第14話 八潮男之神、無旦王子を迎える

 津島つしまわたつみの宮と沖之神島おきのかみしま、そして豊浦宮とようらみやは、東西に一直線の位置にある。沖之神島おきのかみしまは、その真ん中の孤島である。


 今宵は、津島つしまわたつみの宮を無旦王子むたんおうじの一行が出発する日である。周辺海域の見回りを済ました護衛船の船長が、次々にわたつみの宮に報告に来ると、いよいよ潮見衆が集まってその時を待っていた。

 日が沈むと、一行は、八潮男之神やしおおのかみが待つ神島かみしまを目指し、静かに海に出た。伴船には、わたつみの巫女頭の阿波奈美あわなみ宮守みやもりの男衆が付いていた。


 わたつみの宮には篝火かがりびが焚かれ、その火明かりは黒潮の海を照らし、途絶えることがなかった。沖に出ると、かしこねの海に幾つもの鬼火おにびが現れた。その赤い揺らめきは沖之神島おきのかみしままで続いている。島では、わたつみの宮と同じく、岩場に篝火かがりびが焚かれている。


 つゆ時の空には珍しく、暖かい南風が舞った。


 「帆を上げよ。」


 水主頭の声が天空に響くと、暖かい風が帆を膨らませた。たちまち雲が流れ、満天の夜空に煌めく星明かりが広がった。北の空に綺羅星きらぼしが輝き、篝火かかりびの道は開かれた。

 鬼火おにびに誘われるままに、きらめく星空の中を五艘の船は、沖之神島おきのかみしまに向かった。


 沖之神島では、渡しの水主衆が、まるで昼間でもあるかのように、暗闇の中でテキパキと準備を整えていた。いよいよ、王子の船が到着すると、引き潮の時にしか現れないわずかな砂浜に、松明が焚かれ、ぱちぱちと音を立てて一行を迎えた。


 わたつみ宮の巫女頭みこかしら阿波奈美あわなみが静々と桟橋を渡って無旦王子むたんおうじを案内した。八潮男之神やしおおのかみは、立ち上がって無旦王子むたんおうじを迎えた。


 「無旦王子むたんおうじよ、よくおいでになりました。」


 八潮男之神は、派手な仕草はしなかったが、阿波奈美あわなみに導かれた無旦王子むたんおうじの手を、暖かく優しく握った。


 「ご安心ください。これよりは、われ秋津洲あきつしま豊浦宮とようらのみや八潮男おしおおが、王子をお守りいたします。それに、この島は、龍神が守る神島にて在りますれば、どのような魔人も、島を襲うことは叶いません。明朝、島の頂きから、登る朝日の姿を拝すれば、落ち着きを取り戻りもどされるでありましょう。朝日の昇るところこそ、わが豊浦之宮とようらのみやにて御座います。」


 無旦王子むたんおうじは、豊浦宮の言葉を解したわけではなかったが、松明たいまつの弾ける毎に、光射す八潮男之神やしおおのかみの表情に安堵の気持ちを隠さなかった。


 翌朝、茜色あかねいろに染まったあめうみの中、大きな太陽が水平線から上がった。島の頂で、無旦王子むたんおうじ八潮男之神やしおおのかみは、上がる日に手を合わせてこうぺを垂れた。


 「無旦王子むたんおうじよ、これから目指すわが宮は、あの日のもと、日出るの国であります。」


 「われも、早く、その宮に参りたいものぞ。」


 無旦王子むたんおうじは、初めて心からの気持ちを口にした。

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