第1章16話 馬車にて

 テルは重い荷物を、馬車の隣の座席に置いくと、背もたれを覆うように伸びをした。


 荷物には食料や野営のための道具が詰められ、大きさも重さも相当なものになっており、背負っているテルは人を背負って歩いてるような気持ちになっていた。


 荷物があるのはカインもリベリオも同様で、決してテル一人が荷物持ちを務めている訳ではなかったが、その二人はテルに比べるとまるで汗をかいていない。


「大丈夫か?」


「なんともない」


 嫌味のないカインの心配にテルは即答する。当然テルは強がっていたが、カインは気にしてすらいない。


 ヒルティスにおつかいを頼まれたリベリオと、リベリオの下請けのカインとテルは目的地の狩場に向かう馬車に乗っていた。馬車は町に向かうものより遙かに小さく、三人と荷物でいっぱいになった。

 薬屋に訪れたのはまだ朝と呼べる時間だったが、遠征の準備をしていただけでもう日が高い位置に上っている。


「ただのおつかいでなんでこんな大荷物なんだ」


 愚痴をいいながら、下ろしたものを横目に見る。


「二日滞在するから荷物が多くなるのも当然だよ」


 ちょっとした行商くらいの荷物量をカインはものともしていないで言った。


「ああ、そうだ」


 リベリオは思いついたように、紙に包まれたサンドイッチに近いような食べ物をカバンから取り出した。


「せっかく婆さんがくれたんだ。着く前に食おう」


 テルはサンドイッチを受け取ると、空腹と同時にヒルティスのことが思い出された。



 ヒルティスに呼び止められた一行は、


「昼食を用意するから、少し待ってなさい」


 と言って、もともと準備していたのかと思うくらいの早さでサンドイッチと革製の水筒をテルたちに渡した。


「うん、うまい」


 リベリオが頬張るのを見てテルもそれを口にする。


「たしかにうまい」 


 横に視線をやるとカインももくもくと食べている。


「リベリオはヒルティスが怖くないんだな」


「慣れてるからな」


 テルが思いついたように言うと、リベリオは素っ気なく答えた。


「心配性で面倒見がいいから、怖くてもいまいち怖がれない」


 烈火のごときロリババアが生み出したあの恐ろしさのなかに慈愛の部分を見出すと、怖さも一周回ってしまうらしい。


「それにしても随分ニアを気に入ってるんだな」


 ヒルティスはニアには抱きつくほどだったし、ニアはニアでそれを嫌がるどころか、無表情の中でも最も柔らかな無表情を見せていた。

 リベリオは、テルの呟きに微妙な表情をして首を傾げる。


「あれは、なんでなんだろうな……」


「ああ、ヒル婆がニアだけ特別扱いなのは全く謎だ」


 リベリオの言葉にカインが心底同意するように言った。「なんだ、誰も理由を知らないのか」とテルが苦笑すると、「そういえば」と続けた。


「ニアが外出してるのを初めて見た」


 テルはふと、気になっていたが変に気を遣って聞けなかったことを呟くと「まあ、色々あってな」とリベリオは案の定、濁すように答えた。


「ヒルティスにはたまにニアの様子を見てもらってるんだ。俺一人じゃ至らない部分も多いからな」


「リベリオとニアってさ……」


「ああ、血は繋がってない」


 テルが言い淀むとそれを察したリベリオがはっきりと言う。

 勝手な憶測でそうではないかとは考えていたが、はっきり教えられるのは初めてだった。


「一年前に親子になった。端的に言えば養子だ」


「一年前……」


 テルは話の続きを要求するようにその言葉を復唱するが、リベリオは髭を撫でて気まずそうな顔をした。


「経緯の話はそのうちな」


 はぐらかされたテルは諦めて窓の外に視線を移す。

 街に出た時に乗った馬車を引いていた馬と同じ大きさの馬が四人乗りの車を牽いているため、かなりスピードが出ている。


「あの山の麓についたら降りるから、そろそろ準備しておけ」


 リベリオは前方にある山に目をやった。大きな山ではなく、一つの岩山とそれをまるまる包む込む森といった方が正しいだろう。

 森の一部が剥がれ落ちたように岸壁が目立つほどの急斜面があり、独特な形状の山はどこからでも登ろうとするとかなり苦労するだろうなと予想がつく。


「そういえば、あのメモはなんだったんだ?」とカインが訊くと、「ああ、これか」リベリオはメモを取り出してカインに渡した。


「オニノセ、ヒョウイモ、ヒトヒト……」


 カインがメモを読み上げるが、テルはその単語の羅列が理解できない。


「この薬草、俺たちの手伝いなんていらないんじゃないか?」


 カインが困惑したようにいうとリベリオは当然かのような顔をして「薬草取りは俺だけで十分だ」と言った。


「じゃあなんで俺たちを?」


「穴場なんだ、あの辺は」


 その言葉でカインの口元がきゅっと引き締まった。


「穴場?」


「この間カインに任せたばっかりだが、せっかくだ」


 話について行けていないテルが首を傾げていたテルだったが、やっとそこで理解が追いついた。


「師匠らしく、弟子に指南でもしようじゃないか」


 したり顔のリベリオがテルとカインを交互に見ると、ニッと歯を見せて笑う。


「魔獣狩りってもんを教えてやろう」

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