第1章21話 打算の理由

「魔法が使えるなら、初めから使えよ」


 尻もちをついたままテルは背を向け剣を杖にして立つカインにいった。


「ははは。今日は使う予定じゃなかったんだけどな」


 血と泥と達成感の爽やかさがある表情を向けると、冗談めかしたように言った。


「勿体ぶりやがって」


 いつもなら、その言葉に腹を立てていただろうが、今はそんな気に慣れず、つい笑いがこぼれた。


「それより、今のどうやったんだ?」


 テルは両腕が切り離された魔獣に視線を向けながらカインに問うた。


「首を切る風魔法より先に、腕を切る風魔法を出してただけ」


 つまり、腕の次に首を落としたのは完全に計算通りだったわけである。


「おっかな、俺魔獣じゃなくてよかった」


 身震いしながら言うテルに、カインは苦笑した。 


 テルは体を逸らしてカインの向こうにいる魔獣に目を向けると違和感に気づいた。


 ヤギとコイの頭はなくなり、左肩にあるカエルだけが残っている。しかし、まだ体が崩れていない。


「カイン、避けろ!」


 テルが叫ぶとカインは残っていた気力をふり絞り、真横に跳んだ。すると、カインがいた場所を凄まじい速度で触手のような一本の物体が伸びて通過していく。

 もしカインがその場にいればそのまま貫かれていただろう。


 触手はそのまま空に伸びていき、上空に飛んでいる鳥を撒きつくように捉える。哀れな鳥はあっという間に、触手の元であるカエルの口に運ばれ、そのまま飲み込まれた。触手はカエルの舌だったのだ。


 鳥を捕食した魔獣はおもむろに立ち上がる。よく見ると、なくなった首の根元が沸騰するように蠢いている。


「まさか」


 そう声を震わせたのはテルだった。


 魔獣の寂しくなった首から上には、悍ましい様子で鳥の頭が形作られていた。馴染ませるように、首を鳴らし、力むように屈むと、なくなった両肩から翼が生え変わった。


「勘弁してくれよ」


 思わずカインが笑うようにこぼすと、魔獣はそのまま空高く飛び上がり、その場で羽を畳んだ。

 魔獣な勢いよく落下する速度を利用した、跳び蹴りだ。魔獣は、まだその体になれていないのか、カインとテルの中間に落下した。直撃は免れたものの、凄まじい衝撃が二人にも及ぶ。


 テルはカインに目をやる。渾身の一撃を放ち満身創痍のカインは、先に自分でも言っていたとおり、自力で逃げることもままならないだろう。

 テルは手足の痛みを噛み殺し、剣を構える。魔獣はこちらに気づき、互いの視線が交わった。三つ首は二つ首になり、饒舌なヤギの不快な声はない。しかし迫力は大きな羽のせいで、なお強大なものに感じられる。


 魔獣の能力はどう変化を遂げたのか。いままでのダメージの蓄積はなにもなく、魔獣の性能が上がったならば、こちらに勝ち目はない。


 ずきり、とテルの脳を焼くような痛みが走った。今日と昨日で魔力を随分と使い、その反動がいまになってやってきた。


 何度も剣を作って投げるのはもうできない。カインに頼ることもできない。


 突破口を見いだせずにいるテルに魔獣は羽ばたかせる。すると、舞い上がった羽根がこちらに向かって一斉に飛び掛かり、テルは咄嗟に剣で防いだ。間合いを保たれては、一方的にこちらが削られるだけだ。


「うおおおおおおお!」


 策も技術もない、力があるわけでも、洗練された一撃でもない。ただ闇雲な剣。笑うという表情をもたないカエルとトリの顔が、ふと嘲笑するように歪み、テルの前に羽を突き出した。


 テルの脳裏で、羽根が銀の鱗で覆われる様が鮮やかに流れた。きっとこの剣もさっきと同様に防がれる。


 そう思ってもテルの動きは止まらない。そして振り下ろされた剣は、


「え?」


「ゲコ?」


 あっさりと羽を切り落とした。


 想定外の事態にフリーズする魔獣。テルはそこに間髪入れず切りかかり、残った二つの首を切り落とした。


 倒れた魔獣の胴体は、そのままぽろぽろと形を崩して、灰になっていく。

 茫然とするテルは辺りを見渡すと、同じく呆けた顔のカインもいる。


「なんだったんだ……?」


 テルの言葉にカインは控えめに笑いながら、首を傾げる。


「急激な自分の能力の変化に、順応できなかったのかも」


「……自分の鱗がなくなっていることを、うっかり忘れてたってこと?」


「鳥を吸収して、鳥頭になったんだな」


 カインの首ごとに能力があるといっていた話を思い出す。翼を手に入れたあとの魔獣の挙動は、首に応じて変化させる必要があったはずだった。しかし、それが間に合わなかったのなら、なんて締まりのない幕引きだろうか。


「ああ、もっとかっこよく勝ちたかった」


 命拾いをしたのに、肩透かしを食らった気分でテルは球体の魔石を拾い上げ、そのまま仰向けに倒れた。

 魔石を空に透かしてみると、前の人狼と同じような禍々しい色のなかに、淡いグラデーションがあって、気持ち悪さと心地よさが同居した感覚が込み上げた。


「いいとこどりされた俺よりはましだよ」


 声の方をみると、カインもいつの間に体を倒している。このまま気を抜けばそのまま意識が飛んで言ってしまいそうだ。


「カインはさ」


 そう言ってテルは首だけ動かしてカインの方を見た。


「なに?」


 眠っていたかのような掠れた声で返事をするカインも、同じように首だけ動かした。


「なんで魔獣狩りになったの」


「あー、その話か」


 魔獣と遭遇する前にしていた話を思い出してカインは視線を空へと戻す。


「あとなぜ俺をいじめた」


「あはは。悪かったよ」


 謝意に欠けるなと思いつつ、テルは次の言葉を待った。


「……この国の政治ってさ、貴族上がりのエリートばっかりで、平民は介入できないんだ。でもまれに、一般騎士から成り上がったような人もいて、そんなふうに成り上がりたいって野望を秘めた騎士もそこら中にいる。それで、俺はそのうちの一人ってだけだよ」


 詰まることも迷うこともなく、落ち着いた様子で言い終えたカイン。それはまるで準備していたかのような、適切すぎるゆえにどこか不自然さがあった。


「そんなご立派な目標があるくせに、何だって弟弟子いじめなんてしたんだよ」


「言ってしまえば特位騎士になるのが俺の目標なわけだけどさ、そのために箔が欲しかったんだよ」


「箔?」


「そう。『元特位騎士リベリオの唯一にして一番の弟子』っていう話題性」


「お前、そんなもののために俺を……」


「だって、『一番弟子』より『唯一にして一番の弟子』の方がインパクトがあるだろ。だからテルには騎士を諦めて欲しかったんだぁ」


 間延びした声で下衆な話をするカインに、テルは絶句した。始めはカインを許すためにこの話題を切り出したが、その気がみるみると失せていく。


「いやでももうそんな気はないんだ」


 テルのドン引く顔を見たカインが必死に手を振って否定する。


「ほ、ほら、弟弟子ができて新しい刺激というか・・・・・・た、互いに切磋琢磨して強くなれるというか・・・・・・」


「もうちょっとましな言い訳を考えてこいよ」


 ありきたりな借りてきた言葉を、目を泳がせて口にするカイン。テルは呆れて追及する気もなくなってしまった。


 カインはしっかりした方だと思っていたが、師のいい加減さはしっかりと受け継いでしまっているらしい。テルはそんなカインのことを好きになることは出来ないと思いながらも、憎むほどではない気がした。


 

「早く拠点に帰ろう。ていうかもう家に帰りたい。痛すぎて死ぬ」


「テル、杖作ってくれない? 剣だと心許なくて」


「はいはい、わかったよ」


 そんなやり取りをしながら、重傷の二人は遅い足取りで帰った。 

 そんなつもりはなかったが、互いに痛みを紛らわすために、愉快な馬鹿話をしていたため、帰路もそれほど長くは感じずに済んだ。

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