第1章17話 特位騎士①
日は頂点に到達したというのに薄暗く、ずっと歩き回っているのにうすら寒いような森での遠征の二日目。
茂みをかき分けながら、テルとカインは目的もなく奥へ奥へと進んでいく。
テルは、前日のレッスン付きの初めての魔獣狩りを思い返す。
色々と得るものがあったが、特筆するべきは魔力による身体や物質の強化だろう。
教わってすぐは体が自分のものでなくなったようで、藪に突っ込んだり、剣を地面に叩きつけたりしたが、終盤では魔力の扱いも掴み始め、リベリオからも「まあ大丈夫だろ、多分」というお墨付きをもらった。
そして現在、カインとの約束通り、二人組みで魔獣狩りに出ていた。リベリオは本来の目的の薬草採取のために単独行動を取っている。
「あの岩山みたいなわかりやすい目印があると、迷わずに済む」
馬車からも見えた特徴的な岩山を指し、前を歩くカインは後ろを振り向かずに言った。
テルは「うん」と軽く返事をするが、それ以降の言葉はないのでただの独り言だったのかもしれない。
しばらく歩き続けると、木も草も避けた休憩にちょうど良いスペースを見つけ、そこに荷物と腰を降ろしたテルが息をもらした。
「もう疲れた?」
「疲れてない」
カインのテルを気にかけるような言葉をかけられるが、皮肉っているのか否か判別がつかず、つっけんどんに返す。カインは肩を竦めるが、ほとんど気にしていない様子で、そんなクールぶった素振りさえも気に入らない。
「にしたって、遭遇しなさすぎだな。これじゃあただのピクニックだ」
地面に直接座ったカインが携帯食を口に含みながら言った。テルも同じものを無心で食べる。苦みと甘みと酸味を微妙なバランスで練り合わせた粉っぽい食べ物が缶に詰められていて、お世辞にも美味しいとは言えない。
「やっぱり昨日の運がよかったんだろうね」
「運がいい?」
カインの発せられる独り言に、疑問を感じたテルが顔を上げた。
「魔獣と会えるのが運がいいってこと?」
「そうだよ」
「でも魔獣が多いんだろ?」
「そうだけど、それよりも魔獣狩りの数が多くなりすぎたんだよ」
「平和でいいじゃん」
テルの言葉を聞き、カインはやれやれと言いたげな表情をする。
「魔獣がいなくなったら騎士の仕事はどうなるんだよ。ほらさっきも」
「ああ、なるほど」
テルが納得したように手を打ち鳴らす。さきほど、同業者と思われるキャンプ地を見つけた二人。カイン曰く、これほど魔獣狩りが少ない狩場はなかなかないらしい。
「リベリオがいい加減なのが一番悪いけど、もうすこし自分でも勉強したほうがいいよ」
テルは苦い顔をして「まだ字を読み書きが完璧じゃない」と言い訳を発するのを寸のところで止めた。そんな情けない言い訳を吐いては、カインに完膚なきまでにバカにされるだろう。
「じゃあカインが教えてよ」
「ええ、俺ぇ?」
勉強の時間は取れていないし、リベリオは当てにならない。ならばとテルが提案すると、カインは顔を
「兄弟子なんだからさ」
まさか自分に累が及ぶとは思っていなかったのだろうが、すぐに「まあいいか」と渋々頷いた。
「まずこのソニレが獣国と呼ばれる理由は?」
「魔獣が沢山現れるからだろ?」
向かい合ったカインから出された問題にテルはすぐにと答えた。以前リベリオに教えて貰ったことがありテルは自信満々としていたが、カインは首を振った。
「え、違うの……?」
「それだけじゃない。ソニレでは定期的に魔獣の異常発生が起こるんだよ」
「だから、沢山現れるんだろ? 同じじゃん」
腕を組んで疑問符を浮かべるテルに、カインは目を細めて声の調子を落とした。
「多分テルが言っているのとは次元が違う。そもそも魔獣ってどこからくるか知ってる?」
「どこから……?」
カインの質問の意図がわからず「森とか?」と当てずっぽうで答えると、またも首を振られる。
「砂漠からくるんだ」
「砂漠……」
「ほら、さっき見ただろ」
テルはそう言われつい先刻のことを思い出す。
テルとカインが魔獣と出会うことなく真っ直ぐに歩いていると急に開けた場所に出たと思ったら、目の前一面が砂漠になっていたのだ。
振り返れば緑が生い茂るが、正面には白っぽい砂と青空の二色だけの世界。別世界の境界線にきたかのような異様な光景に目を疑った。
カインは「境界域の際だったのか」と呟く。
「この先五十キロくらい先には海があるんだ」
得意げに言うカインだったが、テルには生命の存在を許さないと言わんばかりの砂漠を五十キロも歩いて渡るなんて到底不可能に思えた。
「魔獣があんな場所から?」
「ああ、魔獣はどうやって生まれるか詳しくわかっていないんだ。性別もないし子も生まない。繁殖方法わからないが、砂漠の向こうからくることだけは確認されている」
初めて知る魔獣の生物には思えない生態を聞かされぞっとする。
「でもそれが理由って事じゃないんだろ?」
「そう。なぜならその現象は世界中で起きていて、ソニレに限った話じゃないからだ」
砂漠から魔獣が人を襲いにやってくる。そんな質の悪い冗談のような話が世界中で起きているらしい。規模感が大きくなり親近感が遠のいたところで違和感を覚えた。
「砂漠ってそんなにいっぱいあるの?」
砂漠、言葉ではよく聞くが、実物を見るのはこの世界に来てからが初めてであり、初めは特殊な地形の場所なのだろうと深く考えていなかった。だが、カインの口振りからは砂漠に対する、近しさのようなものを感じた。
「ん? ああ、そうだな。たしか陸地の七割が砂漠だったかな」
「嘘だろ……」
想像より遙かに砂漠が多く、耳を疑った。カインはなんでそんなに驚いているんだ、と首を傾げている。
「それで、ソニレが獣国と呼ばれる理由だけど」
カインの声でハッとして顔をあげる。
「普段群れを成さない魔獣が数万の大群になって侵攻してくるんだ」
「数万……? そんなの災害じゃないか」
「災害であり、魔獣と人間の『戦争』だよ。そんな魔獣と人間との殺し合いが、何百年も続いている」
「何百年……」
カインの真剣な表情と声音から生まれる迫力にテルは飲まれそうになり、喉を鳴らす。
「でもこの国もやられっぱなしじゃない。外国からの出稼ぎや近衛騎士、更には特位騎士も戦地に派遣されるから、民間人にまで被害が及ぶことは多くない」
「そっか」
安心した矢先気づいた。そんな恐ろしい出来事は、対岸の火事どころか既に自分は片足を突っ込んでいるのだ。
「なんでこんな大事な話を初めにしてくれなかったんだ」
テルは背中に冷たい汗を流しながら言う。絶対に一番始めにするべき話をなぜ今になって聞かされているのか。
「辞める気になった?」
「辞めない」
嬉々とするカインを、テルは鬱陶しそうにあしらった。
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