第1章15話 烈火の千日紅

 カインとのいざこざを乗り越えたテルは魔獣狩りの準備をしていると、偶然その日が休みだったリベリオに呼び止められ、


「これからカインと稽古か? なら丁度いい。紹介しておきたい人がいるから今日は俺についてこい」


 と無慈悲にも初陣の延期を言い渡された。


 テルのすぐそばで待っていたカインは心当たりがあるようで「はあ?」と口を開けた。


「なんで急に、ていうか俺ここに来るの無駄足じゃないか」


「どういうこと?」


 腹立たし気なカインにテルは首を傾げる。


「テルに紹介するヒルティスって人はカインの大家なんだ」


「へえ、そうだったんだ。でもカインの大家さんをなんで俺に合わせようと?」


「細かいことは気にするな」


 説明が面倒になったのか適当な言葉でテルをあしらう。リベリオらしいいい加減さである。




 そうして言われるがままに四人は村に向かった。

 そう、テル、リベリオ、カイン、ニアの四人である。


 テルの知る限り、過去にニアが外出していたことはなく、一体どういうことだと目を白黒させていると、カインが「ニアさんはたまにヒルティス婆さんに会いにいくんだ」と言った。


「そうだったんだ……ていうか、カインってニアをさん付けしてるの? 他人行儀だな」


「別に呼び方なんてなんだっていいだろ、うるさいな」


 様子を見るに、カインもニアに碌に口を聞いて貰えていないであろうことがなんとなく察せられた。

 ニアは大きなローブで顔をすっぽりと隠しており、傍から見たら男か女かもわからないようにしている。リベリオにそのことを質問しても、「まあ、色々あってな」とはぐらかすばかりである。


 はぐらかすと言えば、ヒルティスという人物に関してもそうだった。


「ヒルティスってどんな人なの?」


 テルがそういうと、リベリオとカインはすごく苦々しい顔をしてから、


「薬屋をやってるんだ。昔からの付き合いがあってな」


 とリベリオが答えるが、それ以上のことは二人そろって口を噤むのだった。


 今日は俺を小馬鹿にする日なのか、と少し腹を立てながら、テルたちはそのヒルティスの待つ建物にたどり着いた。


 やってきたのは、シャダ村の真ん中ほどに位置する建物だ。三階建てほどの高さの石が積み上げられてできた建物がいくつか並んでおり、三人はその建物の間にできた日の差し込まないくらい狭い路地に入っていった。


 奥まで行くと、木製のドアが静かに佇んでおり、小さく営業中を知らせる看板が掛かっていた。


 リベリオが何も言わずにドアを開けると、ベルがその部屋の中に静かに響いた。部屋には小さなランプひとつしか灯がなく、その薄灯はテーブルの上を照らしているだけだ。


「婆さん、いないのか」


 リベリオが暗い部屋の奥に向かって声を出す。そして、しばらくすると、


「ああ、うるさいうるさい。そんなに大声出さなくても聞こえるわよ」


 そんな可愛らしく苛立つ声が部屋の暗い場所から帰ってきた。

 テルはどこか違和感を覚えたが、その声の主が現れるのを待つ。


 そして、現れたのは、長い薄桃色の髪の少女だった。十歳ぐらいだろうかテルの腰くらいの背丈で、古びたローブに身を包んでいる。


「あれ、こんな小さい子もいたんだ」


 テルは腰を屈めて視線を低くした。


「ねえ、君。ヒルティスって人をよんできてくれない?」


 そういわれた少女はしばらく、テルの目をじっと見てから、少女とは思えないほど深く眉に皺を寄せると、テルの耳をつまんで引っ張り上げた。


「いででででででで!」


 突然の痛みに悲鳴を上げると「何度もうるさいといわせるんじゃないわよ」と言って耳を解放した。


「あたしがそのヒルティスだよ」


 床に転がるテルにむかってヒルティスと名乗る少女は鋭い視線を向ける。


「は? いや、婆さんって……」


 テルは助けを求めるようにリベリオとカインに目をやるが、カインは死者を見るような

憐みの目をしているし、リベリオは目を合わせようとしてくれない。


「リベリオ、この見た目で人を判断する失礼なガキは一体誰なんだい?」


 ヒルティスは視線をリベリオに移すと、「あーそいつか」と頭を掻く。ヒルティスの苛烈さにリベリオも対応がたじろいで遅れている。


「そいつは新しい弟子のテルだ」


「弟子ぃ? なんだい、随分な心変わりだねえ」


 ヒルティスはリベリオの顔をしたから睨むように覗き込む。

 圧倒的体格差がありながら、ヒルティスのほうが威圧感を纏っているように見えてなんとも珍妙な光景である。


「まあ、そんなところだ」


「ふん、だとしたら礼儀がなってないね。躾ができないんなら下手に弟子を取るんじゃないよ」


 顔を背けるヒルティスは、リベリオから興味を失ったようにして、ローブを被ったニアに視線を向けた。


 まさかニアにも矛先が向くのかと、恐ろしい予感で体が強張るが、テルの予想とは裏腹に、ヒルティスはぱあっと優しく可愛らしい顔をして、ニアに駆け寄った。


「ああ、ニア、会いたかったよ。さあ、こっちの部屋においで。美味しいお菓子を用意してあるよ」


 ニアもヒルティスを迎えるために膝をまげて視線を落とすと、ヒルティスがローブをゆっくり外してニアの頭を撫でた後に抱きしめた。


 一見、可愛らしい幼女と美しい少女が仲良さげにしている、大変微笑ましい場面だ。しかし、会話の内容が久々の孫に会う祖母といった様子で、ちぐはぐすぎて頭が混乱してくる。



 ヒルティスとニアが奥の部屋に行くのを男三人は見送り、ドアが締まるのを見るとカインとテルは大きく息を吐いて緊張を解いた。


「なにあの人、どういうこと!?」


 テルがリベリオに噛みつくような勢いで迫った。


「あれは俺の恩師というか恩人というか、そんな感じの人」


「そうじゃなくて! 説明不足すぎる!」


 最初はリベリオが多くを語ろうとはしなかったため、それほど特徴がない人物なのかと思っていた。しかし、蓋を開けてみれば、老婆と呼ばれる幼女ではないか。

 魔法や魔獣の時点でしみじみと感じていたが、異世界らしさが際立ってきている。


「説明してごねられても嫌だったからな。おかげでテルがここに来るまで面倒はなかっただろ?」


「それはリベリオだけの都合だろ」


 言ってくれればあんな怒られずにすんだのに、とテルの納得していないぞと訴える視線をリベリオに送り続ける。


「それよりあの人いくつなんだ?」


 テルはリベリオの不義理よりもヒルティスという少女が何者なのかが気になって、奥の部屋に聞こえてないか注意しつつリベリオに聞く。


「さあな、俺が会ったときから見た目は変わってない」


「初めて会ったときから?」


「ああ、十五年前から」


 テルが言葉を失い、リベリオが肩を竦める。するとカインが揶揄うような目をした。


「歳を聞いたら烈火のように怒りだすから気をつ―――」


「烈火のついでに、あんたの部屋も燃やしちまおうかねえ。カイン?」


「あ、やば。じゃなくて、ごめんなさい」


 酷く冷たいトーンの声でカインの言葉が打ち止めにされ、カインは顔色がみるみる青くなる。


「テルっていったかい? 淑女の歳を探るだなんていい趣味をしてるじゃないか」


「あの、ご、ごめんなさい」


 可愛らしい顔から、ドスの利いた声とナイフのような視線を向けられると、身じろぎもできないほど恐ろしいということをこのときテルは初めて知った。


「リベリオも―――」


「まあ、落ち着いてくれ婆さん。二人には注意しておくから、本題に移ろう」


「……はあ、まったく」


 リベリオが前に出て窘めるようにすると、ヒルティスは今日のところは勘弁してやるとテルとカインを睥睨し椅子に座った。


「それで、なんの用事なんだ?」


 リベリオは用事があってよばれていたようで、テルはそれを初めて知った。とことん何も話をされていないのでテルの不満は溜まるばかりだが、今回はそのおかげで、折檻を受けずに済んだ。

 椅子に座ったヒルティスは、テーブルにあったメモとペンでなにかを書いて、リベリオに渡した。


「いつものおつかいだよ」


 受け取ったリベリオは目を通すとメモをズボンのポケットにしまう。


「わかった、三日後には持ってこれるだろう」


「別に急ぎじゃない。リベリオの都合があうときでいいんだけど」


 言い終わる前にリベリオがテルとカインに視線を向けるので、ヒルティスもそちらに目をやった。

 困惑するテルとカインを気に賭けず、リベリオは踵を返し、


「じゃあニアを頼む」


「ああ、あんたたちも気を付けなさい」


 そう言葉を交わし、リベリオは薬屋を出ていく。残されたテルとカインは「おじゃましました」と言って後を追うように外にでようとしたとき「待ちなさい」という声がぴしゃっと響いた。


「な、なんですか?」


 恐る恐るテルが振り返るとヒルティスはガタリと音を立てて椅子を立ち上がり、テルは思わず肩を震わせた。

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