姉神は、叶わないと知りながらも、望んでいました。いつか妹が蘇ってくることを。

 姉神は、ありえないと分かっていても、恐れていました。いつか妹が復讐しに来ることを。


 骸を棺桶に収め、上から黒い帳で覆って。淋しくないように、傍にいてくれる人々を寄越して。帳の内に星を縫い付けて。姉神は妹神を、大事に思っていました。もう二度と傷つけないように、守っていました。

 でも、怖くてたまらない気持ちもまた、あったのです。妹神は、姉神のせいで死んでしまったので、そのことを恨んでいるかもしれないと。

 昼の国を築き、守るようになった姉神は、夜の国との間に朝と夕を置いて、夜の国を見張らせるようになりました。夜の国は穏やかで、静かで、妹神が起きてくる気配もありません。けれどたまに、夜の国から人がやって来ると、姉神は恐怖してしまうのです。妹神が、復讐の準備をしているのではないかと。

 故に、姉神は、境を超えてしまった夜の国の者は、光の矢を放って焼き殺してしまうのでした。もちろん、姉神だって好きで殺すわけではないので、朝の神に忠告の役目を頼んでいました。夜の国から出ることは、妹神の棺を荒らすことになると。妹神に寄り添う使命を放棄することになると。それらの理由も正しかったので、完全な嘘というわけではありませんでした。夜の国の人々は、どうしても、夜の国から出られなかったのです。

 夕の神には、昼の国から夜の国へ行かす者を記録しておくように頼みました。夜の国で死んでしまった分を、昼の国から補おうと考えてのことでした。

 朝の神と夕の神は、元々は地上に暮らす者たちの祈りから生まれているので、地上の味方でもあるのです。二柱のためにも、姉神は極力、天罰を下さないよう心がけていました。姉神も、自分と妹神のために祈ってくれた者たちを、殺したくはなかったのです。

 あることを、指摘されない限りは。


『夜の国の人が、恐ろしいのですか』


 妹神への恐怖を、指摘されない限りは。

 昼の国の少女と、星烏のお供を連れて出てきた、夜の国の少女。あの子たちは、見逃してもいいかなと思っていたのです。あの二人は、一緒にいたいと願っていた。恐ろしくても、妹神が蘇ってくれることを望んでいた自分と、重なってしまったので。

 だけど、黒檀の指が書いた言葉で、思い出してしまったから。恐ろしくて堪らなくなって、光の矢を放ってしまったのです。


 昼の国の少女が、泣いているのが聞こえてきます。でも、そのうち聞こえなくなるでしょう。あの子と同じように、姉神も耳を塞ぐのですから。自分の行いに堪えられなくなって、壊れてしまうのを防ぐ前に。


 ❖❖❖


 朝の境から、悲鳴が聞こえました。悲しい時以外には出さない、夜の国の者が上げた声でした。


 物言わず、骸となって眠っている妹神ですが、何も思わないわけではありません。死んではいましたが、意識はまだ残っていました。どうやら、意識は消えるまでに、長い時間を要するらしかったのです。

 意識があるとて、何ができるわけでもありません。夜の国を照らしているのは、自分の骸を通した姉神の力。妹神には、何もできないのです。ただ、夜の国の者たちがくれる慰めを、受け取っているばかりでした。心が安らいで、地上の者たちが愛おしかったので、悪くはありませんでしたが。帳の外へ遠ざかった、姉神のことが心配でした。


 妹神の力は、姉神へと戻っていきました。制御の力も、姉神の元にあります。けれども、制御の力は上手く機能していないようなのです。地上の者たちが生きるためには、何の問題もなかったのですが、姉神自身へ働いてはいなかったようなのです。

 妹神は、姉神を支えるのが役目でした。大きな力を使った後、姉神は心が大きく揺らいでしまうのです。使わなくても、力は姉神を揺さぶり続けています。だからこそ、妹神が傍で見守っていなくてはなりませんでした。ひとりぼっちでは、姉神は心を抑えきれず、抑えても傷つき苦しむばかりでした。

 傍に行ってあげたくても、妹神は死んでいますし、何より、姉神は妹神を恐れています。愛してくれているけれど、恐れているのです。それは、骸を通っていく力から伝わってきました。恐れなくていい、あなたを恨んでなんかいない。そう伝えたくても、妹神にはできません。


 骸となった妹神には、何もできないのです。夜の国の少女一人、星烏一羽を守ることすら。


 夜の国の少女を大切に思ってくれた、昼の国の少女の泣き声が聞こえてきました。二人は、自分にささやかな舞踏会を捧げてくれた、素敵な女の子たちでした。とても楽しそうで、きらきらしていて、妹神は二人のことを好ましく思っていました。二人を見守っていた、星烏と同じように。


 だからその分、助けてあげられないことが、とても悲しかったのです。


 涙を流せなくなったのに、かなしいと思うと、夜の国には雨が降ります。妹神の代わりに、国が泣いてくれるのでした。雨が降ると、人々は妹神を慰めようと、鎮魂の曲を奏で歌ってくれます。妹神の代わりに、人々が悼み慰めてくれるのでした。


 女神よ、夜の国を治める主よ。我らを照らすあなたの夢が、安らぎに満ちたものでありますよう。

 火を遠ざけ水と親しみ、あなたの傷を癒しましょう。熱さを遠ざけ寒さと親しみ、あなたの体を守りましょう。


 聞こえてくる穏やかな声に、妹神は、無いけれども目を閉じました。そうして、夜の国の人々と共に祈りました。

 ――未明の薄闇へ消えてしまった者たちが、どうか安らかに眠れるように、と。


〈おしまい〉

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The girls who can't be grey 葉霜雁景 @skhb-3725

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