第1章42話 終戦①

「二人目の魔人……、姉妹だと?」


 リベリオが呟いて大剣を卵樹から引き抜き、正面に向けた。クォーツは手を後ろで組んで、いまに鼻歌を歌いだしそうな緊張感のなさに対して、リベリオはさっきよりもずっと深刻な表情だ。


「『契約』だかなんだか知らないが、魔人を名乗れば冗談じゃ済まないことくらいわかっているんだろうな」


「さあ? 人前に姿を見せたのは久しいからねぇ、一体なにをされてしまうんだろう」


 揶揄うような熱っぽい口ぶりにリベリオは額に深い皺を浮かべた。


「ああ怖い怖い。私はただ姉として妹を迎えに来ただけなのに。可哀そうで可愛い妹を、ね」


 クォーツはリベリオの奥にいるティヴァを見ると、ティヴァは声に答えるように精一杯に首を伸ばす。


「お、ねえ……様」


「ああ、お姉さまだよ、ティヴァ。可哀そうに、芋虫のようになっちゃって。帰ったらお姉さまが新しい腕と足を作ってあげるね」


「は、はい! ありがとうございます!」


 ティヴァは手足を失った状態は変わっていないのに、どうしてあんな希望に満ちた目が出来るのか、テルは不気味なものを目の当たりにしている気分になる。


 リベリオが立ち塞がるなか、クォーツが指をならすと何もない空間から巨大な鳥が出現して、リベリオを上手に避けるとティヴァを鷲掴みにした。


「しまった!」


 テルは声を上げ、ナイフを作り投げるが、あっという間にどうやっても届かないほど距離を離されてしまう。


 いったいどうしてクォーツが『獣の異能』を使っているのか困惑するテルに対し悠長なクォーツはティヴァが消えていった空に目を向けている。リベリオは親切にその隙を見逃す理由はなかった。


 爆発的な踏み込みの直後、クォーツの首と胴体が離れ、重い音をたてて首が地面に切り落とされた。


「わあ、すごい。気づかなかった」


 そう口にしたのは地面に落ちたティヴァの首だった。一滴の出血さえないので、気味の悪い手品を見ているようだ。クォーツの胴体はいたって自然な動作で自分の首を拾い上げると、もとあった位置に置く。すると、赤かった切り口があっという間になくなり、文字通り何事もなかったようなクォーツが微笑んでいる。


「流石リベリオ。痛みを感じる暇さえないなんて」


 質の悪い冗談だと思いたかった。一体どういう理屈なのか、異能であることには違いないが、クォーツが口にしていた『契約』という言葉と今の現象がまるで結びつかない。


 もう一度クォーツが指を鳴らし魔獣が何もない場所から現れる。獅子の頭をしてボクサーのように両手を顔の前で構える人型の魔獣だ。


 人獅子の鋭い爪が襲いかかり、リベリオは剣で受け止めた。重い一撃で、リベリオの足が少し地面に沈み込む。ガードの開いた胴を狙って人獅子が硬く握った拳を撃たれるが、身を翻して躱し、そのまま横に一閃を放った。


 重い刀身が作り出す破壊力は魔獣の胴体を切り離すかと思われた。しかし、人獅子は刀身を肘と膝で挟むようにしてリベリオの攻撃を防いだ。


 目を見張るリベリオの顔面に人獅子の拳が直撃する。


 大剣を手放し、数歩よろめくように後ずさるリベリオ。人獅子は大剣を自分の少し後ろに突き立てた。


「ちっ、めんどくせえ」


 そう言って鼻血を拭うと、人獅子と同じようなファイティングポーズをとった。


 さきほど同様に顔面目がけて拳を打たれたリベリオは、ガードせずに避けると、的確に人獅子の顔を打ち抜く。


 わずかに後ろに仰け反った人獅子は、なんとか踏ん張りすぐに構えを取りなおす。しかしリベリオの攻撃を捌ききれない。ガードを固めればフェイントで崩され、攻撃に転じれば不可避のカウンターをもろに浴びる。


 倒れはしないものの、格の違いを見せつけられるようなパンチを何度も顔面に食らい、両腕のガードが頭を覆うようになったころ、リベリオは人獅子の鳩尾に左拳を翳すように当てた。


「『義腕の枝』」


 リベリオが唱えると、腕が瞬く間に槍のように伸び、魔獣の胸を貫いた。茫然とする魔獣。リベリオは腕の槍を引き抜くと、そのまま魔獣の首を切り落とす。


 リベリオは大剣を取り戻すと、テルのもとに一飛びで引き下がった。


「テル、急いで援軍を呼んできてくれ」


 リベリオは大量の汗を流しながら、視線をクォーツに向けたままテルに言った。


「近くに兵が来ているはずだ。悪いが、お前じゃ戦力にならないし、魔人を前にして逃げるわけにもいかない」


 遊びのない真剣な言葉。ほんの少しでも視線を外す余裕がないほどの相手をテルが請け負える道理がない。当然の判断だったが、テルはすぐに頷くことができなかった。


「でも……」


「おいおい、俺を心配してるのか?」


「……」


 弟子に心配されるほど、まだ落ちぶれちゃいない。揶揄うような口元はそう言いたげで、どうしてこんなときまで、と辟易してしまいそうになって気づいた。リベリオはそれくらいの冗談を言えるくらい余裕があることを伝えたいのだ。


「……わかった」


「ああ、頼む。それと、ニアを任せたぞ」


「ああ」


「約束だ」


 テルが頷くのを見ると「走れ!」と叫んだ。

 テルは馬がいる場所まで駈け出した。追手の気配はないが、新たな魔獣の雄叫びが聞こえる。きっとリベリオが足止めをしているのだ。


 口惜しさが込み上げるが、今はそれを飲み込んだ。

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