第3話 大歳千年祭《おおとしせんねんさい》

 翌朝、朝日が昇るのを待っていたかのように、秋津大宮あきつおおみや佐久花姫神さくはなひめかみは、巫女みこを連ねて「香具姫かぐひめ千年のほこら」に入った。案内したのは素乃木妃そのきひの妹、夜須姫やすひめであった。

 厳重な近衛兵に守られたほこらは、如何なるもののも入ることが出来ないほどに、緊迫した空気に蔽われてれていた。張り詰めた空気のなかを、夜須姫やすひめ佐久花姫神さくはなひめかみの一行に先んじて、音もたてずに静々と祠の中に導いた。

 ほこらの正面には、白木の清々しい祭壇が設けられており、その真中には、のちに「香具姫八束之剣かぐひめやつかのつるぎ」が奉じられるであろう鹿角しかつの剣懸つるぎかけが置いてある。左右には、阿津耳あつみみが申した通り、天尾羽張剣あめのおわはりのつるぎ伊都尾羽張剣いつのおわはりのつるぎが配置されている。

 佐久花姫神さくはなひめかみは、祭壇の前に来ると、あめつちの神々に恭しくこうべを垂れた。秋津洲の姫神たちを代表し、おもむろに胸に掛けた八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを外すと、剣懸つるぎかけを包み込むようにして捧げた。  

 既に、各地から奉納された五穀の種は、それぞれに小さな高槻たかつきの焼き物に盛られて所狭しと飾られている。


 みなみな、静かに時の知らせを待った。

 

「どぅおうん」

「どぅおうん」

「どぅおうん」


 三つの太鼓の音が、わずかの間をおいて高天原たかまがはらに響きわたった。一つ目は、かみむすびの神、二つ目は、たかみむすびの神、三つ目はあめのみなかぬしの神への祈りのしるしである。

 三つ目の太鼓の余韻が残る中を、金拆神かねさくのかみ阿津耳あつみみを従えて、祠に入ってきた。阿津耳は、細長い木箱を頭上に掲げて中央の神道かみのみちを進んだ。


 金拆神かねさくのかみは、祭壇の前に立ち止まると、鹿角しかつの剣懸つるぎかけのその向こうに、恭しくも厳かに拝礼をした。それは、千年の昔、ヒカネの君が八束やつかつるぎを守るために捧げた高天原たかまがはらの神山、天星山あまぼしやまの頂きであった。

 天星山あまぼやまへの拝礼が終わると、傍らにいた阿津耳あつみみが、木箱のひもをとき、中から「香具姫八束之剣かぐひめやつかのつるぎ」をおもむろに取り出した。千年の呪いが封じ込められている剣である。

 金拆神かねさくのかみはそれを両の手に取りあげて、鹿角つのしか剣懸つるぎかけに捧げると、音もなく静かに置いた。金拆神かねさくのかみは、そのままの姿勢で後ずさりをし、元の位置に戻った。祭壇に向かって右には、あめ族の族長、金拆神かねさくのかみ、左にはつち族を代表して諏訪神すわのかみジン姫が坐している。

 ほこらは、中も外も一族ゆかりの者達のみならず、浅間の姫神たちでいっぱいであった。小高い祠の周りは、集まった人々の熱気とざわめきにあふれていた。

 金拆神かねさくのかみ諏訪神すわのかみジン姫が、そのまま身動きもせず不動の態勢に入ると、集まった人々もまた、ふたり神に続いた。たちまちに数千の人々の吐息は消えた。山々に 大いなる静寂が訪れ、高天原の山里は澄み切った霊気に包まれた。


 多くの人々は、まるで厳冬の透き通った氷柱つららの如く、日の光を浴びて輝いた。まさに皆々、千年の時を駆け抜けて、天星山あまぼしやまのご神体とひとつになっている。日が昇り、そして日が傾くまで、祠のまわりは霊気に包まれたまま、静かに時が過ぎた。


 日が沈み、新月と太伯星たいはくぼし(金星)が山際に隠れると、星読みのつかさによって松明の旗が振り下ろされた。大歳星おおとしぼしが南中したしるしである。旗を合図に、祠の周りには松明が灯り、たちまち明るくなった。果たして、八束の剣に封じ込められた一族千年の罪咎あまぼやまは清められるのであろうか。


 「けまくもかしこき、かみむすびの神、たかみむすびの神、あめのみなかぬしの神に恐れみ恐れみ申す。」


 煌々と燃えさかるかがり火の中、骨太い金拆神の声が響き渡った。


 「わが千年の祖神、宇都志うつしヒカネ神の末代の子、金拆かなさくが、ここに、ヒカネの神の御魂をお迎えし、千年の誓いが滞りなく行われますことを、あめつち三柱の大神の前に申し上げます。」


 金拆神かなさくのかみあめに拝し、つちに伏すと、その場に祈りし秋津洲の民もまた、同じく拝し伏した。


 「ヒカネの神、日高見ひたかみの国を治め、高天原たかまがはらを開きしによりて、天常立神あめのとこたちのかみとなる。その子、孫の子孫は、母神である宇都志香具姫神うつしかぐひめかみとの約束を守りて、八束やつかつるぎの祈りを絶やさず。十二年に一度の大歳おおとしまつりを重ねて、今ここに千年の時を経て、末代の子、金拆かなさくが八十四回目の大歳祭を迎える。ありがたきかな。宇都志香具姫神うつしかぐひめのかみの怒りの荒魂あらたまここに鎮まり給え。」


 続いて、後ろに控えていた佐久花姫神さくはなのひめかみの甲高い声が、天を突き、天の川に届かんばかりに響いた。


 「われ、瀬戸は秋津大宮あきつおおみや佐久花姫神さくはなひめかみなり。秋津洲八部族あきつしまはちぶぞくの古き血筋の勾玉、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを預かりて、日々の祈りをあめつちに捧げる姫神なり。八束やつかつるぎに封じられたヒカネの君の母神、香具姫神かぐひめかみ千年の怒りを今ここに、八尺瓊勾玉やさかにのまがたま御前みまえに、秋津洲あきつしま八姫神はちひめかみの名において解き放つなり。黄泉よみの国に漂う荒魂を、根の国、底の国にいます、底津禍解明神そこつまがときあかしのかみに送るはわが務めなり。秋津大宮あきつおおみやは、もと祓戸宮はらいどのみやなりて、瀬織津姫神せおりつひめかみ速秋津姫神はやあきつひめかみ息吹戸主神いぶきどぬしのかみ速佐須良比姫神はやさすらいひめかみ祓戸四神はらいどよんしんを祀るなり。秋津姫神あきつひめかみ祓戸神はらいどのかみとなる時、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを守りとせよとの仰せありて秋津大宮あきつおおみやの神器となる。われ、瀬戸乙姫せとのおとひめ、後の大戸之辺神おおとのべのかみの末裔なりて、代々、これを守りつなぎて、わが胸に受け継ぐ。今、この八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを持ちて、秋津洲八部族あきつしまはちぶぞくの魂を一つとなし、香具姫神かぐひめのかみ千年の怒りと穢れを解き放つべし。」


 佐久花姫神さくはなひめかみ祝詞のりとが終わると、たちまちに暗闇の天空に稲妻が走った。あめつちの稲妻は、大地の奥深くに轟き、祈りの人々の心を覚醒させた。天に舞う稲妻は、次々とあめつちを照らし、真昼の如くに光輝いた。


 佐久花姫神さくはなひめかみは、闇の中から湧き出る千年のつみとがけがれのもののけに備えた。

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