第1章43話 終戦②
リベリオの頼みを受けたテルが、森の中を走り続けている。空には厚い雲がかかり、薄暗かった木々の影が、さらにその闇の深みを増していた。
走り初めて半刻ほど経ったとき、テルは大勢の足音が聞こえた。人の話し声や、鉄のぶつかる音からしてリベリオの言っていた兵の行軍だろうと茂みから顔を覗かせると、予想通り、二十人ほどの騎士が列を作っていた。
「向こうでリベリオと魔人が戦っているんだ」
テルは急いで駆け寄り、まくしたてるようにいった。だが、騎士はなぜか目を逸らした。
騎士の判然としない態度にテルは疑問よりも苛立ちが勝った。
「なにぼおっとしてるんだよ、今リベリオが必死に戦ってるんだぞ!」
胸倉を掴んで声を荒げるテル。しかし騎士は目を合わせようとしない。それだけでなく周りの騎士も同じく気まずそうに視線をこちらに向けようとしない。テルの胸の中らに黒い靄が立ち込めた。
重苦しく視線を上げた騎士と目が合うと、低い声で言った。
「リベリオ殿は戦死なされた」
僅かな間、時間が止まったかのように周囲から音が消えた。
「は? なにを言って……」
「先刻、所長からの報告を受けた」
「いや、だっておかしいだろ。俺はさっきまでリベリオと一緒にいたんだぞ。なんでそんなことがわかるんだよ!」
「所長は優れた風魔法の使い手だ。遠く離れた人の位置を把握し、交信することが出来る」
「そん、な……」
「局長はその耳でリベリオ殿の死を確認し、その地点に向かうよう我々は指示を受けた」
そんな馬鹿な。そんな言葉が口からこぼれようとしたのと同時に頭の中でいろいろな疑問が線で繋がっていく。どうしてリベリオはテルとカインが戦争に参加したことを知ったのか、どうして母胎樹の位置を知っていてテルを助けにこれたのか。
単純な話だ。シャナレアはテルとカインと別れてから、ずっとこちらの動向を把握していて、それをリベリオに伝えたのだ。
「君も一緒に来い」
騎士が放心するテルの肩に手を置いた。テルは微かに首を動かした。
魔獣の残骸である石灰の粉が辺りを舞っていて、雪景色のようだった。そんな中で、大地に突き立てた大剣と、それに体重を預けるようにして立つリベリオの姿があった。
最後まで膝を地に着けず、勝利を手にしたのはリベリオだ。見れば誰もがそう思うだろう。しかし、その景色の中に生者は誰もいない。
「なんと勇ましい死に様か」
「本当に偉大な騎士であった」
あちらこちらからそんな声が漏れ出た。この国には戦士は戦いの中で死ぬべきだというような精神があるのかもしれない。普段のテルであれば、神経を逆撫でされていただろうが、いまはただその場で立ちすくんでいた。
騎士たちが土魔法で作った棺にリベリオを収めると、リベリオは急に小さくなったように見え、この死体は作り物で本物は死んでいない、と心のどこかが喚いているような気がした。
その場から去っていく騎士たち。しかし、テルの足は動かなかった。ほとんどが切り上げて、最後に残った騎士がテルを気にかけて「ここはまだ魔獣がでるぞ」と言った。
「ああ、うん……はい」
気のない返事をすると、とぼとぼとその騎士について行って町に帰った。
町に着いたとき、風魔法による放送で、戦争が終わったことが知らされていた。人々は軽い足取りで街をあるき、失われずにすんだ日常を謳歌していた。
初めにあったのはカインだった。病室を訪れると大部屋に十人ほど怪我人が詰め込まれており、カインはそんななかでベッドに横になっていた。
カインがテルに気づくと、驚いたようになり、悲しそうに目を逸らしたかと思うと、また向き直ってぎこちなく笑った。
テルは、カインはリベリオが死んだことを知っているのだと思った。
カインは腕を固定され、ぐるぐる巻きになった足を吊るされていた。見るからに重傷だが、それくらいで済んでよかったなと思ったし、実際そう口にした。
カインは怒ることなく苦笑した。
「テルが死ななくてよかったよ」
「ああ、うん」
大蛇に飲み込まれ、カインはもう助からないと思っていた。ボロボロとは言え、再会できたので気の利いた冗談でも言えればよかったが、お互いにそれ以上の言葉が続かなかった。
騎士たちの検死のようなものに成り行きで立ち会っていたテルは、大雑把な死因は知っていた。
致命傷にあたる外傷は見当たらないこと。右足が濃い紫色に腫れており、目や耳から出血していたことから、死因は毒だと判断され、リベリオは毒で苦しんで死んだのが確定的になった。
毒の出所になった傷には覚えがあった。自分を逃がした時には既に体を侵されていたのだ。死を悟ったうえで、テルを逃がすために嘘を吐いたのだろう。そう思うとやりきれない気持ちで胸がいっぱいになった。
カインと別れ、家に帰るまで、町を彷徨った。それは、あまり家に帰りたくなかったからで、リベリオの帰りを待つニアにどうやってリベリオの死を説明すればいいかわからなかったからだ。
結局帰ったのは、日が沈む直前になった。その間考え続けていたが、ついぞ答えは見つからなかった。
「ただいま」
「おかえり」
ドアを開けた時に、寄り道をして帰ったことを後悔した。テーブルには既に食事が三人分用意されてあった。 放送を聞いて、夜は皆が帰ってくると思っていたのだろう。
酷く胸が苦しくなり、その場で何も言わずに立ち尽くしてしまった。ニアは心配そう近寄ると首を傾げた。
「どこか、痛むの?」
「いや、そうじゃないんだ」
怪我も痛みもあったが、そんなことはまるで気にも止めていなかった。頭のなかでは「リベリオの死」をどう伝えるかをずっと悩んでいた。だが、そんなものが無駄であることは明白だった。ニアが悲しまない方法をいくら探しても、そんなものは存在しないのだから。
「リベリオが、死んだ」
結局出てきたのは、そんな言葉だった。
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