襲われた豊浦宮

第6話 潮(うしお)の訴え

 その「かげろうの誓」から十日が過ぎ、日もやや傾き始めたころ、西の方、豊浦宮とようらみやから、至急の使者が駆け込んできた。


 「高天原の大神に申し上げます。われ、大海原は豊浦宮とようらのみや、わたつみの八潮やしおが血筋のものでうしおと申します。金拆神かねさくのかみ八潮男之神やしおおのかみから至急の知らせに御座います。」


 豊浦宮の使者、うしおに立ち会ったのは、守備頭しゅびかしら宍倉ししくらという者であった。


 「うしおと申すか。いかにも海の匂いを運んで参ったようないで立ちであるな。しなの川を上ってきたと見えるが、大神への至急の知らせとは何事であるか。」

 

 近頃は、西国の使いの者が、高天原たかまがはらにも頻繁に訪れるようになっていた。瀬戸せとの海や隠岐おきの海からの使者が多く、度々、海賊に襲われ、冬のたくわえをごっそりと盗まれることを訴えに来るのであった。

 高天原には派遣できる程に兵士はいないのだが、大神のみことのりを仰ぎにやってくるのであった。


 「申し上げます。わが豊浦宮とようらみやが何者かに襲われました。」


 宍倉ししくらは、まさか、豊浦宮が襲われるとは思わなかったので、驚きの表情を露わにした。


 「なんと、大海原宮おおわたはらのみやが襲われたとな。豊浦宮といえば、西の高天原、かしこねの姫神、おもだるの神発祥の大宮にて、宮の建造は天常立神あめのとこたちのかみのお子、豊雲野之神とよくもののかみであるぞ。それと知っての襲撃であるのか。八潮男之神やしおおのかみは大丈夫であられるか。」


 うしおの訴えに、宍倉ししくらは動揺した。西の海の王者とまで言われ、評判の高い豊浦宮である。まさか、その西の海の宮が襲われようとは、誰しも想像できなかったのだが、うしおは、せきを切ったように報告を続けた。

 「これまで、西の海では多くの島々や浦々が、海賊による襲撃を受けてまいりましたが、それでも豊浦宮とようらみやだけは、手をつける賊はおりませんでした。豊浦宮が、秋津洲の西の砦として大海原おおわたはらの安寧を守って来たことを、海人ならば誰でもよく知っているからであります。豊浦宮を襲うことは、秋津洲八部族のみならず、大陸のあちこちに拠点を持つ航海倭人こうかいわじんをも敵に回すことになるのです。豊浦宮の周辺部、瀬戸内より西の海岸で、不届きな海賊衆が出没するようになりましたが、われらもまさか豊浦宮とようらのみやが襲われようとは、思わなかったのであります。迂闊うかつでありました。是非にも、高天原たかまがはら金拆神かねさくのかみにお取次ぎ頂きまして、このことを申し上げ、若木神わかきかみみことのりを頂きたく参りました。」


 宍倉ししくらは、最初、知佳島ちかしま(五島)にいる西方昆迩(にしかたこんじ)のところで問題が起こったのではないかと考えていたが、まさか、宇都志うつしの大神、大海原おおわたはら豊浦宮とようらみやが襲われようとは思いもよらなかった。


 高天原では、つい十日前、正式に世継ぎの祭祀が行なわれ、新たに若木神わかきのかみ)が主神ぬしかみとなられたばかりである。宍倉ししくらは、そわそわとしてうしおの訴えを聞いていたが、


 「われについてまいれ。」


 と言って、うしお天星宮あまぼしのみやに案内し、世継ぎを終えたばかりの若木神わかきかみに取り次いだ。まだ、三歳になられたばかりの若神であり、母神の腕に抱かれたままである。側には、金拆神かねさくのかみがいて、うしおに声をかけると話の内容を聞いた。


 「頭を上げられよ。ご苦労であったな。八潮男之神やしおおのかみは、西の海の海神である。かしこねの海、精衛せいえいの海の守護神しゅごしんとして倭人の間でも敬愛され、おそれられているではないか。そのみやを誰が襲ったのか。」


 金拆神かねさくのかみは、豊浦宮とようらみやが襲われたことに、いささか気が立ってしまい、つい言葉が荒々しくなった。


 「申し訳ありません。いかにも、神をもおそれぬ賊徒にてございます。」

 「賊徒というのは、海賊の輩であるのか。」

 「いかにも、この処、頻繁に西の海のあちこちの島から報告が上がっておりましたが、実は、豊浦宮への襲撃は、二度目にて御座います。」

 「なんと、前にも襲われたことがあったのか。」

 「申し訳ありません。最初の時は、大陸からの避難民と思って甘くみておりました。 一年前のことであり、五隻の運搬船でありました。その時は、特別の襲撃もなく、半日ほどわれらを威嚇すると姿をくらましました。われらは、直ちに大潟宮おかのみやの救援を得て、対策を講じていたのですが、十日も立たないうちに、奴らは三十隻の船を連ねて、豊浦浜を囲い込んだのでした。いかんせん、三十隻ものまとまった船が宮浜を襲撃したのは、初めてのことであり、迎え撃つ兵士は、みなみな慌てるばかりでありました。」

 「さきの運搬船が襲ってきたのか。せいの軍船ではなく、避難民であったのか。」

 金拆神かねさくのかみは、落ち着きを取戻し、冷静に状況を尋ねた。若木神わかぎのかみは、素乃木そのきの母神が膝に抱いている。

 「三十隻は避難船ひなんせんとも海賊船かいぞくせんとも言えませんでした。ただし、せいの軍船ならば、必ず、軍旗をはためかせております。ところが奴らは船の形もばらばらで、ほとんどが、松浦の石積船いしつみせんのような運搬船うんぱんせんばかりでありました。それでも三十隻の船団は、豊浦の浜辺に乗り入れんばかりの勢いがありました。わが防衛隊の主力船団は外洋に出ておりましたので、豊浦宮とようらみやは大混乱となりました。それでもわれらの守備隊は勇気を振り絞って、三隻づつがひと組になり、奴らに立ち向かったのです。」

 「おお、勇敢な水主衆が残っていたものよ。それで、・・・。」

 「奴らの船は、先の尖った丸太杙まるたくいが仕掛けられていて、われ等の横腹に体当たりしてくるのです。われらは、なすすべもなく、たちまちに沈没するばかりでありました。全く歯が立ちませんでした。」


 素乃木そのきの母神は、若木神わかきかみの身体をギュッと抱きしめたが、金拆神かねさくのかみも同時に眉が立った。

 「それで、どうした。」

 訊ねたのは、金拆神であった。

 「わが方は、船の数では負けておりませんでしたので、太めの丸太に穴を開け、つなを依って固くし、穴に通しました。この浮き丸太を、敵船の近くに運んでぐるぐる巻きにして、かいが漕げないようにしましたところ、奴らは、次第に、沖に姿を消しました。」

 「ほう、海賊どもを追いやったのか。さすがに、豊浦の水主衆であるな。」

 金拆神かねさくのかみは、襲ってきた船団がもはや、避難民とはいえず海賊と断定して、返事をなした。

 「だが、それで諦めるような奴らではありませんでした。われらは、次に奴らが攻めてくる前に、大潟姫神おかのひめかみと、彦山神ひこさんかみの御許しを得て、船づくり用の丸太を何十本も手配して頂き、沿岸の要所要所に浮かべて備えました。巨大な浮き丸太を作ったのであります。」


 「それで奴らは、また、やってきたのか。」


 金拆神かねさくかみは、うしおの瞳の奥深くを覗き込んだ。


 「そうです。ひと月前のことでありました。今度は、五十隻を連ねてやって来ました。奴らも準備をしてきたのでありましょう。浮き丸太を見つけると、十隻が浮き丸太のまわりを取り囲み、水主衆が次々に飛び込みました。浮き丸太をつなぐつなを切り離しては、丸太を沖合に放り出しにかかりました。だが、浮き丸太は、想像以上に大きく数も多かったので、十隻や二十隻の兵士では、歯が立ちませんでした。奴らは、またしても、浮き丸太をそのままにして、逃げてしまいました。だが、次に、やってくるときは、さらに船と兵を増強して、百隻以上で攻めてくるに違いありません。とても、豊浦宮だけで戦うことが出来ずに、こうして、ご相談に上がりました次第で御座います。」

 ようやく報告を終えると、うしおはひと息ついた。


 「それで、豊浦宮とようらみや殿は何と申されているのか。」

 金拆神かねさくのかみの問いかけに、うしおは、何やらもぞもぞとして、所在がない。


 「それが・・・、八潮男之神やしおおのかみは、ただ今、おき神島かみしまにお籠りであります。連絡の使者は出しておりますが、取り敢えず、沿岸の警備は、嫡男の豊玉之男君とよたまのおのきみが陣頭指揮をとられております。」

 「おお、そうであったな。立派な跡取りが育っていると聞いている。」

 「豊玉男之君とよたまのおのきみは、大潟宮おかのみやの救援を受けると、津島つしまのわたつみ衆ともども、百隻の防衛船団を組んで、奴らの根城を探索されております。われは、豊玉之男君とよたまのおのきみの指示によって、至急、ご報告に参った次第にてございます。」

 「なるほど、それは、急を要しておるな。」

 「近頃の海賊は、西の海に現れては、知佳島ちかしま松浦まつうら津島つしま、ひとつ柱島はしらしまの周辺を襲撃しております。知佳島ちかしまにいる西方昆迩にしかたのこんじ殿は、われらわたつみ一族と共に、軍船を出しては、かしこねの海の監視を強化されておられますが、その隙を狙って、まさかの豊浦宮が襲撃されたので在りました。」


 「なんと、西方衆とわたつみ衆の護りをかいくぐってこようとは、賊徒も並みの者達ではないな。」


 「ただ今は、響きの海に一斉に船を出して捜索いたしております。隣接する大潟おかの姫神にも協力を得て船を出して頂いております。」


 「かしこねの海では、そのような不届きな海賊が頻繁に襲ってくるのか。」


 「いかにも、さようで御座います。大陸での争いが激しくなるにつれて、不埒ふらちな海の盗賊は増えております。」


 「瀬戸の佐久花姫神さくはなひめかみは、先日、高天原に見えたが、そのことについては何も話されなかった。今のままでは、瀬戸の秋津大宮あきつおおみやにも害が及ぶやもしれない。」

 「近頃の奴らの様子からしますと、離れ小島や人里離れた浜浦を見つけると、これ幸いと上陸し、自分たちの根城ねじろにしかねません。すでに、津島つしまでは、わたつみの宮守衆みやもりしゅうを周りの島々に送って、厳重な守りを固めてはおりますが、いずれこれら海賊との戦いは避けられないでしょう。」


 「なるほど、そのような筋の通らぬ賊徒との戦いを認めてくれと申すのだな。」

 「是非にも、ご理解いただきますようにお願い申し上げます。」

 「それは、はるばるの使い、心得た。高天原たかまがはらの兵を直ぐにでも、出したいところであるが、高天原たかまがはら主神ぬしかみは、すでに若木神わかきかみであらせられる。」

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