第1章35話 最適な人選②
「今回は二つ目に落ち着く確率、つまりこの国が亡びる可能性が、私の経験した限り一番高い。特位騎士は現在カミュの一人だけ。頼みの綱のリベリオも手を離せない。そこでなんだけどね」
シャナレアは微笑むように目を細めた。テルは妙な視線に絡め取られているような感覚に陥る。
「君達二人で母胎樹の捜索、次いで討伐に向かって貰いたいんだ」
「無茶ですよ」
カインが険しい顔で即答する。
「とても俺たちの手に負える代物じゃない。そんなの死にに行けと言っているのと同じです」
「ここで待機を命じるのも、死を座して待てと言うのと変わらないんじゃないかな? カルニでは民間人に数百を超える死者を出したんだ。こっちでも時期に被害が出始める。君が死ななくても他の大勢が死ぬ」
「……っ」
「母胎樹は強い魔物どころか魔獣の生産に特化していて攻撃力はほぼ皆無だ」
「だとしても無理です。リベリオに戦争に関わることを止められています」
カインが頑なに断るのを見たシャナレアは「ふうん」と微笑みを崩さないまま頬杖をつく。
「それじゃあ」と前置きをしたシャナレアが、にやりと嗜虐的に口角を上げる。
「以前、面白い話を聞いたんだ」
唐突なシャナレアの言葉にカインは首を傾げた。
「カイン君の出自に関する話なんだ。きっと色々な人にとって都合が悪くなるような話をね」
カインが目を見開いた。そのあとすぐに自分の表情を見られたくないかのようにすぐに顔を伏せる。
流石のテルも、今のやり取りは理解せざるをえなかった。カインは脅されたのだ。
カインの出自。当然そんなものテルだって知らないし、カインは誰にも言いたくなかったのだろう。
過去になにがあったのかはしらない。しかし、わざわざそれを探って、脅す材料にしているのが、テルは酷く不愉快だった。
「母胎樹は強くないって言ったって、周りには魔獣が溢れるほどいるのなら、やっぱり俺たちは不相応です」
押し黙ったカインの代わりに、テルが抗議した。しかしシャナレアは表情一つ変えない。
「上位の魔獣を単独で討伐した君達にできないことじゃないと思っているよ。それにテル君、魔人が君を狙った理由から目を逸らしてはいけないよ」
魔人が君を狙った理由。
始めテルはその言葉の意味がわからず、もう一度あの魔人との会話を思い出す。
―――てめえを殺す。リベリオもカミュも殺す。それで私たちの脅威はなくなる。
ああそうだ、あのときどうして魔人はこんなことをいっていたんだろう。
これではまるで、テルが脅威として認識されているみたいじゃないか。
シャナレアの考えにたどり着いたテルはやはりカインと同様に押し黙ってしまった。
「もちろん、この重要な任務に成功すれば納得いくだけの報酬を約束しよう。金銭でも昇格でもね」
きっとこの人には、なにを言っても言いくるめられる。テルには諦めのような気持ちが芽生え始めた。
そのときノックの音が鳴った。テルにとって凶兆であるそれに、思わず身構える。
「所長、言われていた書類をお持ちしました」
しかし、扉を開けて入ってきたのは窮屈そうな黒い服を身にまとった、黒髪黒目の青年だった。
「彼は私の部下のパーシィ」
シャナレアは簡単に訪問者の紹介をすると「ご苦労様、そこの二人に渡して」と簡潔に指示した。
パーシィから紙束を受け取るとそこには「母胎樹に関する報告書」と書かれており、いつの間に命じたのかと訝しみながらも受け取る。
「詳しくは書いてあると思うが、大型で全身が白く赤い実のような卵をつけているのが共通している。毎回隠し場所や細かい形状は変わっているようだけど、かなり目立つから見つけられればすぐにわかる」
「あ……」
不意にテルが声をもらした。
「どうかしたのか」
カインが心配するようにこちらを見る。
「俺、これ見たかもしれない」
「・・・・・・それは確かな話?」
シャナレアは射貫くような視線をテルに向ける。
テルがこの物体と呼ぶに等しい魔獣を見たのは、川辺に打ち上げられ、家まで歩いて帰っている最中の話だ。あのときは意識が朦朧としていたので、特に気にかけていなかった
「たしか、川の中に沈んでいました」
そう頷くと、シャナレアはパーシィに地図を用意させる。初めから指示されていたのか、丸められた地図をローテーブルに敷いた。地図はコーレル地方の地形がかなり事細かに書かれていた。
「どのへんかわかる?」
「遠征に言ったときの場所だから……多分このあたり?」
テルはカインに色々と聞きながら頭を悩ませていたが、自信をもって具体的な場所を指さすことが出来なかった。
「実際に行けばある程度わかりそう?」
その問いにテルは頷くと、シャナレアは「なんだ、初めから最適の人選だったじゃない」と笑った。
「では、騎士庁舎所長として、テルとカインに母胎樹の居場所の捜査および討伐を命じます」
真剣な眼差しで告げるシャナレアに、カインもテルも異議申し建ての言葉は持ち合わせておらず、無言という形で了承する。
テルは心のなかでため息をついた。部屋にパーシィが訪れたことが決め手になったのならやはり、ノックなんて碌なことが起きないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます