第1章18話 特位騎士②

「そういえば、とくい・・・騎士ってなに?」


 テルは直前に出た言葉について、思い出したように尋ねる。先ほどからの勉強の続きのつもりだったが、予想外にもカインは表情を凍らせた。

 「は?」と絶句するカインにそれほどのことかと気恥ずかしくなり、目を逸らしながら続く言葉を待つ。


「本気で言ってるのか?」


 窺うようなカインの仕草には、常識知らずのその裏側を見極めようとする懸命さがあった。


「う、うん」


 カインの勢いに押され引き気味に頷く。カインは少し沈黙して長い息を吐いた。


「騎士の階級だよ。テルの認可証にも書いてあっただろ」


「ああ、そういえば」


 リベリオとコーレルサントルに赴いたときのことを思い出す。


「『下位騎士』って書かれてた」


「そう。下から下位、中位、上位、準特位、特位って順番で位が与えられていて。その上に騎士庁っていう行政機関がある。ちなみに俺は中位」


 さりげなく自分は格上であることをアピールするカインにイラっとするが、よく考えたら格上でないはずがないので無視する。


「どうやったら昇格するの?」


「細かいことは省略するけど、条件をクリアしたら昇格試験を受けれるようになるんだ。それに合格出来れば準特位騎士にまではなれる」


「特位は?」


「ああ、特位騎士はこの国に三人しかいない騎士の頂点。彼らがいるかどうかで国の存亡に関わるほどの実力を持ってる。彼らは皆、国王から任命されてるんだ。そう簡単になれるものじゃない」


「なりたきゃ王様の耳に入るくらい強くないといけないのか」


 相槌を打っていると、ふといい加減な師匠の顔が頭に過った。


「じゃあリベリオは?」


 なんてことない質問にカインは「やっぱり知らなかったのか」とため息をついた。


「今は準特位騎士だ」


「へえ、意外とすごいのか。……今は?」


 素直に感心したが、カインの含みのある言い方に引っかかったテルが聞き返す。


「リベリオは、十五年前特位騎士に着任したが、次の日に辞任したんだ」


「はあ?」


 予想だにしない情報に口をぽかんと開けるテルに、カインは頷く。


「なんで辞めちゃったの?」


「聞いても教えてくれなかった」


 十五年前のリベリオを思い浮かべるが、顔立ちも体格もほとんどが別物なのだろう。


「特位並みの実力があり、戦争でも頼りにされている防衛の要。それは特位をやめてからもずっとそうだ。リベリオがいるからこの国は滅ばずにいる」


「リベリオってすごかったんだな」


 感じ入るように呟くが、やはり実感がない。戦っている様を見たことがなければ、そんな昔話や功績の話をされた覚えもない。


「現在進行形ですごいんだよ」


 しかしそんな話をしているが、カインの眼差しは尊敬の念に溢れているということもなく、どこか暗い。


 秘密の多いリベリオにも、考えがあるカインにも色々と事情があるのだろうが、テルには到底触れることもできない、遠い世界こじんの話だ。


「テルはなんで、騎士になったんだ?」


「え?」


 だしぬけにカインが言うので思わず聞き返す。魔獣狩りを騎士と呼ぶのにもまだ慣れていないので、意味を飲み込むのに手間取った。


「なんでって」


 テルは言い淀んだ。この質問は前にもカインにされた。あの時は絶賛喧嘩の真っ最中(今も仲直りなんてしていないが)であったため、そのままなかったことにしていた。


「なんでって、そりゃあ……なんとなく?」


「なんとなくって……、命が掛かってるのにそれじゃだめだろ」


「仕方ないだろ、本心なんだから。なにをしたいとかもないし、なにもしてないのが一番苦しいから、できそうなことに食らいつくしかないんだよ」


「なんだそれ、記憶喪失の直感?」


「直感っていうより使命感?」


 自分の発言に自分で首を傾げる。


「なおさらわからん」


 カインはどこか愉快そうに肩を竦めた。


「まあいいや、そろそろ出発するか」


 カインが立ち上がると、どすんっと大きな石のようなものがテルとカインの間に落下してきた。


「!?」


「―――っ!」


 同時にソレを目撃した二人は表情を強張らせ、即座に臨戦態勢にはいる。



 平穏を打ち破った落下物は、切り離された男の頭部だ。



 目を大きく見開き、表情だけで今際の苦痛と恐怖を訴えていた。


 ゾクり、と肌に刃物を当てられたような殺気を感じ、茂みの奥を凝視する。

 そしてそれが現れた時、全身の毛穴が縮み上がるような悪寒を感じた。


 二人が視線を向ける先から現れたのは、身の毛もよだつ恐ろしい姿をした魔獣だ。人のような二足歩行に獣のような鋭利な爪がついており、人狼に近しい筋肉質な人型の胴体をしている。

 それだけでも恐ろしいのに、頭部と思われる部位が三つもあり、ヤギ、カエル、コイのような魚の頭がそれぞれ生えている。


「魔獣だ」


 カインは小さく低い声で口に出して、腰にある剣に手を置いた。少し後ろにいるテルも剣を創りだす。 

 緊張感で汗が噴き出す。間違いなく今まで遭遇したどの魔獣よりも強く、わざわざ死人の頭で挑発行為に及ぶその知能の高さに、戦慄が走った。


 魔獣は足を止め、値踏みするような視線でテルとカインを順番に見る。すると、三つの口全てを使って高らかに笑った。

 ヤギ、カエル、コイが順番に口を開け、こちらにはわからない会話をしているようだったが、二人を見下すような会話内容なのが、なんとなく伝わってしまうほど、余裕たっぷりの態度だ。


「運が悪いな」

 

 先ほどは魔獣と遭遇できないことを嘆いていたカインが、嘆くように言う。


 ふざけたような態度と裏腹の濃密な殺気。殺害を至上の喜びとする魔獣がテルたちに襲い掛かった。

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