第2話 僕と彼女のお話 (ⅰ)
相変わらず、彌嘉は同じ会社にいて出世して支店長兼統括マネージャとして全国を
飛び回っている。合間にご飯を食べたり、旅行に行ったり、お互いの家でぐたぐた
している。距離を置く関係においても合鍵をお互いに持っていて、それを回収すべき
か否かということには触れないまま、鍵入れの2番目のポジションにぶら下がった
ままである。本来ならばすぐにでも追いかけたり、部屋にしれっと会社帰り寄って、
飯でも作って待っていたりすればいいのだけれど、今回はきちんと整理して話をしな
ければいけないタイミングなのではなんて思っているのもあって、会うことはしてい
ない。
高校の時はモテず、大学の時も工学部であること、彌嘉はみんなのあこがれの先輩
で、私は別に興味がなかったというよりサークルで友人と戯れていたり、初めての一人暮らしで親に気兼ねすることなくバイトや遊んだりできること、理系ということ
で適度に勉強しなければ留年の危機があること。必ず、中だるみで2年生になると
遊んでしまうので、同じ轍を踏まないように友人を選び自分を戒めていたせいか、
バイト仲間の違う女子大の女の子と付き合うくらいで、卒業したら結婚とかいわれ
たけれど、その子のお父さんの経営する建設会社に入社するか否かを考えたときに、
まだ外で経験を積みたいし、養子にもマスオさんにもなれないと判断し、少しもめ
たものの、東京に配属になり社会人として働き始める。そこで彌嘉と再会して付き合
うようになるが、海外の大学院にいくことに背中を押してくれたのも、向こうで就職が決まり喜んでくれたのも彼女である。日本支社に転勤で配属になり戻ってきたとき
もかなり喜んでくれた。コロナという状況で全てリモートと直行直帰の中での仕事
で拠点となる家を選択するときも、京都という土地を選んだのも彼女が近くに居た
からでもある。
本来大阪に拠点機能があるから、彌嘉の場合そちらに住んだ方がいいに決まっている。伊丹にもすぐ行けるし、新幹線も始発駅で東海、山陽乗り継ぎもかなり便がいい。
だが彼女はあえて、京都に叔母の持ち物であった小さな車庫付きの町家があったのでそこをかりることにしたらしい。リモートのさなかだったこと。新快速で30分以下で大阪に出れることも大きかった。車が趣味で今はそこにお金を掛けているから
、ガレージ付きの少し広い作業場も確保されたスペースは彼女にとって絶好の遊び場
でもあるんだ。
内装専門ではあるが、プロ並みで、整備も出来るように整備士の免許も持っている。
叔母さんの家が整備工場というか、ディラーで自然に遊び場として子供のころから出入りしていたが整備よりも車はシステムに移行するという叔父さんの助言もあって、
大学は近くの国立大の工学部の情報学科に進んだらしい。そこで2個上の彼女と出
会うことになる。ゼミ生として重なったことがあって相談したり、ご飯を食べに行く
ことはあったが、いつも人気者で囲まれていたから2人きりになったのは、飲むつもりでなかったのに飲んで車を運転しなくてはならなかったが、MTを乗れる人間
がいなかったために仕方がないから乗ったのは良いが、久しぶりのマニュアルのクラッチの繋ぎに最初苦労したため、彌嘉に怒られながら帰ったこと、わざわざ送った
はよいが夜が遅かったのでそのまま実家に厄介になり、朝ごはんと次の日家に送ってもらってから序にアパートによって拾ってくれるうちに仲よく打ち解けるようになっ
て、彼女のこととかもよく話した。
付き合ってから分かったことはいつもプラトニックな付き合いしかしてこなかったこと、清い中学生なのか?と思うくらいのお付き合いをしてきたらしい。
最初、私が夜現れたのでお父さんが面をくらってしまったけれど、正直に話したら、そうといってそれから、たまに仕事の後わざわざ迎えに来てくれて夜ごはんをごちそうになったり、酒田や鳥海山を上りに伏流水を汲みに行くためだけにいったり、温泉とラーメンと蕎麦のたびとか言って駆り出されてよく行ったものだ。癌を何度も患
っていたこと、息子がいなくて寂しかったこと、奥さんと離婚されて娘一人を養ってきたこと。東京のシステム会社で働いてきたけれど、離婚を気に仙台に帰ってきて地元の石油商社に入社したこと、そんなを聞いた。私もNYから戻ってきて葬儀に出たから覚えている。雪で空港が封鎖されることを聞いて、友人に頼んで車を借りてスタッドレスに履き替えてもらって走った。
死に目には会えた。娘を頼む、結婚しなくてもいいから、ずっと親友であり理解者でいてやってくれ!君は好きな人が別にいるようだから、結ばれるといいな。でも、何度も言うが彌嘉をよろしく頼む。そう言って息を引き取った。
引き取るときに娘を外させてなんなの?男って不思議だよね?
なーんて言っていたけれど、そんなものではない。
ただ、娘を託し、年の離れた友達として永眠した。
故人をしのぶ時間など人それぞれだというけれど、それでも仕事は待ってくれなくて、心の奥というよりも表面に漂い覆う焦燥と空虚が同時に流れている感は覆い隠せるはずもなく、ただいたずらに気を使わせてしまう自分をなんとか出さないように、今日を終えて帰宅途中、ただただ流れ落ちる涙を暗闇にハンカチで拭く。
枯れてしまうのではないかというほどではないが、一定時間供給に追いつかなくなるのではないかというくらい。
電話を掛けあうたびに昔話に花を咲かせ、一緒に泣く時間を経て彌嘉の告白を受け入れて、付き合うようになった。
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