第7話 若木神の詔(みことのり)

 金拆神かねさくかみは、そう言うと、若木神わかきかみの方に向かって拝礼した。素乃木之神そのきのかみに抱かれた若木神わかきかみは、まだ、目は半開きであり、手足をバタバタと動かされてばかりである。金拆神かねさくのかみは、それでも意を決して口を開いた。


 「お聞きの通りにて御座います。豊浦宮のうしおが願い如何いたしましょうぞ。」


 と、言ったまま、金拆神かねさくのかみは、深々と頭を垂れて、返事を待った。だが、幼き主神ぬしかみは、金拆神かねさくかみの姿を見るばかりで、みことのりなどあろうはずもない。目は見えているのか、うしおの願いは届いているのか、口も閉じられたままで、話もままならぬ。


 うしおは、初めて見る高天原たかまかはらの当主、若木神わかきかみの姿をじっと見つめて待った。何ごとが起こっているのか知るよしもなく、ただ、ひたすらに金拆神かねさくかみ若木神わかきかみの様子を伺っている。周りの者たちもまた、新しい高天原たかまがはら主神ぬしかみの動きに注目した。


 その時、つむじ風が舞った。風がいつきの庭を走り、落ち葉がカサカサという音と共に、若木神わかきかみの身体にまとい付いた。皆々、その様を見て、何ごとであろうかと目が離れなかった。身体に付いた落ち葉は、たちまち緑の生気があふれ、瑞々みずみずしいしずくが垂れ、あるものは、その葉から再び若葉が芽生えた。


 「おおっ。」


 それを見た皆々は、一斉に声をあげた。金拆神かなさくかみは、若木神わかきかみに近づき、芽吹いたばかりの三枚の若葉を手に取ると、それを壺に入れてうしおに渡した。


 「これを持ち帰って、かしこねの姫神にさしあげてくれ。高天原たかまがはらの新しき命であり、若木神のみことのりである。かしこね姫神ならば、お分かりのはずである。高天原たたまがはらには、海賊と戦うための兵を備えておらぬが、秋津洲あきつしまの心を一つに結ぶ力を備えている。まずは、この若葉を豊浦宮の磐座いわくらに捧げ、若木神わかきかみの依り代となしてはくれまいか。」


 「ははっ。若木神わかきかみのみことのり、確かに承りました。ただ今、見た通りのことを申し上げ、豊浦宮に捧げ致します。」


 うしおは、金拆神かねさくのかみの言葉に従い、若葉が入った小さな縄目の壺を手にした。さらに、金拆神は、うしおに豊浦宮の八潮男之神おしおおのかみとかしこね姫神への言葉を託した。


 「秋津洲あきつしまには、八部族の心をひとつにまとめる八尺瓊勾玉やさかにのまがたまがある。その守り神は瀬戸の佐久花姫神さくはなひめかみである。姫神ひめかみは、先般、高天原の世継ぎの祭祀に参列されていたが、そろそろ瀬戸の秋津大宮あきつおおみやに戻られている頃であろう。佐久花姫神さくはなひめかみ八潮男之神やしおおのかみには、われから直々の烽火のろしを挙げて、返事を致そう。さらには、秋津洲あきつしまの神々にも烽火のろしを挙げて、祈りの船を豊浦宮に集めようぞ。うしおよ、急ぎ戻りて、このことを八潮男之神やしおおのかみとかしこねの姫神に伝えよ。」


 「はっ、確かに承りました。」

 うしおは、正気を取り戻して姿勢を正し、縄目の壺を頭上に捧げて返事をした。すると、金拆神かねさくのかみは、阿津耳あみみの方を振り向いて言った。


 「阿津耳あつみみよ、なれは、これよりうしおと共に、しなの川を下り、豊浦宮とうらみやに参れ。いまこそ、秋津洲の守りを固める時である。新しき若木神わかきかみの試練と思いて、使命を果たせ。」

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