったのに、また手を伸ばすのに勇気がいるだなんて、こんな悲しい話はないだろう。


―――私は君のために生きてるんだから。


 過去にリベリオに幾度となく言った言葉。この言葉に嘘はない。


 もうすべてがどうでもよくて、仕事も何も投げ捨てて、この国が滅びようと構わない。そんな気持ちは膨れ上がる一方で、別のものが頭を過り破滅願望を抑えつけた。


 大切な人の大切なもの。


 リベリオは良き師であろうとしたし、良き父でありたいと思っていた。その感情が自分に向かないことに妬ましく思うこともあった。


 そんなリベリオが平凡な幸せを与えたがっていた子供たちの顔が頭から離れない。


「全く、とんだ置き土産だ」


 自嘲するようにいうと、シャナレアは愛した人と唇を重ねて、部屋を後にした。

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