第2章8話 凱旋祭一日目

「あれも食べたい!」


 そう不必要に叫ぶセレスは両手に持った串焼きを困ったように見比べると、それぞれをテルとカインに押し付け、別の屋台に向かっていく。


 ニアを引き連れ、カインと合流した四人はシャダ村の一番大きい通りに軒を連ねる露店を見て回っていた。

 シャダ村のの村人の大半だけでなく、村外からの観光客もが集まっており、今だけはセントコーレルのメインストリートにも匹敵するほどの賑わいを見せている。


「自分で買ったんだから自分で食べなよ」


 渡された串焼きを突き返したカインだが、戻ってきたセレスは芋を上げたスナックのような食べ物を両手に持っており、「これ以上どう持てと?」と無言で首を傾げる。

 諦めて舌打ちをするカインにセレスは追い打ちを掛けるように、自慢げな笑みを浮かべた。


「私、あんまり沢山は食べれないけどいろんな種類を食べたいの」


「買うのは自分の食べれる分だけにしろって言ってるんだよ」


 そこまで言ったカインは「テルからもなんか言ってやってよ」と顔を向けるが、テルは渡された串焼きをむしゃむしゃと食べている。


「いいじゃん。うまいよ、人の金で食う肉は」


 カインは頬の筋肉をぴくぴくと痙攣させると、自棄を起こしたように肉に食らいついたが、「冷めてる。硬い」と眉を顰めた。


 ニアは先ほどセレスに勧められて買ったクリームが入った焼き菓子を小さな口でゆっくりと食べていたが、次々に「これもおいしいよ」と差し出される食べ物たちのせいで、いまだに食べ終わっていない。


 初めは慣れない食べ歩きで少し困惑していたようだったが、周囲の人が楽し気に屋台飯を食べていたり、セレスが豪遊していたりする様を見ているうちに気にならなくなっていったようだ。


「あれも食べたいのに、お腹が苦しくなっていきた」


「どうしてそんなに必死になって食べてんの?」


 苦しそうに口元に手をやるセレスに、テルが純粋な疑問をぶつけた。セレスは「ふふふ」と無理をして不敵に笑う。


「金の亡者だ守銭奴だと言われた雪辱を晴らすためよ。ここで私が宵越しの銭を持たない主義であることを見せつける……はずだったのに」


「頼むからニアに悪いことを教え込まないでくれよな」


 馬鹿げた話に本気で悔しがるセレスに対し、早々に共感することを放棄したテルが釘を刺す。

 ちらりとニアに視線を向けると、こちらを気にすることなく料理を咀嚼している。

 

「テル、これの残り食べない?」


「要らない」


「カイン、助けてぇ」


「どっちにしろ汚名には違いないんだから、そんなに頑張らなくてもいいと思うよ。ていうかこっちを巻き込まないでほしい」


 冷めた串焼きを食べ終えたカインが辛辣な言葉を添えて、セレスの残飯処理を頑なに拒否する。


 「仕方ない、ちょっと休憩してから食べよう」そういって辺りを見回すと、煌びやかな装飾品が並べられた屋台を指さした。


「ねえニア、あそこ見てみようよ」


 了承を得る前に手を引かれたニアは、これまた見慣れないものを前にして困惑と好奇心が入り混じった様子で品物を見比べている。はっとしたようにセレスが一つのアクセサリーを手に取る。


「これきっと似合うよ。……少しだけフード外してみない?」

 

 フードで隠れた瞳を窺うように、セレスが少し首を傾ける。ニアは躊躇っていたのかじっと考えるようにして、最後に弱々しく頷いた。


「うん、やっぱりかわいい!」


 ご機嫌にセレスが言う。銀色のチェーンと淡い色の宝石が、光をあらゆる方向に拡散したように、道行く人の視線が集まる。


「どう、気に入った?」


 そう問われ、ニアは控えめに頷くが、気恥ずかしさや周囲から目立っていることに気遅れしたのか、すぐに外して棚に戻してしまった。


「凄く似合ってたのに勿体ない。可愛い子がおめかししないのは罪深いのよ?」


 申し訳なさそうに俯くニアだったが、冗談めかして笑いかけるセレスが、「ねえ?」とだしぬけにこちらに視線を寄越した。


「あんまりじろじろ見てるとキモいわよ」


「すまない、テル。余りに熱中してるもんだから邪魔できなかった」


「くっ、悪かったなキモくて」


 少し離れたところから様子を窺っていたテルに、目を細めたセレスが近寄り、カインが茶化す。

 なにか言い訳をこしらえようとしたが、確かに不審者然としていた部分を認めざるを得ない。


「可愛かったなら、じろじろ見てないでちゃんと言ってあげなさいよ。そっちのほうが遙かにましよ」


「キモいことには変わりないんだな」


 テルは呆れたようにしてセレスから視線を外すと、屋台の前にいたはずのニアの姿が見当たらない。


「あれニアは?」


 周りを見回すと、ニアの純白の髪色は目立つのですぐにわかったが、テルは異変に気が付いた。

 何者かがニアとなにかを話している。といってもニアはこちらに背を向けているので、おそらく一方的に話しかけられているだけだろう。


 背が高く、ニアのローブに負けないほどの分厚いコートに身を包んでいる。胴体が長いのかどこか不安定な立ち姿をしており、濡れたようなうねった深緑の髪を真ん中で分け、分厚そうな眼鏡の奥に暗い色の瞳が揺らめいている。


 ナンパとはすこし違う雰囲気があった。


「ニア」


 テルが声を欠けると、男がこちらに視線を向け、同時にニアも振り返った。


「どちらさまですか?」


 テルが駆け寄ると、セレスも近寄ってくる。


 近寄ってみると男の背の高さが際立った。体は細身なのだろうが、厚手の服でその印象はなく、身長はリベリオよりも大きい。


「ああ、すみません。見知った顔と間違えてしまいまして、他人の空似でした」


 男は照れたよう笑う。


「私の背が高すぎるばかりに怖がらせてしまったようです。申し訳ない」


 男は軽く頭を下げると「では失礼」と一方的に別れを告げて去っていった。


「大丈夫だった?」


 テルがニアに振り向くと、ニアは外していたローブを被りなおした。表情は見えないが唇が微かに震えている。


「ニア、大丈夫?」


 セレスが庇うように背中をさするが、ニアは顔を上げようとせず、「大丈夫?」というといに、心配させまいと何度も頷いている。


「今日はもう帰ろうか」


「そうね」


 テルの提案にセレスは小さな声で同意する。ニアは依然顔を下に向けたまま、賛成も反対もしない。


「そろそろ遊びの時間も終わりだな」


 カインが空を見ると、太陽が徐々に傾き始めていた。

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