第1章37話 母胎樹②

 テルとカインは同時に走り出した。距離を半分ほど詰めたところで母胎樹が足音に気づく。


「ゴオ”オ”オ”、オ”オ”オ”オ”ォォォ」


 母胎樹は敵であることがわかると、大きな咆哮をあげる。すると、赤い卵が裂け、中から魔獣が現れた。やはり未熟なようで、羽化したての昆虫のように体が白っぽかったり、半透明であったりする魔獣ばかりだ。


 カインは立ちふさがる魔獣達を次々と切り倒していく。今度は魔法の出し惜しみはないようで、一度剣を振るえば、三体同時に胴体が切り離される。しかし、核に近づくにつれ魔獣たちの肉壁が厚くなっていき、カインの速度が落ちた。

 カインが道を切り開くのをおちおちまってはいられない。時間がかかればかかるほど、不利になっていくのは明白だ。


 テルはカインの脇を走り抜け、核に向かう。両手に剣を作り、思い切り振りかぶって投げる。しかし、その攻撃は核に届くことはない。ゴ

「くっ……!」


 大きな腕四つが二本の剣を弾いた。

 見覚えと嫌な思い出がある魔獣、シャナレアがモモワヒヒと呼んだ大猿が核の前に立ちふさがる。

 ここまでの魔獣とは明らかに大きさで一線を画している。


「こいつを倒さないと、前には進めない」


「グルゥゥゥウウウァァァァアアッ!!!!」


 四つの拳がテルに降りかかる。正面から受けても手数の多さで押しつぶされるのは明らかだ。

 躱して攻撃に転じようとしても、攻撃に回されていない腕が即座に追撃を加えられ、こちらは守りに専念せざるをえない。しかし、それはさっきまでの話。二度目の相手に時間をかけたくはない。

 この大猿もまた未熟なのだろう。明らかに動きのキレが先ほどの大猿に劣るのだろう。


 モモワヒヒの拳が地面に直撃すると、煙があがった。テルが用意した煙だ。数秒すれば風で飛ばされてしまうような、煙幕としては少し頼りない煙。

 しかしモモワヒヒの動きを一秒止めることができたので十分である。


 モモワヒヒは残り三本の腕で 煙を払うと、腕に鉄製の腕輪がついており、さらにその腕輪はから伸びた鎖は右足の足首の枷に繋がっている。


 テルはこの拘束具を一秒足らずで生成できるようになったのは、間違いなく日々の鍛錬の賜物だろう。


 テルは一度距離をとって様子を伺ってみると、モモワヒヒは自由が奪われたことに憤慨しているようだ。なんども鎖を引きちぎろうとするが、重々しい金属音がなるばかり。


 簡単に千切れるようには作っていないが、正直破壊されないことにほっとした。


 諦めたモモワヒヒは不自由な体でテルに接近し、鬱憤をぶつけるため拳を振るう。一撃、二撃、三撃ここまでは今まで通りの立ち回りだ。しかし本能と直感でこれまで隙の無い攻撃をしていたモモワヒヒは、手癖に抗うことができず、そのまま拘束された拳を放ってしまう。

 恐るべき破壊を生み出す拳の勢いに、右足が引っ張られる。


「ル“ア“ァァァッ!――――ッ!?」


「うおっ」


 突然バランスを崩した魔獣に驚いたテルは少しモモワヒヒに哀れ思った。


「ここから腕を一本ずつ切ってこうと思ってたけど、すぐ終わるに越したことはないよな」


 テルはそのまま首に剣を振り下ろすと、魔獣は灰になって崩れ落ちた。 



 息をついている暇はない。テルはそう念じ核に向かおうとすると、カインがテルを追い越し核に走っていた。テルの背後には原型を失っていく魔獣たちが散乱していた。


 結果的に最後の道を開いたのはテルになった。


 核を額に乗せたカエルは悲鳴のように吠える。先ほどと同様、魔獣を生み出しているのだろうが、赤い卵があるのは二人の後方にあるばかりで、立ち塞がるものはもうなにもない。


「はあっあああああっ!!」


 カインの一撃、それは核を確実に捉えているように見え、テルはそれを見届けるだけかと思えた。


 しかし、カインが核を破壊にいたることはなかった。

 攻撃が当たる直前、カインは突然現れた大きな影に丸々飲み込まれたのだ。


 唖然とするテルに構うことなく大きな影はカインを咥えたまま蛇のような巨体をくねらせた。

 魔獣、それもこれまで見た中で母胎樹の次に巨大だ。


 蛇影はそのまま、地面に沈み込んだと思えば、凄まじい勢いで空へ飛び立った。


 食われた?カインが死んだ?作戦は失敗?


 混乱に陥り、立ちすくむテルを大きな何かが激突し、後方に弾き飛ばされる。正気に戻ったテルの目の前には、またしても突如として巨大な大蛇がそこにいた。

 一旦、カインのことは考えないようにした。奴ならなんとか生き残れるだろうと都合よく問題を先送りにする。

 そうでないとテルの命が危険だ。


 テルは剣を握り、次の襲撃に備えるが、降りかかるのは攻撃ではなく笑い声だった。


 聞き覚えがある声。ヒトであっても人ではない声。恐怖と苦痛が絡み合い、二度と忘れられないかもしれないその声。


「死に損ないのゴミのくせに健闘したのは褒めてやるぞ。なあ、カス人間」


 そこには再開の喜びにはあまりに凶悪な笑顔を浮かべる魔人ティヴァがいた。

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