第1章27話 風の報せ

 テルの異能を目撃した可能性がある。そんなクォーツがじっとテルの目を見つめている。これまでの会話で、自分が迂闊な発言をしなかったか。必死に頭を巡らせたテルは、自然と目を細めていた。


「そんな怖い顔してどうしたの?」


 クォーツはなんでもないような顔で首を傾げると、テルははっとして首を振った。


「別に、なんでもないですけど」


「私、君が戦っているところを見て、若いのにすごいなって思ったの。土魔法なんか素晴らしかったよ」


「そ、それはどうも」 


 以前リベリオが言っていたようにクォーツは勘違いをしているのだろう。ヒヤリとしたがテルに心配は杞憂で済んだようで、胸を撫で下ろす。


「テル君って騎士でしょ? さっき招集かかってたけど行かないの?」


「騎士だけど、弱いので」


「弱いなんて、嘘はいけないなあ」


 何となく、言葉を返せなかった。自分が強いつもりはないが、招集に応じるべき立場であることは否めない。そんな小さな後ろめたさを射抜かれたような気分で、逃れるように視線を逸らす。


「そ、それに、師匠に禁じられてるから行かないんです」


「なんだ、そうだったのか」


 なんでもない顔で雑談を続ける目の前の人物に、テルは不可解さを覚えながらも、その問いに答える。彼女と話しているとどことない安心感があり、会話を打ち切ってこの場所から離れたいという気持ちになれなかった。



「へえ、記憶喪失で自分探しの旅に出かけたら、二日目にこんなことに巻き込まれちゃったのか」


 気づけばテルは、先ほどまでの重い気持ちがずっと軽くなって、初対面の目の前の女性に自分の身の上話をぶちまけていた。


「そこだけ切り取ったら、俺すごい運がないみたいですね」


 クォーツの歯に衣着せぬ物言いにテルは若干引いているが、実際否定できない。


 「ふふふ」と微笑むクォーツの持つ和やかな空気のためか、それとも感傷的な気分だったせいか、話過ぎてしまった自分が少し恥ずかしい。


「巻き込まれ体質なんだよ。くれぐれも事故には気を付けてね」


「善処します」


 貰い事故はほとんど回避のしようがないよなとは言わず、苦笑気味に言った。


「でも君コーレルから来たんだよね」


「はい、そうですけど」


「そっか」


 クォーツはなにかを隠しているような口ぶりだった。言うべきか言わぬべきか悩んでいるような、そんな視線の移ろい。


「なんですか、隠さないでくださいよ」


「うーん、でも」


 かまをかけると、隠し事をしたことをクォーツは否定しなかった。


「ほらほら」


 友達のようなノリで、吐いたほうが楽だぞとでもいうようにクォーツをじっと見つめる。


「わ、わかったよ」


 観念したようにするクォーツにテルは耳を傾ける。しかし今になって気づく。クォーツの顔色は暗い。


「コーレルでもここと同じように魔獣が暴れているらしいんだ」


「な」 


 テルは言葉を失った。しばらくして、「どこで、ですか」と絞り出したような声が出た。


「ここみたいに市街地じゃなくてもっと田舎のほうだから犠牲者は少ないらしいよ。たしか北西の村が―――」


「まさか、シャダ村……?」


 テルは勢いよく立ち上がったが、そこから発した言葉は酷く弱々しかった。


「名前まではわからないけど……」


 そこまで言ってクォーツはテルから目を逸らした。 


「どうしてそんなこと……。放送は何も言ってなかったのに」


「風魔法ってあるでしょ。あれがあると遠くから声を受け取って、遠くへと声を送ることができるんだ」


「クォーツさんって何者なんですか」


「盗聴が趣味なだけの一般市民だよ」 


 一を言いえば、十を理解させるような得体の知れない説得力がクォーツの言葉にはあった。

 その事実を公表しないのは、ただでさえ防衛のための騎士が足りていないのに、それが二か所に割れれば、市民の不安は爆発し、町全体がパニックに陥るからだ。

 全身が冷たくなってくるような感覚があるが、頭は徐々に熱を帯びていくような気がする。


「俺、コーレルに戻ります」


「正気?」


 立ったままのテルは、クォーツは寒さを覚えるほど冷静な目で見つめた。


「だって君弱いんでしょ、安全な場所にいるべきじゃない?」


「いないよりましかもしれないです」


「間に合わないかもしれないよ、わざわざ見たくないものを見に行くの?」


「行かなかったら間に合わないもクソもないですよ」


 さきほどと和気藹々わきあいあいと会話をしていた人物など存在しなかったような、無常で現実的な言葉を並べられた。言葉が真っ直ぐすぎて、なんて縁起の悪いことをいうのだと怒る気分にもなれない。


「さっきまで君は人を助けられなくて不貞腐れていたんだろ? その二の舞になるとは考えないの?」


 確信めいたことを言われてテルは眩暈を起こしかけた。だけど、それが正鵠を射る言葉だったからこそ、テルは言われっぱなしではいられなかった。


「俺は師匠に人に頼って頼られて自分が浮かび上がるって言われたんです」


「今は頼られていないじゃないか」


 この人の言葉には温もりがまるまる欠けている。しかし、悪意はない。むしろ彼女なりの厚意かもしれない。


「だからこそ、今もっている明確な自分を台無しにしたくないだけです」


 しかし、厚意だろうと悪意だろうと流されるだけの自分なんてのは御免である。


「やっぱり青いね」


 クォーツはそういって口元をにやりと吊り上げた。


「一時間後にトンシ区からコーレル行きの馬車がでる。それを逃したらもう手立てはないよ」


 テルは頷くと走った。今は荷物がないからか、酷く体が軽かった。




「やりにくいなあ」


 一人になると、錆色の髪を揺らして、周りを気にも留めずに独り言を呟いた。


 おそらく、そろそろ町で暴れる魔獣は全て倒されている頃合いだ。下位の魔獣にこれほど時間をかけているだなんて、悠長この上ない。十年前なら初手の飛竜さえ、自由にさせてもらえなかっただろう。それだけ今は質も量も心許ないのだ。


「ここからが、お手並み拝見かな」


 クォーツは、別れた少年に思いを馳せるのだった。

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