第1章41話 姉妹
「ふざけるな、ふざけるなぁ!!」
顔色を悪くし肩で息をするティヴァは自分を見下ろす巨人に向かって絶叫する。しかしそれ以上のものは何もない。
魔人は成す術がなくなったのだと判断した巨人は体が塵のように崩れていき、最後には見慣れた男が残った。
橙色の髪を乱し、背丈ほどの大剣を背負ったリベリオだ。
「これで終わりか。呆気ないものだな」
「……っ」
リベリオは担いでいた大剣をティヴァに向けて終わりを告げた。 先ほどまでの勢いが消滅したティヴァが瞳孔を細かく震わせている。
「本当に厄介だったよ。各地で魔獣を際限なく発生させるなんて質の悪い異能を相手にすれば、俺たちはどうやったって後手に回らざるをえなくなる。そのうえ、その源泉であるお前の居場所がわからないとなっては、こちらは無限に続く防衛戦を敷くしかない」
歯を食いしばり、黙っているティヴァにリベリオは続けた。
「だからずっと待っていたんだ。お前が俺たちの前に現れるのを。魔獣ばかりに任せて自分の姿を見せないのは、お前自身が弱いなによりの証明だ。俺たちはお前が自身の強みを捨てる瞬間をずっと待っていいたんだ」
「余り格好のつかない話だがな」リベリオがそう付け足すと、侮辱に耐えられなくなったティヴァがリベリオに襲い掛かる。
「……え?」
が、ティヴァが一歩踏み出したかどうかの、瞬くほどの間に、ティヴァの片手片足が綺麗な断面で切り落とされていた。
痛みを感じる隙さえ与えないリベリオの剣。正常な運動機能を奪われたティヴァが地面に崩れ落ちる。
「殺さずに捉えろとのご達しだ。この程度じゃ死なんだろ」
あっけらかんとして、まだ現実を受け入れることができていないティヴァに、リベリオは一方的に告げると、残っていた手足も全て切り落とされた。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」
今日何度目かのティヴァの絶叫。テルの知ることのない長い長い戦いの断末魔がこれであるらしい。
巨大魔獣二体を退けた岩の巨人。そしてテルが全く歯が立たなかったティヴァを瞬殺。
リベリオはここまで強かったのか。テルは息を飲んでリベリオの横顔を見た。
すると、リベリオはテルの視線に気が付いたのかこちらに顔を向けた。その顔はさっきまでの冷酷な騎士と同一人物か疑ってしまうほど穏やかなものだった。
「毎度毎度、ひどい怪我だな、テル」
「……リベリオ」
「悪いな、遅くなって。でもよくここまで耐えた。本当によくやったよ」
リベリオがテルに歩みより、大きくゴツゴツした手をテルの頭に乗せる。
「でも、カインが……」
大蛇に飲まれたカインを思うとそれ以上の言葉が出なかった。ティヴァとの戦いの最中は、自分の事で精一杯だった。別のことに気を向けてしまえば、その時点で全てが瓦解する気がして、必死にカインのことを頭の中から追いやっていた。
しかし、リベリオは優しい表情を崩さないで、テルの頭に乗せた手をそのまま乱暴に撫でた。
「大丈夫だ、あいつは生きてるよ。この目で確認した」
「そ、っか……」
カインは生きているし、叱責もない。テルも無事生き残った。肩に乗っていた重圧から解き放たれ、安堵で全身の力が抜ける。
「さて、仕事を終わらせて、飯にしよう」
リベリオは晴れやか清々しい声でそう言った。
魔獣と巨人の大立ち回りにより、木々は焼けたり潰されたりでほとんど荒野のようになっていた。リベリオはそんな中、真っ直ぐ歩いていく。向かう先は一番最初の標的である母胎樹だ。
母胎樹は慌てふためいているようで、奇声を上げたと思えば唯一動かせる首を引っ込めて水中に隠れるようにしている。しかしやはり、移動はできないようですぐに水面から顔を出した。もう魔獣のストックはなくなってしまったようで、最後に取った手段は大声を出すというものだった。
リベリオは母胎樹に近づいて、魔石が埋め込まれている顔面に戸惑うことなく大剣を突き刺した。
「くっ……!」
リベリオが短く、苦痛の声を洩らした。
脳天を割られた母胎樹。その足場になっている母胎樹の胴体から突き出したのは無数の短い棘だった。そのうちの一本がリベリオの足裏から貫通していた。
「来るな!」
助けなければ、自分にできることなどないのにその思いで駈け出そうとしたテルを、リベリオの一声が制した。
リベリオが真剣な顔をして川の向こう側を睨んでいる。テルもリベリオが見ているのとと同じ方向に目を凝らした。
対岸の森から姿を現れたのは赤い女だった。
「あれ?」
そうこぼしたテルは目を疑った。
血が乾いたような赤錆色の髪と、子どもにも見える幼さの残る凛とした顔立ち。それはつい先日カルニ地方の襲撃のときに出会った顔と同じものだった。
「妹が世話になったから、まずは自己紹介を」
リベリオと向かい合った女は冷徹で偽物じみた微笑みを浮かべた。
「リベリオは初めまして。テル君はまた会ったね、私は『契約』の魔人クォーツ。短い付き合いになるだろうけど、覚えていって欲しいな」
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