第8話 蘇る若葉

 阿津耳あつみみうしおが豊浦の湊に近づくと、既に、金拆神かねさくかみからの烽火のろしが届いており、大勢の船が出迎えてくれた。

 豊浦宮とようらみやを始め、大潟宮おかのみや綿津見宮わたつみのみや、ひとつ柱(壱岐)の宮、知佳島宮ちかしまのみや、その他に、瀬戸内海せとうちのうみから秋津大宮あきつおのおみや愛媛宮かえひめのみや小豆宮あずきのみや淡路宮あわじのみやなど、多くの宮船が湊までの案内を務めた。


 出迎えの船に囲まれた阿津耳あつみみは、それぞれの一族の熱い思いを受け止めた。船の舳先に立ちあがり、新しき若木神わかきかみの代理として、大きな御幣みぬさを抱え、左右に振りかざして皆々を浄め祓った。


 「高天原より阿津耳命あつみみのみこと、あめつちの神々の命を受けて、ただ今、豊浦の浜に到着。」


 阿津耳命あつみみのみことの声が響き渡ると、迎えの船は、歓迎の声で答えた。


「高天原阿津耳之命(たかまがはらあつみみのみこと)殿、お迎え~。」


 その響きは、待ち受ける多くの人々の声と重なって、船と浪との間を駆け巡り、豊浦宮とようらみやにとどいた。

 豊浦宮では、かしこね姫神が出迎えてくれた。今の姫宮ひめみやは、初代かしこね姫神から数えて三十三代目である。

 また、同じく三十三代、面足八潮男神おもだるやしおおのかみは、いまだ、沖の神島かみじまに籠られて不在である。阿津耳命あつみみは、かしこね姫神の前に出ると、恭しく首を垂れた。


 「おお、阿津耳命あつみみのみことよ、早速、お越しいただきありがたきかな。高天原たかまがはらまします新しき若木神わかきのかみ金拆神かなさくのかみ素乃木妃神そのきのひめかみにはなんとお礼を申し上げればよいのやら。高天原の使者がお見えであるということで、ほれ、このように方々から、秋津洲の八部族が集まってくれた。心強いかぎりである。八潮男之神やしおおのかみは、ただ今、響きの神島にて祈りを捧げてお籠りである。」


 すると、高天原で「蜻蛉かげろうの誓い」に参列され、戻られたばかりの佐久花姫神さくはなひめかみの姿が現れた。

 祭壇の前に静かに歩み寄られると、あめつちの神に深々と拝礼をすまされ、胸に掛けられた八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを外して、祭壇に奉じられた。


 「高天原にまします、あめのみなかぬしの神、たかみむすびの神、かみむすびの神の御前に、畏み畏み申す。今、西の海に盗人ぬすびと現れ、心乱れて罪人つみびととなる。海の賊、われら秋津洲あきつしまの腹から一族を襲いて、あめつちをわがものとせんと罪を犯す。ついに秋津洲にましまします西の大宮、豊浦宮とようらみやを襲うとは、断じて許すまじき行い。高天原たかまがはらは、新たに幼き若木神わかきかみに世継ぎが行なわれたばかりであります。いまこそ秋津洲あきつしまの民、心をひとつにして賊徒から蜻蛉かげろうの島を守るべし。皆々よ、この八尺瓊勾玉やさかにのまがたまの如くに心を一つにせよ。八尺瓊勾玉やさかにのまがたまは、命の御玉みたまにて秋津洲あきつしまの心なり。」


 そこに、豊浦宮の世継である豊玉之男とよたまのおが現れた。

 

 「ただ今、津島つしまの北方海域より戻りました豊玉之男とよたまのおにてございます。高天原たかまがはらには、火急のこととて、うしおを使者に立ててのお願いでありましたが、早速の対応をありがたく感謝申します。それに、阿津耳之命あつみみのみことには、直々にお越し頂きまして、この上なき喜びであります。八潮男之神やしおおのかみは、ただ今、沖の神島にて、お籠りにて御座います。われ、父神ちちかみに代わりまして、阿津耳之命あつみみのみことをお迎えし、高天原の御支援を賜りたくお願い申し上げます。大海原おおわたのはらの皆々と共に力を合わせて、秋津洲あきつしまの守りを固める覚悟にてございます。」


 阿津耳あつみみは、一歩前に進むと、使者のうしおに合図した。うしおも、心得たもので、持ち帰った函から縄目の壺を取り出し、うやうやしく差し出して、磐座いわくらにすえた。さらに、壺の中から三枚の御印みしるしを取り出すと、瑞々みずみずしく青々とした一枚の木の葉からは、薄い蒸気が立ち上った。阿津耳之命あつみみのみことには、そのふわふわとした蒸気がまるで若木神の御姿のように見えた。

 「うしおよ、かしこね姫神に若木神わかきかみみことのりを伝えよ。」

 と、阿津耳あつみみが促すと、うしおは、まるで若木神わかきかみ磐座いわくらに座っているかの如くに畏まって応えた。

 「うしおがかしこね姫神に申し上げます。ただ今、磐座いわくらに捧げましたる若葉なるは、高天原たかまがはらは、若木神わかきかみみことのりにて御座います。高天原たかまがはらの新らた神は、未だ、言霊ことだま現れなき若神なれば、天星山あまぼしやまの山風に誘われて御印みしるし)を頂きました。金拆神かなさくのかみ)は、この若葉は『高天原たかまがはらの新しき命であり、若木神わかきかみみことのりである。かしこね姫神ならば、お分かりのはずである。』と申されました。」

 うしおは、金拆神かねさくかみに言われたまま、見たままを伝えた。


 「これこそが、若木神わかきかみみことのりにて御座います。」


 すると、いつきの庭に集まった皆々の視線は、うしおが捧げた若葉に視線が集中した。


 「われが、天星宮あまぼしみやにお伺い致しましたところ、若木神わかきかみの前に枯れ葉が舞い上がり、その御身体にまとわりつきました。すると、干からびた枯れ葉は、たちどころに緑の若葉となり、瑞々みずみずしく命を取戻しました。しかも、その葉からは新たなが出て、さらに勢いを増して伸びたのでございます。」


 阿津耳之命あつみみのみことは、満足気に、その若芽が伸びた一枚の若葉を、かしこねの姫神に差し上げた。姫神は、水分をたっぷりと含んだ水苔みずごけのごとき若葉を両の掌で受け止めると、その一枚の若葉からは、沢山の小さな若葉が芽生えていた。

 すると、そのひとつひとつが、天空に伸び、また、指と指に絡みついた細く白い根は大地に向かって伸びた。あたりには、たくましい生命の香りが漂って、みなみなの心をとらえた。

 かしこね姫神は驚きもせず、満面に笑みを浮かべて、手にした若葉を磐座いわくらに戻し、さらに、残り二枚の若葉をそえた。すると、三枚の若葉は一体となりて、さらに多くの新芽が天空に向かい、幾筋もの根は大地に深く沈んだ。


 阿津耳は喜びのあまり、

「おおっ、これは、まさに高天原は、若木神のみことのりなるぞ。豊浦宮の行く末に、大いなる命の力を賜うた。まさしく大儀のお許しを得ましたぞ。ありがたきかな。早く、八潮男之神やしおおのかみにもお見せしたいものよ。うしおよ、お勤めご苦労でありました。」


 さらに、かしこね姫神は、磐座いわくらの若葉に寄り添って申された。

 「この若葉は、まさしく若木神の御印みしるしである。秋津洲あきつしまの命のみなもとなり。豊浦宮とようらみや磐座いわくらに根付きて、若木神わかきかみ依代よりしろとならん。」

 そう申されると、若葉は、一層、勢いづきて、次々に青々とした新しき芽が噴き出し、茎となって天に伸びた。さらに、若葉の付け根からは、さらに幾筋ものか細き根が生え、磐座を伝って地中深くに潜り込んだ。

 茎の先からは、さらに新たな芽が生えて大きな茎となり天に昇った。たちまちの間に、三枚の若葉は大木となって、天にも上る神木となった。その様を見ていた秋津洲の皆々は目を丸くして、口を開けたまま、驚きと喜びの声が漏れてきた。


 「おお、これぞ、高天原たかまがはらましま若木神わかきかみ依代よりしろぞ。」

 「大海原おおわたはら若木神わかきかみが現れなさった。」

 「秋津洲あきつしまの心はひとつ。高天原たかまがはら大海原おおわたはらは、ひとつなり。」


 目の前で、若木神わかきかみの若葉を見ていた阿津耳之命あつみみのみことは、天に届けとばかりに、高々と伸びる若葉の行く先を、見上げるばかりであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る