第9話

 階下から大きな爆発音が聞こえた時、ルイスはまだ屋敷の3階にいた。



 彼の周りには、何人もの警備兵たちが倒れている。

 だが、死んでいる者は一人もいない。全員が気絶させられているか、麻痺して動けなくなっているかだ。



 ルイスの持つ、麻痺毒を塗ったナイフは最後の1本になっていた。



 もう3階にあがってくる兵士の気配は無い。



 先ほどの爆発音はティトの仕業だろう。窓の外を見れば、屋敷の裏手から盛大に白い煙幕があがっている。


「どうやら、無事に救出できたようだな」


 ルイスはニヤリと口の端をあげた。


「じゃ、もうひと暴れして帰るとするか」


 そう独り言ちると、2階へと続く階段を降りて行った。

 ルイスは階段から2階の廊下を探る。


 ひと部屋だけ警備兵が守る部屋があった。警備兵までの距離は10メートル。人数は二人。


 ルイスは麻痺毒を塗ったナイフを振りかぶった。

 気配を消して、音も無くナイフを投げる。

 ナイフは静かに兵士の一人の太腿へと吸い込まれた。


「ぐっ」

「誰だ?」


 ナイフの刺さった兵士は痛みで片膝をつき、もう一人の兵士は剣を抜いた。


 その時、ルイスは既に飛び出していた。


「貴様ぁ!」


 兵士が叫ぶ。

 振り下ろされる剣をルイスは体を捻って躱すと、兵士の腹を思いっきり殴る。


「ぐはっ」


 兵士の身体がくの字に曲がる。

 ルイスは兵士の側面に抜けると、両手を組んで、兵士の首筋へと叩き落した。


「っ」


 兵士は声にならないうめき声をあげて、その場に崩れ落ちた。


「エイドリアン様、お逃げください」


 足にナイフが刺さった兵士は、既に手足が麻痺している。それだけを言うのが精一杯だった。


 ルイスは、その兵士の腹を蹴る。


「ぐぅ」


 その兵士は、うめき声をあげると、そのまま動かなくなった。


「わりいな。ちょっと寝ててくれや」


 そう言い残すと、警備兵の守っていた部屋の扉を開いた。


「賊は始末できたのか?」


 後ろ向きのまま、エイドリアンが苛立ちの混ざった声をあげる。


「ああ、全員ぶっ倒してやったぜ」

「なっ!?」


 ルイスの声に、エイドリアンは慌てて振り向いた。その顔には驚愕の表情が張り付いている。


「貴様、何者だ?」

「あんたの言う賊ってやつじゃねぇか?」

「兵士たちはどうした?」

「いや、だから全員ぶっ倒してやったんだが?」


 そう言うと、ルイスは呆れたよう深く息を吐いた。


「そんな、ばかな……」


 エイドリアンは、信じられないといった表情で首を左右に振った。

 兵士は20人以上いたはずだ。それがたった一人の賊に負けるとは到底信じられるものでは無かった。


「何が目的だ? 金か? いくら欲しい?」


 エイドリアンは立ち上がって後退りする。


 そんなエイドリアンに対し、ルイスは腰の短剣を抜いて一瞬で間合いを詰める。

 そして、短剣をエイドリアンの喉元へと突きつけた。


「ひぃいぃぃ!」


 ルイスは怒りを込めた目でエイドリアンを睨みつける。


「な、何が望みだ?」

「セリナ。狐獣人ルナールの娘をどこにやった?」


 低い声で問い詰める。


「ち、地下だ。地下にいるはずだ」


 エイドリアンは震える声でそう答えた。


「他の獣人の娘たちも同じか?」


 ルイスが短剣を少し押し付けると、エイドリアンはこくこくと頷いた。


 全員が地下にいたなら、ティトが無事救出していることだろう。ルイスは少しだけ力を抜いて息を吐いた。そしてゆっくりと短剣を引く。


 同時にエイドリアンも安心したように肩の力を抜いた。


 その瞬間、ルイスは一歩踏み込み、短剣を振り抜いた。


 それは、エイドリアンのベルトを斬り飛ばす。

 パサリと音を立てて、エイドリアンのスラックスが床へと落ちた。


「二度と獣人に手を出すな! もし、また俺たちの同族に酷いことしたら殺す! いいな?」

「は、はいぃ」


 エイドリアンは両手をあげて震える声でこたえた。


 ルイスはポケットから爆炎石を取りだすと、エイドリアンの向こう。反対側の壁に向かって、思いっきり投げつけた。


 ドゴォオオオン。


「ぐああぁあぁ」


 盛大な爆発音にエイドリアンのうめき声が重なる。

 エイドリアンは爆発の衝撃で床に倒れていた。

 うめき声をあげているところを見ると、まだ意識はあるようだ。


「次は容赦しねぇからな」


 ルイスはそう言い残すと、その場を後にした。

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