第2章27話 怪物ドール②
「私ハ魔人デモ魔獣デモナイ。我ガ主、ノーラント様ノヨッテ生ミ出サレタ新シイ人間ダ!」
ドールの声が、エントランスだった結界に木霊する。
「ぶふっ」とセレスが噴出すと、それにつられてカインも失笑を堪えるように口を歪める。
カインとセレスは、調子づいたドールが自分から不利な情報を話すのを期待していたというのに、実際は理解不能の妄言であり、白けたような気分になっていた。
「こわー。見た目も怖ければ頭の中まで怖い」
「知能はそれほど高くない……いや、こっちを混乱させるための
「貴様ラ、口ハ回ルヨウダナ」
ドールは一転、不機嫌な声を響かせている。
「私ハ、死者蘇生ノ成功例ダ。肉体ノ持ツ魂ノ重サガ、貴様ラトハ違ウノダ」
「私が言うのもなんだけど、それって言い振らしていい話なの? 本当に頭が悪いんじゃ……」
「貴様ァッ……!」
「あれ、怒らせちゃった?」
「不死身ノ肉体ヲ持ツ我ヲ愚弄スルカ!」
セレスのわかりやすい挑発に、唾を飛ばして怒るドール。
「肉体じゃなくて頭の話をしてたんだけど」
「グオォォォオオオッ!!」
カインの一言でドールの理性の糸が完全に切れて、雄叫びをあげた。ドールが握っていた鉈が生物のように蠢くと、みるみる膨張していき、巨大な斧となった。
ドールはその斧をカインに目がけて投げつける。
弧を描いたような軌道でカインに迫る巨斧。しかし、速さの伴わぬ一撃をカインは軽く躱す。
自棄になったとも見える、一撃。しかし、ドールの狙いはそこではない。
「カイン!」
セレスが叫んだ。あの斧が何のために投げられたか、一度戦ったセレスはすぐに思い至る。
「……っ!」
着弾した直後に、斧から姿を変えたそれは、カインに目がけて鋭い爪を放つが、それを寸前で受けるカイン。
小さなドール、というにはあまりにも形状が違っている。
バランスの悪さを感じさせる長い胴体にある細い手足。その右腕にだけ殺傷力を感じさせる爪が生えている。くぼんだ目と横に伸びた楕円状の頭部は、子どもの頭蓋骨を思わせた。
「分裂……?なんにせよ不気味だな」
小ドールは口を聞くことが出来ないのか、カインをじっと見つめる。その体に黒泥は
霧の中で金属音と火花が舞う。
小ドールが首筋に伸ばした
「目障りだな」
カインは小ドールを目で追いながら、セレスを視界の端に映す。
ドールと距離を置きつつ、攻撃と退避を繰り返している。
額に汗が滲むのがわかった。
動き続ける自分とセレスに、毒霧を防ぐ『風の膜』を発動させるのには、緻密な魔法のコントロールが必要だった。
小ドールは、カインに姿を捕捉されないために、緩急をつけて絶えず走り続けている。深い霧も相まって、油断すれば姿を見失いそうだ。
時間をかけるのはまずい。
次仕掛けられたとき、カウンターで確実に切る。
がっ、と小さな床を蹴る音。またしても凄まじい速度で小ドールが接近する。
ドールほどの知能がないとはいえ、小ドールも蒙昧ではない。
先ほどは首筋を狙い、急所に対する警戒心をあげた。しかし、今度の狙いは足の筋だ。機動力を落とし、一歩づつ着実に追い詰める堅実な作戦。
小ドールの作戦は有効だった。カインは先ほどのように受け流すための剣を上半身より上に構える。
貰った。
確信を持ったその直後、異常な上昇気流が小ドールの体を舞いあげた。
きぃ、という何かをすり合わせたような音は、小ドールの悲鳴だったのだろう。
小ドールは自分の状態を把握するよりも先に、カインに体を真っ二つに切断され、目を白黒させながら、地面に落ちた、はずだった。
「……ぐぅっ!」
カインが低く悲鳴を上げた。
切った小ドールの下半身が変形し、生み出した尻尾の先の針でカインの肩を貫いたのだ。
奥歯を噛み締めて、捻りだした風魔法で、小ドールの下半身を両断し、距離をとるカイン。
「どこまで分裂するんだよ……」
三つに切り裂いた小ドール達が全て起き上がり、全てが嘲るような表情を浮かべている。
形状はすでに人型からは程遠い、足の数がバラバラな歪なクモのような姿をしている。
カイン破れた風の膜をすぐに修復し、傷口を手で押さえて痛みを抑えるために大きく息を吸う。
「クハハハハハハ。ドウダ、恐レ入ッタカ。泣イテ命乞イデモシテミロ」
セレスと戦っているはずのドールが、わざわざカインに大声を出した。セレスはダメージは受けていないようだが、徐々に体力を削られている。
死者蘇生の成功例。不死身の肉体。
どの言葉も、言葉負けしていないほどの異能であることは間違いない。
しかし、カインはどうしても引っかかる部分があった。
どうして、ドールは黒泥の鎧なんて纏っているんだ?
本当の意味で不死身なら、鎧なんて要らないはずだ。
そうではないということは、何かしら弱点があるということだ。
後方では剣と剣が激しくぶつかり合う音がする。目の前には、三体に分裂していたクモのような小ドールたちが合体して、元の小ドールの姿に戻っている。
「仕方ないか」
観念したようにカインは呟くと、懐から魔石を取り出した。
小ドールの突貫。すでに攻撃を受けることになんの不安もないような、闇雲にも思える突撃。
能動的の体の一部を分裂させることができるなら、いずれまたカインに傷を付けることができるだろう、実利にかなった暴挙だ。
カインは、半身で剣を引き、突きの構えをする。
どこを貫こうとも、活動を停止させることはできないことは、カインも了承している。
声が出ていたなら高らかに笑っているであろう小ドールに、カインは剣を押し出す。
剣の先端は、小ドールの頭部の中央に命中する。なにも起こるはずがない。そう確信していた小ドールは違和感を覚えて、動きが鈍った。
カインをすぐさま剣を引き抜いて、小ドールの攻撃を躱す動作に入る。
小ドールからすれば、この上なく無駄な行動。
しかし、カインは小ドールの頭部に残った、ちりちりと光を放つ石をみて、にやりと笑う。
違和感に気づいた小ドールが、異物を取り除こうと鉤爪のない左腕を抉り込ませようとするが、それよりもさきに小ドールの全細胞が悲鳴を上げた。
頭部に埋め込まれた異物が発火しているのだ。
「―――――っ!」
耳に響く耳障りな悲鳴。そんな絶叫を上げた時には、既に小ドールは全身が燃えていた。
悶えるようにして倒れ、そのあともまだもぞもぞとのたうち回った末に、黒ずみになったそれは動きを止めた。
「ふう」
一つ息をはいて、じりじりと痛む掌を振った。
カインが剣を突いたときに、ドールの頭にねじ込んだのは、『ファイアフライ』の魔石だった。
ファイアフライは魔石の周辺を飛び交う松明、つまりは『火』である。
小ドールの頭に突きを放つ直前、ファイアフライを起動させ、その魔石を小ドールのなかにねじ込むことで、内側に火を起こしたのだ。
当然、それが有効である確証はなかったが、はじめに思いついたそれが有効策であり、内心ほっとしていた。
「セレス!」
「うん、見てた!」
カインの声に、元気いっぱいに返事をするセレス。
ただの一撃でさえ食らえば、風の膜が破れてしまう状況の中でよく耐えてくれたと感心しつつ、最後の標的を睨む。
確かな弱点が露呈し、本気をだしたのか迫力が増し、自分の体の一部を失っているのに姿が大きく見える。
二人とも火属性の魔法はないので、ファイアフライをドールにぶち込む。
やるべきことは単純だ。しかし、
「あの鎧を破る」
火という弱点を補う黒泥の鎧。限りなく不死身の肉体に近い怪物をいかにして倒すのか。
言葉に出したものの、実現に至るまでの道筋がなにも思い浮かばない。いっそ遺跡を崩して、逃げてしまいたい気持ちに駆られたが、ふと不敵に笑うセレスを視界の隅に捕えた。
どうしてこんなときでも楽しそうにしてられるんだか。
呆れたような気持ち顔の汗を拭うと、気が付いた。
自分も同じように口角が上がっている。
窮地に陥り、興奮成分に脳が犯されている。即座に、自分が楽しんでいるわけではないと判じる冷静さもまだある。ならば、
「楽しいかどうかはさておき、気分が高揚しているのは事実だ」
素直ではないカインは剣を構えると、目の前の怪物に笑みを向けた。
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