第2話 心揺れる金拆神(かねさくのかみ)

 金拆神かねさくのかみは、昨夜の大歳星おおとしぼしを蔽ったかげりのことが頭から離れなかった。新しき世継ぎの神子が生れたというのに心は晴れず、阿津耳あつみみを呼びつけては、改めて、大祭の首尾を確かめるのであった。


「『千年祭せんねんさいの剣(つるぎ)』は、どこにある。」


「『八束やつかつるぎ』で御座いますれば、長きにわたって守り通した「剣守つるぎもり」のもとに御座います。そして、大歳千年祭おおとしせんねんさいは、宇都志うつしの族長が守ってきた証として、「香具姫かぐひめ千年のほこら」にて執り行われますよう準備が整っております。共に、近衛の兵が夜となく昼となく、堅固な守りに就いておりますれば、ご安心くださいませ。すでに、瀬戸より秋津大宮あきつおおみやの姫神も直々の参内にありまして、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまと共にお着きでございます。」

 秋津大宮あきつおおみやとは、瀬戸の神島にします祓戸大宮はらいどのおおみやのことであり、秋津洲あきつしま伝来の八尺瓊勾玉やさかにのまがたまが祀られている。


 「おお、そうであった。佐久花姫神さくはなのひめかみ遥々はるばると瀬戸よりお越しであったな。明日、お会いできるのが楽しみじゃ。して、一族の神剣かみのつるぎはいかにある。」

 金拆神かねさくのかみは、生まれたばかりの神子みこのことを避けて、宇都志うつし一族の神器を確認したのであった。


 「わが一族の宝刀「天尾羽張剣あめのおわはりのつるぎ」と「伊都尾羽張剣いつのおわはりのつるぎ」は、すでに祭壇の左右に在りて、祭祀さいしが無事に終わらんことをお守りいたしております。諏訪神すわのかみからは、秋津洲あきつしまの国々より集めた様々な五穀の種が奉じられ、新しき御代の弥栄いやさかをお祝い申し上げる手立てに御座います。」


 阿津耳あつみみは、まだ何か付け加えたそうであったが、金拆神《か,

さくのかみ》は目をつむったまま、

「相分かった。阿津耳あつみみよ、心配をかけてすまなかったな。われは、神子みこのことにいささか気持ちを取られていたようだ。許せ。」

 「とんでも御座いません。高天原たかまがはらのお世継ぎ神子(みこ)のこと、誰が気を取られずにいられるでありましょうか。そのように御一人でお悩みなされませぬように。」


 金拆神かねさくのかみは、阿津耳あつみみの落ち着いた素振りを見て、自らの心の動揺を恥じた。金拆神は気を取り戻すと、明日に迫った大歳大祭おおとしたいさいを無事になし遂げることこそが、自分の務めであることを改めて心に誓った。


 阿津耳あつみみは、言い残したことを伝えることが出来ずに気がかりであったが、金拆神かねさくのかみはそんな阿津耳の心配りを十分に心得ているつもりであった。

 言い残したこととは、「香具姫かぐひめ千年の祠」には、ヒカネの母神だけでなく、理不尽にも若くして命を奪われた二人の息子、おと彦根と輝々彦かがひこの魂が勾玉まがたまと共に祀られていることであった。

 さらに、「香具姫かぐひめ千年の祠」のかたわらに祀られた「『つるぎ』の祠」のことである。ヒカネの君と戦った相手、ヒサグジとその子孫ホウとタマツミ親子が祀られているほこらである。この祠にはかたきとは言え、忘れてはならない宇都志うつし一族の荒魂あらたまが祀られている。しかも、その守りのつるぎは、かつて緋色根之剣ひいろねのつるぎと呼ばれた一族の神剣であった。


 「『八束やつかの剣』を祀る祠」と「『の剣』を祀る祠」には、それぞれに異なる怒りの想いが深い眠りを続けており、決して、千年の時を超えて再び目を覚ますことがあってはならない。宇都志うつしの族長となった歴代の輝々星神かかほしのかみは、そのことを千年の間、一族の血を繋ぎながら守り通した。

 今、八十四回目の大歳祭祀おおぼしさいしを迎え、最後の祭主となった宇都志輝々星金拆神うつしかがほしかなさくのかみは、その千年にわたる一族の想いをなし遂げなければならない。その使命の重さに、今や押しつぶされんばかりの思いであった。

 そんな金拆神かねさくのかみの心に、大祭を目前にして、蛭子ひるこ同然の如くに産まれた、わが世継ぎの姿を見る余裕などはなかった。まるで呪われた千年祭への人身御供ひみごくうではないかと思えるほどであった。

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