第1章36話 母胎樹①
目的地に向かうまでの間、言葉数は少なく重苦しい雰囲気が漂っていた。
母胎樹の捜査および討伐を命じられたテルとカインは騎士庁舎で借りた馬で、遠征に赴いた場所まで移動した。
途中、シャダ村で勝手に借りた馬を返して、少し世話をした。
地図で岩山と川の位置を確認しながら、母胎樹を探す。おおよそこの川だろうと目星をつけて、その川沿いを身を隠しながら上った。
「魔獣だ」
カインが小さな声でテルを制止する。視線の先には、遠方に群れというほどではないが、四体ほどの魔獣たちが西の前線に向かっている。
「そろそろか?」
カインの問いに頷くテル。
川沿いを上り始めて半刻ほど。見知った景色になり目的が近づいていることがわかり、その緊張感はカインにも伝わっていたが、魔獣を目撃したことでピークに達していた。
テルとカインは騎士庁舎で報告書に目を通し、ある程度討伐の方針を立てていた。
母胎樹には魔獣の生成に特化しか魔獣であり、とても高い生命力を持っている。胴体に攻撃を与えても効果は薄く、また迎撃に未熟な魔獣を使い捨てるように当ててくるらしい。
ほぼ底なしの耐久、そしてそれを守らんとする魔獣たち。こう見ると勝ち目がないようにも思えるが、魔獣の生命力の核である魔石がこの母胎樹にも存在する。過去全ての例でその核は露出していたため狙うことは難しくない。
そこでテルとカインが打ち立てた作戦は、バレないぎりぎりまで近づいて核の場所を確定。そこを急襲し、対応させないうちに破壊するという単純なものだった。
結局これが最も成功確率が高いと判断したが、当然不安もある。
魔人との遭遇だ。
シャナレアの言葉や報告書を読む限り、母胎樹の討伐に魔人が居合わせたことは一度もないという。
しかし、もしものことを考えずにはいられない。だからといって何もしなければ皆で手をつないで死を待つばかりだ。魔人を見たら即刻退避。それが絶対条件だとカインに入念に聞かせた。
リベリオから言われた戦争への参加禁止という言葉を思い出し、胃の辺りが重くなる。
しかし、帰る村や家がないと叱られることもできないと、迷いを振り払い気持ちを戦いに備える。
「着いたぞ」
二人は木陰から姿が見えないように姿勢を低くして足を止めた。
前方には川底が微かに白く光っている場所が、かなり広い範囲である。そこには木に果実が成るように、赤い球状のもの、魔獣の卵が僅かに川面から覗いている。
数はとても数えきれる量ではなく、こちらが視認できない卵があると考えると今すぐ逃げ出してしまいたくなる。
「魔人はいないな」
カインの言葉に少し安堵し、つい集中が緩みそうになる。
「俺がカモフラージュを作るから、それでできる限り近づこう」
テルは周囲の植物に馴染むようなギリースーツを二人分作り出し、音が出ないよう慎重に着て、匂いでバレないように土をこすりつける。
これで多少は気づかれにくくなるだろうが、魔獣が蛇のように熱を敏感に感知するようだったら、これらの工夫は全て水の泡になるだろう。
「そこそこ重量があるし動きの邪魔になる。攻撃を仕掛ける瞬間に消して動きやすくするからそのつもりで」
「つくづく便利な異能だな」
攻撃に移行するまでに核を見つけなければならない。しかし母胎樹はほぼ全身を水中に隠しているため核の場所を特定することができない。
ここでむやみに攻撃しても自殺行為だ。まず自分の命を第一に様子を伺っていると、水中に今まで見えていなかったものが顔を出した。
カエルを思わせる巨大な頭部は人を三人丸ごと飲み込めてしまいそうだ。そのぎょろぎょろと辺りを見回す目の間には青いような、紫のようなはたまた黒いような、不気味な色が渦巻く宝石が輝いていた。
シャナレアは、魔人は魔獣を改良するといっていたが、今回の母胎樹はとても樹と呼べない。ただ巨大な化け物だ。
「あそこだ」
おそらく息継ぎなのだろう。顔を出した母胎樹は辺りを見回し警戒をしているようだ。一度こちらをちらりと見たがテルたちに気づいた様子はなく、別のところを見ている。
「こっちに気づいてはなさそうだけど、どうする?」
「……あれが息継ぎをしているなら、急いだほうがいいかもしれない。核が動かない保証はないし」
「じゃあ次に向こうを向いた瞬間にいこう」
テルは無言で頷く。
走れば十秒もせずたどり着ける距離だろうと、大体の目測をつける。
カインが迎撃する魔獣たちを抑え、テルが核を破壊しにいくという手筈になっている。
テルの戦闘力がカインに及ばないのにこの割り振りになっているのは、単に足の速さの問題だった。
気づかれないまま攻撃することなど不可能であろうため、先陣をきるカインが道を開き、そこでテルが核を破壊する、というのが理想の形だ。
以前周りを見渡す母胎樹の視線がこちら側を向く。次に母胎樹がこちらから視線を外したら攻撃を仕掛ける。
緊張感が二人を包む中、母胎樹は首を逆側に向ける。
作戦が始まった。
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