第13話 海賊の石積船(いしつみふね)

 阿津耳あつみみは、浪響なみひびきの言葉に従って、八潮男之神やしおおのかみの帰りを待つことにした。ただし、浪響なみひびきには、


 「今回の事、高天原も一枚、加わらせてもらうぞ。高天原の若木神と金拆神の耳に入れずして、このことを進めることはならぬ。」

と念を押した。


 翌朝、豊浦宮では、かしこね姫神による朝のお勤めが終わると、阿津耳あつみみは、西の海に向かい、潮の香りを存分に浴びていた。


 千年前、綿津見之八潮わたつみのやしおが、オモダルの神となられてからは、綿津見之津島わたつみのつしま一族は、かしこねのふたつ島に居付き、島は津島つしまと呼ばれるようになった。


 もともと、津島つしまは、八潮やしお曾祖父そうそふの名であり、阿積あつみ族の英雄、神津島之綿津見こうづしまのわたつみから取られたものであった。神津島こうづしまは、伊豆の沖合にあり、いにしえより神々が集まる黒曜石こくようせきの島である。神津島之綿津見こうずしまのわたつみが力を持つようになると、自ら神津島こうづしまを名乗ることをはばかり、かみの名を取って津島之綿津見つしまのわたつみと名乗るようになった。その後、綿津見わたつみの一族は、瀬戸の島々にも居ついたが、八潮やしおについて来た綿津見わたつみ一族は、八潮やしおが豊浦宮の二代目オモダルの神になると、津島つしまに居付き、代々、豊浦宮の守り衆となって仕えてきたのであつた。


 また、わたつみの宮の巫女みこは、この海峡を治める地元の響姫ひびきひめ一族が取り仕切ってきた。豊浦宮とわたつみの宮は、いずれも、かしこねの海の守り神である。これに知佳島ちかしま西方昆にしかたこん一族が加わって、かしこねの海峡は、万全の守りが築かれていた。


 とりわけ津島つしま衆は、大陸からの攻撃には敏感であり朝鮮半島のみならず、山東さんとう渤海ぼっかい沿岸の情勢にも詳しかった。


 ならば、今回、この防御の堅い海峡を渡って、豊浦宮に侵入した海賊とは、何者であったのか。阿津耳あつみみは、賊徒の正体を明らかにせねばならなかった。


 「浪響なみひびきよ、豊浦宮を襲ったのは、の追手に追われた海賊であると言ったな。かしこねの海を航行する海賊集団については、如何ほどの情報が集まっているのか。」


 浪響なみひびきは、昨夜のことですっかりと、心のしこりが取れたのか、阿津耳あつみみの問い掛けに、わだかまりはなかった。

 「このあたりから黄海にかけての海域は、かしこねの海とよばれ、知佳島ちかしまから津島つしまとひとつ柱島をまたぐように黒潮が流れております。海峡はせまく、ここを通る船は、どの島からも目に見えるので、見つからずに抜けることは出来ません。実は、豊浦宮を襲ったのは、腰岳こしだけ黒曜石こくようせきを運ぶ松浦族の石積船いしつみふねでありました。」


 「なんと、石積船いしづみふねとな。石積船いしつみふねとは阿積あつみの代名詞であるぞ。」

 「こちらにも、腰岳の黒曜石を運ぶのは、松浦まつうら石積船いしつみふねと決まっております。」

 「そうか、神津島こうづしまの黒曜石も有名であるぞ。神津島こうづしま主神ぬしかみは、黒曜石を船で運ぶ海人で石積之神いしつみのかみと言って、われらの祖神である。さらに、麻績おみあさを運ぶのが綿積神わたつみのかみといい、これも神津島に住み着いた。そして、山を越えた奴奈川ぬなかわから翡翠ひすいを運ぶのが玉積神たまつみのかみといってな、毎年、日高見ひたかみの神々に捧げものを運んでおったのだ。石積いしつみ綿積わたつみ玉積たまつみ三積衆みつみしゅうは、古えの時より、日高見ひたかみの神々を支えてきた。中でも神津島こうづしま石積衆いしつみしゅうは力を持っていたので、三積衆みつみしゅうの中でかしらとなり、特別に”阿”あつみと呼ばれた。今でも、阿津見あつみを名乗っており、綿津見わたつみとともに、高天原におけるあめ族宇都志うつしとつち族宇麻志うましを支える忠臣である。」


 阿津耳あつみみは、阿津見あつみ一族の筆頭であることから、高天原を守るという誇りがつい出てしまう。石積いしつみ衆の中では、阿積あつみが上であると言わんばかりの口調に、浪響なみひびきもいささか閉口してしまった。


津島つしま知佳島ちかしま水主衆かこしゅうもまた、大洋の航海が出来ます。そして、松浦の腰岳も、古くから黒曜石の山がありまして、石積船いしつみふねを使って、瀬戸せと筑紫つくしの部族さらには、出雲いずもにも運ばせて頂いております。」

 浪響も負けじと、張り合った。


 「おう、そうであったな。石積船いしつみふねは、阿積あつみのものとばかり思ておったが、この地にも石積衆いしつみしゅうが活躍していたのだなあ。だが、なぜに、その石積船いしつみふね豊浦宮とようらみやを襲ったのだ。」


 「腰岳の黒曜石は切れ味が良く、この界隈かいわいでは名が知られております。知佳島はもとより、ひとつ柱島、津島、済州島に運ばれ、それから先は、黒潮族や綿津見族などの航海族が遠方に持ち運ぶのです。ただし、かしこねの海峡のことなら松浦の右に出る者はなく、かしこねの海を渡るには、松浦石積衆まつうらいしつみしゅうの力がなくては渡れないほどにございます。それだけに、松浦族が造る石積船は、このあたりの島には、どこにでもあります。」


 「その石積船がなぜ、豊浦宮を襲ったのかと申しておる。」


 阿津耳あつみみは、浪響なみひびき松浦まつうらの出身ではないかと思えるほどに、石積船いしつみふねにこだわるので、つい、日高見の三積みつみ衆のことを自慢して横道にそれたのであった。


 「そのことであります。近ごろでは、大陸からの逃亡者が増え、奴らの中には、松浦の腰岳や石積船いつみふねに乗って働いているものも多いのです。族長の目の届かないところでは、石積船いしつみふねを奪い、徒党を組んで海賊となって暴れる者たちも増えていると聞いております。」


 「ならば、豊浦宮を襲わせたのは、松浦と関わりのある海賊衆であるのか。」


 「襲わせたとは、滅相めっそうもありません。近頃、この海域ではえつの逃亡兵を用心棒として抱える達の悪い海賊船が跋扈ばっこして居ります。」

 「そのようなえつの逃亡武人が何をしている。」

 「せいの追手が後ろ盾になって、越人同士、同胞狩りの先頭に立っているようであります。かつての同族、血筋の者同士で殺し合いをやっております。」

 「なんとな、越人同士の人狩りが行われているのか。」


 「いかにも、先日も、奴らの一団が、石積船を奪って、沖之神島おきのかみじま周辺をうろうろしておりました。それで、われは、無旦王子むたんおうじ八潮男之神やしおおのかみの安全守るため、いくばくかの財貨を渡して海賊どもを追い払ったのです。どうも、その賊徒が豊浦宮とようらみやに向かったのではないかと思っております。」

 「ならば、豊浦宮を襲ったのは、大陸の戦いで敗れた敗残兵が、同じ一族に追い詰められて、やったことであるのか。」

 「かしこねの海には、そのような亡者が、日に日に増えております。恐ろしいことであります。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る