第5話

 ルイスが屋敷の門に近づくと、門を守る兵士二人が身構える。

 二人とも先ほど会った兵士だ。


「よっ、さっきはどうも」


 ルイスは左手をあげて気さくに挨拶を送る。


「なんだ、さっきの兄ちゃんか。どうかしたか?」


 知っている顔と判断したのだろう。兵士の緊張がゆるむ。

 兵士までの距離は、あと5メートルといったところか。



「ああ、ちょっとな」



 そう言いながら、右手は腰のベルトを触る。そこには、先ほどのナイフが差してあった。

 兵士までの距離は残り3メートル。


「おっと、それ以上は近づくんじゃねぇ」


 さすがに兵士は警戒して剣を抜こうとする。

 その瞬間、ルイスはナイフの一本を抜くと、目にもとまらぬ速さで兵士の懐に入る。そして、その脇腹を浅く斬りつけた。


「いてっ。このやろう!」


 兵士は、慌ててルイスを斬りつけるが、ルイスは余裕の表情でそれをかわすと、そのまま左の兵士へとナイフを向ける。


「この、ちょこまかしやがって」


 左の兵士がルイスめがけて剣を突き出すが、それを紙一重かみひとえかわすと兵士に密着しそうなほどに肉薄にくはくする。


「わるいな」


 兵士の耳元でそうささやくと、ルイスは兵士の足を浅く斬りつけた。

 兵士の顔が、痛みでゆがむ。


「くっ、何しやがる!?」

「いやぁ、ちょいと大人しくしていてもらおうと思ってな」


 ルイスは挑発するようにニヤリと笑みを浮かべる。


「この、調子に乗りやがって」


 兵士の顔に怒りが浮かぶ。

 そして、二人同時にルイスに斬りかかった。



 だが剣を振る前に、二人とも足をもつれさせ、盛大に地面に突っ伏した。


「おっと」



 それを見たルイスは、おどけたように両手をあげて飛び退すさった。 


「なっ!?」

「貴様! 何をした?」


 ようやく異変に気付いたのか、二人の兵士は、顔を引きつらせている。手足が上手く動かせないのだ。必死にもがいているが起き上がれない。


「麻痺毒だよ。大丈夫、1時間もすれば、また動けるようになさ。それまで、ちょっと大人しくしていてもらおうか」


 そう言うと、ルイスは門を通って屋敷の入り口へと向かった。


 ティトが創るラミアの麻痺毒は、よく効く。

 彼が言うには、抽出した毒をさらに凝縮するんだとか。

 そのせいで本物のラミアの毒よりも強力になっている。少量でも体内に入れば、手足が麻痺して大人でも1時間はまともに動けなくなる。




「侵入者だ! 誰か、誰かいないか?」


 倒れている兵士が叫ぶ。

 手足は動かせなくても声は出せるらしい。

 兵士の叫び声を聞いて、ばらばらと他の兵士が出てきた。


 しかし、ルイスは慌てることなく堂々と正面玄関に向かって歩く。


 集まって来た兵士がルイスを止めようと剣を抜いて襲い掛かる。

 それに対し、ルイスはナイフ1本で迎え撃つ。




 何人もの兵士を相手に、ナイフ1本で大立ち回りをするルイス。

 その動きは風のように早く、誰一人としてルイスの動きについていける者はいない。




 しばらくして、ルイスの後ろには、何人もの兵士が転がっていた。

 死んだわけではない。

 全員、意識はあるが麻痺毒のせいで動けないのだ。


 今は、悔しそうに歯嚙みしてルイスの背中を睨みつけている。




 そんな兵士たちのことは気にせずに、ルイスは堂々と正面玄関から屋敷の中に入っていった。

 そして、まっすぐ上階を目指す。


 最上階の三階に到着したルイスは、そのまま廊下の一番端まで行き、最奥の部屋の扉に手をかけた。


 扉に鍵はかかっていない。


 扉を開けると、そこは寝室のようだった。

 部屋の中央には、キングサイズの天蓋付きベッド。館の主に相応しい、大きなベッドが一つだけ置かれていた。


「あのくそ野郎の寝室かよ」


 ルイスは吐き捨てるように独り言ちた。そして、ポケットから朱い宝石を一つ取り出す。



 ティトから貰った爆炎石だ。


「ふんっ、あの野郎の寝室っていうのは、ずいぶん皮肉が効いてるじゃねぇか」


 部屋の中にざっと視線を走らせる。

 人の気配は感じられない。


「まずは、ここをぶち壊してやるか」


 ルイスはニヤリと口の端をあげると、手に持った爆炎石を思いっきり寝室の壁に向かって投げつけた。



 ドゴォオオオオン!



 盛大な音と爆風がルイスを襲った。

 煙と粉塵が収まった後には、破壊されて外が丸見えになった壁と、半壊したベッドがあった。


「上だぁ、上にいるぞ!」


 階下から慌てる声が聞こえてくる。

 怒声と階段を登ってくる足音に混ざって、甲冑が擦れ合う金属音がルイスの耳にも届いた。




「さぁ、俺はここだ!」


 ルイスは不敵な笑みをその顔に浮かべる。

 その時、兵士の一人が廊下の向こうに現れた。

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